医龍編その2
最近のオペは非常に楽だ。
変態だが天才と誉れ高い入江が第一助手なのだから、失敗なんてありえない。
え?それじゃあ僕の価値はって?
執刀医は僕なんだから手柄は全部僕のものさ、当然。
だいたい執刀医が教授になっていたって、最初っから最後まで教授が腕を振るうなんてことなんて滅多にないし、ほとんどは僕らがお膳立てするもんなんだよ。
がっかりした?
いいんだよ、そのほうが失敗も少ないし(多分)。
僕は上機嫌で廊下を歩いていた。
そんなときに聞こえた話に素早く足を止める。
「入江のあの手技は、近いうちに西垣先生を差し置いて第一執刀医なんてことになるかもな」
う、うーん、世間はそこまできているのか。
僕は思わず唸ってその場を立ち去った。
別に僕が下手とされたわけじゃないってのは知っている。
手技は普通に行えるし、正直今の外科医の中じゃ腕前はかなりのもんだと思っている。
だからこその第一執刀医なんだしね。
まだぺーぺーの入江の下で助手をするのはいただけないな。
オペ経験を積むのにベテランがついて手術をさせるというのはもちろんあることなんだが。
僕は珍しく真剣に対策を考えた。
入江が屋上で半裸シュミレーションなら、僕は地下で全裸シュミレーションとか?
いやいやいや、たとえこの西垣、女にだらしがないと言われようとも変態の域にまで堕ちたくはない。
でもシュミレーションを繰り返すのは外科医ならよくあることだ。
これはこっそり練習するのも手かもしれない。
僕は早速明日のオペに備えてシュミレーションを行うことにした。
…が、このシュミレーションというのは、傍目から見て結構恥ずかしい。
いや、こんな努力をこの僕がしているなどと見られたくはない。
僕はあくまでスマートにそつなくこなすのが信条なんだ。
機械室なら、夜中は誰もいなかろうとそこに行ってみることにした。
え?何で家でやらないのかって?
よく考えたら家に帰ってまで緊張したままオペのシュミレーションをするなんて、精神上よくないと思い直したのだ。
ちなみに今日は入江は屋上にいないようだ。
明日のオペは入江と一緒じゃないからだ。
真似して屋上でやるにはまだ寒いし、入江の真似というのはバカらしいし。
機械室でやるのは真似じゃないかって?
そんな細かいことはいいんだよ。
ごうんごうんと機械の音が響くが、そこは思ったよりも集中できるようだった。
僕は少し暗めで機械の音もするその部屋に入っていった。
ところが、そこには先客がいたのだ。
熱心に汗を流している長身の男。
思わず入江かと思ったが違った。
汗でずり落ちそうになるメガネをものともせず、必死で手を動かしている。
…船津だ。
そういえば、いたな。
最近出没しないので久しぶりに助手になっていたので驚いたんだった。
どうやら入江との出世争いに敗れ、しばらく鬱々としていたようだ。
まだペーペーのくせして出世争いなんて、バカバカしいけどね。
とにかく船津は入江を眼の仇にしているんだった。
僕はしばらく船津を見ていたが、船津は全く気づく様子もなく熱心だ。
うーん、熱心さは買うが、入江と比べるとやはりいまいちかな。
いや、新人にしては上手いとは思うんだが。
僕はそのままゆっくりと機械室を出て行った。
まあ、好きなだけシュミレーションしてもらうさ。
それが入江への対抗心で行っていることなのかもしれないが、少なくとも僕の邪魔になることはないだろうし。
そうそう、それにやっぱり僕に今更機械室なんて薄暗くてうるさい場所でシュミレーションなんて似合わない。
まさに船津のようなやつにこそふさわしい場所だ。
そうだな、僕にふさわしい場所は…。
いや、違う、そもそも僕にはそんなシュミレーションなど頭の中だけで十分。
あいつら変態に付き合っていたら、体を壊しかねない。
しかし、船津、あの機械熱で少々暑いあの部屋で、入江に対抗しているんだか薄暗い色の服でシュミレーションをしているのは、いったい何のつもりなんだ。
寒空で半裸の入江もおかしいが、汗を流しながら厚着のままシュミレーションをする船津もやっぱりおかしい。
…天才でなくていいから、せめて僕は普通の外科医として人生を全うしたい。
しみじみそう思いながら僕は家路をたどるのだった。
(2012/05/17)