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side 琴子
バスルームから出ると、入江くんが立ち上がってあたしの肩を抱いた。
せっかくの初夜に冴えない格好なのを、入江くんはそれほど気にしていないみたい。
それはそれでよかった。
あたしはちょっと緊張していたから。
「今日まで長かったな」
入江くんがそうつぶやくように言った。
長かったと思ってくれたことがうれしくて、あたしは言い訳のように答えた。
「うん。でも平気。入江くんと一緒にいるだけでうれしかったもん」
本当に一緒にいられるだけで、幸せだったの。
入江くんと結婚できるなんて思ってなかったから。
だから、新婚旅行に来られて、うれしかったの。
忙しい仕事を休んでくれて、本当にうれしかったの。
でも入江くんは、一つため息をついて、息苦しそうに抱きしめて言ってくれた。
「俺はもう、平気じゃない」
強く抱きしめてくれる腕が、入江くんのものなんだって思ったら、あたしはほっとしたと同時に少し震えた。
あたし、入江くんのものになっていいんだよね。
入江くんが求めてくれたって思っていいんだよね。
入江くんの匂いを胸いっぱいに吸い込みながら、あたしはしがみついていた。
だって、大好きな人に抱かれるんだもの。
うん、怖くない。
入江くんの瞳が、探るようにあたしを見た。
大丈夫。
あたしは見つめあった目でその想いを伝えた。
そのままキスをした。
今までのような唇だけのキスじゃない。
こんなに深いキスがあるなんて、あたしは知らなかった。
それは、あたしの中の欲望も引きずり出した。
ずっと、キスをしていたい。
入江くんを感じていたい。
ずっと抱きしめていたい。
ねえ、知らなかったよ。
キスだけで、こんなにも気持ちよくなれること。
side 直樹
琴子を抱きしめた後は、もう本能の赴くままだった。
俺にこんな感情があることを改めて思い知った。
ただ一人の女を抱きたいと思う気持ち。
それはとても不思議だった。
もう、平気じゃない。
そう告げたときに俺のプライドなんて吹っ飛んだ。
もう我慢しない。
琴子を抱きしめて、キスをする。
それだけで心地よい気持ち。
軽いキスのつもりでいた琴子が、舌を忍ばせると一瞬身体をこわばらせた。
それでもやめない。
いつしか琴子も俺に身体を預けるようにまでなった。
お互いの唇から伝わる無言の気持ちが、わかるようだった。
このままキスをしていたい。
強く抱きしめて離したくない。
琴子を感じたい。
俺はきっとこれから先、キスをするのにためらいはなくなるだろう。
こんなに手軽に心地よくなれるなら、我慢するのはもったいない。
side 琴子
キスをしていたら、身体に力が入らなくなってきた。
ベッドに座っている入江くんにもたれるように身体を預けた。
そのまま入江くんのひざに座らされて、キスを続ける。
あたしはひざから落ちないように入江くんの首に手を回す。
キスの音が響いていたけど、ぼうっとした頭にはそんなこと全くかまわなかった。
キスに夢中になっているうちに胸の辺りがもぞもぞした。
入江くんの大きな手があたしの胸をすっぽり覆っていた。
そこではっとする。
入江くんはそんなあたしの様子に気がついた。
思わず目と目が合う。
「…Cカップじゃないんだけど」
思わず小さな声で言うと、入江くんは小さく笑って一気にシャツを脱がせた。
思わずうわ〜と声を上げながら胸を覆い隠す。
「いいよ、そんなこと」
そう言いながら、覆い隠した胸の狭間にキスをした。
だからあたしは安心して入江くんにしがみついた。
side 直樹
力の抜けた琴子をひざに座らせてキスを続けていると、琴子が首に手を回してきた。
胸が触れ合って、手を出してくれと言わんばかりだ。
ありがたく琴子の胸を探る。
片手で胸を触り始めた途端に、琴子が急に我に返ったように目を開けた。
今気づいたとでも言うように、Cカップが云々とつぶやいた。
そういえばそんなこともあったなと思い出したが、今の俺にとってはそんなことどうでもいい。
シャツが邪魔になったので脱がせると、これまた色気のない声をあげながら胸を隠した。
手を無理にはずすことも考えたが、ここは一つ安心するようにささやいた。
隠した胸の間の肌に口づける。
すっぽりと抱きしめてしまうと、胸の中にしまっておけるくらいに華奢だった。
男の俺とは違う身体。
首にキスをすると、くすぐったそうに身をよじった。
そのままベッドに押し倒すと、自分もシャツを脱ぐ。
白く盛り上がった胸のふくらみに触れると、琴子の身体がわずかに反応する。
顔は真っ赤で、恥ずかしさに必死に耐えているという風だ。
そんな風情が余計に煽るってこと、これからとことん教えなくちゃいけないかもな。
それとも、もったいないから、このまま黙っていようか。
side 琴子
入江くんがいろんなところにキスをするから、くすぐったいような気がして、思わず笑い出すところだった。
でもここは笑うところじゃないと思って我慢すると、身体は逃げ腰になる。
でもね、本当はキスされたところが熱を持っているかのようにカーッと熱くなった。
もちろん入江くんの吐息がかかるから、実際に熱く感じるんだろうけど。
胸を触られて、唇が触れたら、自分でも思いがけない声が出た。
それが凄く恥ずかしくて、顔をしかめて今度は我慢する。
そうしたら、入江くん、ふっと笑ったかと思うと、もっと、するの…。
もう、どうしていいかわかんないよ。
気がついたら今度はズボンも脱がされていて、身にまとっているのは勝負下着どころか普通の下着。
もう、何だかそれが情けなくて、余計に泣きたくなった。
そんなあたしの気持ちとは裏腹に、入江くんの手が気持ちよくて、頭がショートしそう。
入江くんは下着なんか関係ないのかな。
それもいつの間にか半分脱がされていて、あ、と思ったときには足を滑り降りていった。
自分でもそれほど丁寧に触ったことなんかない場所を入江くんが触れている。
何だか変。
あたし、変じゃないのかな。
こんな気持ち初めてだよ。
side 直樹
薄灯りの中、琴子は無意識に逃げ腰になっていく。
初めての感覚に戸惑いながら、顔をしかめている。
あまりに声を我慢するので、弱いところをもっと攻めたてる。
そのうち声をあげ始めたので、ほくそ笑んで先へ進む。
下着はすぐに用をなさなくなり、琴子が他に気を取られているうちに脱がしてしまった。
どうやら自分の履いていた下着が不満だったようだ。
そんなもの、邪魔なだけだが、女の事情はそうはいかないらしい。
自分自身さえ舞い上がりそうな気持ちをことさら押さえて琴子を愛撫していく。
怖がらせないこと、抱き合うことの心地よさ、そして、痛みを少しでも和らげること。
目が合うたびにキスを繰り返す。
お互いが必要な存在であることを確かめる。
琴子が不安なように、俺にだって不安はある。
きっと琴子は思いもしないんだろう。
それでも誰にもやれない。
他の誰かに壊されるなら、自分が壊してしまった方がいい。
それがどんなに自分勝手な理屈でも。
自分の手でどんどん変えていく。
震えていた身体は少しずつ歓喜を呼ぶ。
もうここまで来たら、俺自身を刻み込むまでやめない。
やめられるわけがない。
そして、十分に準備ができたのを確認する。
やがて花を散らす瞬間がやってくるのだ。
(2006/10/15)
To be continued.