夢のまた夢




7日目

「あ、つっ」

無理に起き上がろうとした身体に激痛が走った。

「入江くん、痛いの?」

手術の終わった直後だと思ったのに、あれからすでに7日が過ぎていると言う。
頭でも打って俺の頭もおかしくなったのかと思った。
俺は普通に過ごしていたらしい。
それでも今が何年か聞いてみたり、昨日はここはどこだといったことまで聞いていたと言うから、この1週間の記憶は混乱していたようだ。

「入江くん、あたしのせいだね…」

そう言ってまたすぐに琴子は泣くので、余計なことは言わないことにした。
寝ている間にいろんな夢を見たみたいだった。
最後はそうだな…なんだか無性に琴子に会いたかった。
そんなこと、口には出してやらないけど。

「でもよかった。入江くんがあたしのこと忘れてなくて」

…なんで忘れるんだよ。
どうやら昨日はそんな話になったらしい。

「だって、入江くんと結婚できたのも、一緒に住んでいなかったらなかったかもしれないし」
「そうかもな」
「う…、そうなのかな…」
「自分で言ったんだろ」
「そうだけど…」
「仮定の話をしたって仕方がないだろ」
「…そうだね」

そう、もしも…なんて今更考えても仕方がない。
琴子は、もしも…とよく想像しているが、実際は常に前を向いて歩いている。
俺はそれをうらやましくも思うし、そうありたいと願う。
いつまでも過去にとらわれるのは、あまりほめられたものでもない。
だから、夢だろうと夢じゃなかろうと、俺は前を向いて歩いていく。
琴子に置いていかれないように。


 * * *


完全に寝不足だった。
昼食の後でぼーっとしてしまうくらい。
今日もまた手術だったし、昨日は出張から帰ってきて…。
仕事中の俺は、どちらかと言うと眠気はあまり感じない。
気を抜けば自分が眠いことを自覚する程度だ。
それでも眠いときはやはりいつもより怒りっぽくもなるし、琴子の高い声も気になる。
注意して聞いているわけじゃないのに。
ったく、声がでかいんだよ。
琴子はいつも元気だ。
どうやら俺と会わないときは、そのパワーも落ちるらしいというのを最近知った。

「だって入江くんに会わないと、さみしくってパワーが出ないんだもん」

何かと理由をつけて俺に会いに来る。
理由なんかなくたって別にいいんだけどな。
お互い夜勤でどちらかが努力しないと2、3日会わないこともある。
会わないとなんとなく調子が出ないなんて、琴子には言ってやらないけどね。
神戸に行っていたあの1年半ほど、どうして離れていられたのかと不思議だ。

「入江くん!」

意味もなくそう呼んで笑っていることがある。
今日も廊下で会って、駆け寄ってきた。

「…お前は…元気だな」

半ば感心して言った。

「なんだ、こんなことなら途中で寝かせなけりゃよかったな」
「い、入江く…!!」

昨夜のことを思い出したのか、真っ赤になった。
そして慌ただしく辺りを見回している。
琴子をからかうのは面白い。なんでこんなにバカ正直なんだろう。

「あーんなことやこーんなこともしてやろうかと思ったのに」
「だ、誰かに聞か…、聞かれたら…」
「聞かれて困るようなことしたんだ?」
「も、もう〜〜〜、入江くん!!」

琴子は俺の胸を叩いて恥ずかしがる。

「おい、そんなに暴れたら…」
「え?」

琴子はバランスを崩した。
そう、ここは階段の上だ。
俺は琴子が落ちないように腕をつかんで引き寄せた。
その途端、くらっとめまいがした。
寝不足だったっけ。
琴子だけは…。
どさっ。
階段の上で、琴子は座り込んだまま落ちていく俺を見ている。
何もかもがスローモーションで過ぎていく。
誰かが叫んでいる。
そういえば、こんな風に落ちる夢、見ていたっけ…。
夢のように記憶なくすのかな…。
琴子だけは忘れたくないな。
いや、忘れても思い出させてくれるんだっけ。
それも面白いか。
もし何もかも忘れたら…?
それでも…。
多分琴子がいるから大丈夫。
琴子のことを忘れても、琴子が琴子でいる限り、
きっと俺はまた琴子を選ぶに違いない。
そんな気がする。


   初めに戻る?

   それとも別の物語へ行く?

   それともさらに物語の続きへ?


夢のまた夢(2004.12.23)−Fin−