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幼稚園の理事の一人である直樹先生のお母様と仲良くなった琴子先生は、そのまま直樹先生の成長アルバムを見せられそうになった。。
いえ、もちろん琴子先生はぜひとも見たかったのだが、横からすかさず直樹先生が奪いにきたのでそれは叶わなかった。部屋の端からものすごいダッシュで駆け付けたので、余程恥ずかしい写真が貼られていたのだろう。
琴子先生は驚きながらも「直樹先生にだって見られたくない写真の一つや二つくらい…」とつぶやいて直樹先生に「俺がまるで弱みを握られたような言い方はやめろ」と怒鳴られた。
まあ実際、後には握られることになるのだが。
そのまま時間は過ぎ去り、あれこれ直樹先生が呆れるくらい直樹先生の母とおしゃべりをしてから、とうとう入江家から帰る時間となった。
その間、なんと仏頂面ながらにも直樹先生はつかず離れず琴子先生のそばにいたので、琴子先生は超ご機嫌だった。
本音を言えば何をバラされるかわからない不安な直樹先生は、目を離すわけにいかなかったのだ。
「あの、おばさまは…」
「いいから早く帰れ」
「あ、はい。本当にお邪魔しました」
「…ここへ来たことは…」
「言いません、言いませんったら」
琴子先生は慌てて首を振る。
いえ、浮かれてそのことを言おうとは思ったのだ。
思ったのもつかの間、他の同僚の言葉を聞いてしまったら、うかつに口に出してはいけないと悟ったのだ。
「直樹先生って、どんな家に住んでるのかしらね」
直樹先生の母が来た時のことだ。
直樹先生が表向きただの幼稚園教諭に徹していたので、あまり話題にはならないが、いないところでは実はそんな会話が繰り広げられていたのを琴子先生は改めて知ったのだった。
直樹先生の幼稚園でのモテぶりを知ってはいたものの、今まで必死過ぎてどちらかというと保護者の方に目がいき過ぎていた琴子先生だった。
既に結婚している保護者よりもよほど可能性が高い、ということにようやく気が付いた、というわけだった。
琴子先生自身の可能性も全く頭から抜け落ちていて、妄想するばかりで現実味を帯びていなかったのだ。
今日初めてお宅訪問になり、その可能性に一歩踏み出すとなった時、浮かれて口に出そうものならば…。
「それにしても直樹先生っていずれは学園の理事を継ぐのかしらねぇ。でもその理事と琴子先生、どんな話があったのかしら」
「さあ、ドジばかりだから注意とか」
「今さら?」
「この一年頑張らないと来年の契約は…とか」
「まさか琴子先生が気に入ったからとか」
「えー、まさか」
「そんなことになったら、ショックだわ〜」
「わたしだって直樹先生いいなと思ってたのに」
いえ、そのまさかですが、と珍しく琴子先生は口をつぐんだのだった。
「あたしにもいろいろ事情がありまして、言えないんです〜」
琴子先生はため息をつきながらそう言った。
「おまえのことだ。うっかり口にするとも限らないが、とりあえずは黙ってろ」
そのまま琴子先生はこくりとうなずいた。
「では、また」
「また?」
「あ、いえ、幼稚園で…」
「…ああ」
琴子先生は入江家を出ることにした。
門を出る頃になって、後ろから直樹先生の母が何かを持ってやってきた。
「琴子ちゃん、待ってちょうだい」
「あ、すみません、最後のご挨拶もせず。直樹先生が早く帰れっていうものだから」
「いいの、いいのよ。それより、これ、持って帰ってちょうだい。荷物になるかもしれないけれど、直樹たちじゃ食べてくれなくって」
直樹先生の母手作りのお菓子が袋に山ほど入っていた。
「ありがとうございます。本当においしかったです。いただいていいんですか」
「ええ、もちろんよ。それから、これ」
そう言って、直樹先生にとってはとんでもないものを琴子先生に手渡した。
「何ですか、これ」
「うふふ、琴子ちゃんにだけ教えてあげる」
「お…んなのこ?」
「小さい頃の直樹」
「ええっ、直樹先生、女だったんですか」
「まあ。うふふ、違うわよ。あたしの趣味で小さい頃はこんな格好をさせていたの」
「…ああ、なるほど」
それで成長アルバム御開帳を全力で阻止したのだ。とんでもない美少女ぶりで、これだけ見たら誰だか全くわからない。でもあまりにも特徴的なその目は、妹か親戚かと思うくらいだ。
「え、でも、いいんですか、これ」
「いいの。よかったらもらってちょうだい」
「本当に?」
「ええ。これで何かあったら直樹をぎゃふんと言わせなさいな。あんまり琴子ちゃんに対して偉そうなんですもの」
「え、でも、それはあたしが失敗するから」
「いいのよ。そうね、御守り代わりってことで」
「あ、はい。いただけるんでしたら、大事にします。だってこんなにかわいいんですもの」
「琴子ちゃんなら大事にしてくれると思ったわ」
「じゃ、あたし帰ります。今日は本当にありがとうございました」
「直樹に懲りずにまた遊びにいらっしゃいな」
「ええ。…その、直樹先生が怒らなければ」
「あらいいのよ、幼稚園の先生にあるまじき仏頂面なんて気にしないで」
「は、はあ」
そう言われて頭を下げて門を出ようとすれば、直樹先生の母の後ろのほう、何故か玄関で仁王立ちした直樹先生が。
ば、ばれたの?
ばれたの?
先ほどもらった写真を鞄の奥深くに押し込めて、琴子先生は逃げるようにして入江家を辞去したのだった。
(2017/03/09)