2014年年始スペシャル



ドクターX編その3


斗南大学病院の廊下を、箱を抱えた女性が足取りも軽やかに歩いていた。
目指すは院長室だ。
「どうも〜、入江医師看護師派遣所所長、入江紀子と申します」
そんな声とともに院長室に入っていく。
「あ、これ、メロンです」
そう言って差し出した箱を院長机の目の前に置くと、院長はため息をついた。
「このたびは、またもやうちの入江直樹を使ってくださったようでありがとうございます」
「使ったわけじゃない。勝手に手術されて、こちらはいい迷惑だ」
「あら、それはそれは。で、手術の経過は」
「…極めて良好だ」
「そうですか。うちの入江直樹はそりゃ手術の腕だけなら超一流ですから」
「態度は最悪だ」
「それは申し訳ございません。よく言って聞かせます」
「で、今日は?」
「これ、請求書です」
差し出された書類を今気がついたと言うように院長が受け取った。
「…ああ」
「手術料と時間外手当です」
「ちょっと高すぎやしませんか」
「いえいえ。今回は特患でございましたわね。それに、うちの嫁の入江琴子も一緒に使ってくださったようで、それで、上乗せです」
「…看護師の入江琴子のことか!」
「そうです、そうです」
「あれは、いったいなんの役に立つんだ」
「それは、もう、入江直樹の清涼剤兼安定剤です」
「そんなふうには見えなかったが」
「いえ。いるのといないのとでは大違いです。普段はそこまで気がつかないかもしれませんが、手術の時は、ねぇ、何と申しましょうか。そりゃいなくても手術技術になんら問題はないんですが、何よりも手術室のスタッフのためでもありますし」
「…それは、どういうことかね」
「こう、緊急時の手術のときほどぴりぴりとした空気が」
「そりゃそういうもんだろう」
「いえ。直樹のスピードのついてこれなくなるスタッフには容赦のない罵声が…」
「そんなことあるのかね」
「大事な手術の時には必ずうちの嫁が付き添いますので、今まではそうたいしたことにもならずに済んでおりました。まあ、せいぜい犠牲になるのはうちの嫁だけで…」
「そんなにひどい男なのかね」
「あら、これは失礼いたしました。いえ、手術のときの直樹はロボットのごとく正確無比ですのよ。冷血鉄仮面の異名もとるくらいですから」
「それは別に悪いことではないんじゃないのかね」
「情のないロボットを相手にするスタッフの身になったことはありまして?」
「いや、ないが」
「ひと睨みで手術室の温度が何度か下がったとか」
「そんなの気のせいだろう」
「最初は琴子ちゃんの存在をバカにしていたんですのよ。失礼しちゃうわ、うちの嫁を」
院長はもぞもぞと身体を動かした。必要ないと言った張本人だからだ。
「直樹自身が琴子ちゃんを呼んでからというもの、そりゃもう手術室は和やかでスムーズ。さすがうちの嫁!
と言うわけで、お疑いなら手術室スタッフにお話を聞かれるのがよろしいかと思いますわよ。入江直樹の手術における入江琴子の効能を」
「そんな面倒な」
「では、直樹の手術技術は必要ない、とおっしゃるのであれば、仕方がないことですが、他の病院を当たって…」
「ま、待て」
入江紀子はにっこりと笑った。
「…お支払い、お待ちしております」
う…と言葉に詰まった院長を残し、入江紀子は悠々と院長室を出て行った。


「入江くん、今度の病院でいじめられてない?」
「俺が?」
「うん。だってフリーランスって敵が多いし」
「おまえこそいじめられてるんじゃないのか」
「えー?そんなことないよ。あたしが失敗してもみんな結局許してくれるし」
「ふうん。というか失敗するなよ、おまえ」
「そりゃ入江くんは失敗しないので、とか言えるだろうけど」
「だいたい俺がいじめられたら」
「…たら?」
「…倍返しだ」
「そ、そっか…」
「ところで、今日の手術を労ってくれるんだよな」
「あたしだってがんばったし」
「じゃあ、がんばった奥さんにお返ししないとな」
「え、本当?」
「そっちは百倍返しでいいか」
「…ひゃ、百倍…」
「じゃ、早速、な」
「え、え、え、ちょ…いやー、入江くんのエッチーーーーー!」

(2014/01/12)