医龍編その3
明日は手術だという日、僕はもう一度カルテと患者の様子を見てから帰宅する。当然だな。
ところがあいつは、屋上へと消えていく。
それも夜の消灯も過ぎた頃、さすがに煙草休憩なんかしていた患者も病室へ戻り、守衛は見回ってあれこれ鍵をかけるそのときに。
どういう理由だか、あいつが手術に入る前日は、医局の上にある屋上の扉は夜中過ぎまで開いているという。
守衛に何か付け届けでもしているのかと思いきや、消灯過ぎに見回ってきた守衛が思わず後ずさりして、うん、ここは後でもいいな、などと思ってしまうようなことをしていたのだ。
それがわかったのは偶然と言えば偶然だが、それ以来妻である琴子ちゃんは、とある熱血少年の姉ちゃんのごとく暇さえあれば屋上が見える一角から見守っている。
おかげで僕はその場所を二度と逢引に使えなくなったのだ。
その分を琴子ちゃんに補ってもらおうかと思ったのだが、影から見守る麗しき夫婦愛を満喫している琴子ちゃんには、話しかけてもこっちの世界に戻ってこず、僕は早々に諦めた。
なんなんだろうね、この夫婦は。
そう、そもそも手術の前日に屋上で半裸でシュミレーションしているあいつが変態なのは別に構わない。
シュミレーションしたおかげで手術が上手くいくならそれもいいさ。
「そうねぇ、チームナオッキーとか」
「…ないない。琴子のセンスに期待したのがバカだったわ」
「ひっどーい、モトちゃん」
「チームストレート…とか。うーん、いまいち」
「何でストレートなの」
「入江先生の直を取ってみたのよ。まさか琴子、ストレートの意味がわからなかったとか」
「そ、そんなことないわよ。あまりに変だから、ちょっと聞いてみただけ」
「もうこの際普通にチームイリエとかでもいいか」
そこまでの会話を聞いて、僕は割り込んだ。
「ちょっと待った!」
「…なんですか、西垣先生」
自称間違えて男に生まれてしまった桔梗くんが、その美しい顔を歪ませてこちらを見た。
「君たちが言ってるのは、その…あれだよね。
世界的に有名になった外科医がチームを率いて心臓手術をしたとかいう…」
「それはチームバチ○タ」
「そ、そうか。じゃあ、あれだ。もうひとつのほうだ。世界を渡り歩く破天荒な外科医のほうか」
そんなどうでもいいことを言っているが、つまり、僕が言いたいのは、まだ執刀医でもない研修医にどうしてチーム○○みたいなもんがあるんだよ。
「いや、あのね、それを言うなら、チーム西垣のほうじゃないか。執刀医は僕なんだしっ」
二人は半目になって僕を見て言った。
「えー、それじゃあ意味ないじゃないですか」
「あたしは断然チーム直樹ですっ」
あ、琴子ちゃんさりげなく名前変えてるし。
「い、意味ないってことはないんじゃないかな」
僕は明日の手術の術式をもう一度確認しながら言ってみた。
「ほら、じゃあ、そんな名前じゃなくて、あれって、術式の名前をつけたりしてもいいんじゃないかな」
「だーかーらー、それは謎解きするほうの事件を扱ったやつでしょ。入江先生は違いますから」
そりゃ違うだろう。執刀医か、ただの第一助手かの違いは大きいぞ。
「もう、そんなに言うなら、チーム入江直樹に入れてあげます」
あ、またチーム名が変わってるぞ、琴子ちゃん。
というか、何で指導医で執刀医の僕が後輩の第一助手のチームに入らなきゃいけないんだよ。根本的に間違ってるぞ。
「はいはい、じゃあ、西垣先生は入江チームの補欠と言うことで」
もう、何がなんだか。
桔梗くん、僕はね、そんなことを言いたくて口を挟んだわけじゃ…。
…かくして、何だかよくわからないまま、僕はチーム入江直樹だか入江チームだかの補欠ということに。いや、本当になんか違うぞ!
翌日、何故かあいつは僕を見て言った。
「いいんですよ、チーム西垣でも。誰が入るのか知りませんけど」
な、なんだと?!
僕が振り返ったときには、あいつはエレベータの中だった。
いつもいてほしくないときには振り返ればいるくせに、こういうときはあっという間に消えている。
本当に腹立たしいやつだ。
そんなことを思いながら家に帰る途中、不意に思い出した。
そう言えば腹が立つような同僚医師の出てくるドラマがあったけ。
振り返ればやつが…というドラマを久々に見たくなり、僕は思わずレンタルショップに寄ってしまったのだった。
(2012/11/30)