2013年年末スペシャル



医龍編2その1:チーム・イリエ


「ねえ、知ってる?最近入江先生がチーム作ったって」
「知ってる、知ってる」
「内科も対抗してチーム内視鏡作ろうかって」
「えー、だっさ〜い」
「あ、ねえ、ほら、そろそろじゃない」

ここは斗南大学病院。
ありとあらゆる分野を備えた堂々たる大学病院で、最先端技術を駆使して数多の医師たちが切磋琢磨して医療を行っている。
そんな中で外科に新たな手術チームが発足しようとしていた。
病院外来棟では、明日の手術に向けて最終確認のため、術者たちが会議室へと向かっていた。

「あ、来たわ」
「チーム・イリエよ!」

ここで、何故かカタカナになったのかは深く追求してはいけない。
海外に向けて研究論文を発表するにあたり、普通にローマ字表記したそのままを日本語で読んでいるだけだからだ。
そして、他人に気安く名前を呼んでほしくない当の本人が勝手に名前を省略した結果だからだ。
そして、本人曰く、「別にチームなんて発足していない」らしいが、いつの間にかそうなっているのだから、噂というのは恐ろしいものだ。
もちろん噂の類がどれだけくだらなくていい加減で無責任なものかは、本人自身が学生時代によーーーーく知っている。
否定すればするほど事実とは異なる結果に尾ひれがつくことも、そりゃもうよーーーーく知っている。
だから、チーム・イリエくらいの噂ならばかわいいものだと放ってある状態なのだった。

キャーッという歓声とともに現れたのは、ドクターイリエを執刀医とする俗に言うチーム・イリエのメンバーだった。
「ほら、もちろん先頭が入江先生よね」
「で、あれが病院一のトラブルメーカーにしてラッキーガールの奥さん」
「どんな女よ、それ」
「いろいろトラブルを起こすくせに彼女がいるだけでどんな患者もみるみるうちに回復するっていう噂よ」
「それって結構すごいわね」
「そして、美しすぎる看護師、桔梗幹よ」
「うーん、確かに美しいわ」
「男とは思えない容姿で凄腕という」
「お、男なの」
「そして、メスを持たせたら他に並ぶ者がないという天使の微笑み小倉智子」
「ちょっと待って。メスって、女医じゃないわよね」
「看護師よ」
「えーっと、メスって必要?」
「さあ?」
「そして最後が…指導医にして助手に甘んじるという西垣先生」
「…西垣先生…(涙)」

「ねえ、ちょっと、何で僕が最後なんだよ」
傍で噂している看護師たちの声を聞きとがめ、西垣が文句を言う。
「どうでもいいじゃないですか」
「どうでもよくないよ。何で名前がチーム・イリエなんだよ」
「あたしはストレートがお勧めだったんですけど」
「琴子ちゃん、それはどうかと思うな」
「ねえ、ところで真理奈はどこに行ったの」
桔梗が辺りを見回した。
「ああ。真理奈はね、チーム船津に入ってもらうんだって、船津先生が」
「ふーん。大変ね〜」
「でも、あちらならあたしの出番もありそうだけど」
「…智子、看護師にメスは要らないから」
「つまらないわ…」
ふうっとため息をついて、智子は胸ポケット(何故そこに?という皆の目線つき)に入れたメスをちらりと見た。
「僕はチーム西垣でも作りたかったっていうのに」
「誰が入るんですか」
「えー、ミワちゃんとか、ヨシエちゃんとか」
「オペ室の師長と主任じゃないですか。それにどう考えてもその二人の独占は無理でしょ」
桔梗が気の毒そうに西垣を見た。
「そうは言うけどもね、そもそも麻酔科医がいないだろ」
「麻酔科医、ねぇ」
「ほら、チームなんとかっていうのものには、凄腕の何でも任せられる見ただけで体重まで言い当てられるような麻酔科医が必要だろ」
「そんなのテレビドラマの見すぎですよ」
桔梗は冷たく言い放った。
「あ、入江くんなら体重、言い当てられますよ」
「入江が?そんな特技があったんだ」
「ええ。スリーサイズも一発です」
琴子の言葉に「えーーーっ」と声が上がる。
「だって、結婚前からあたしのスリーサイズ、ぴたりと言い当てるし、触るだけで今でもわかるみたいだし、何故か体重まで知ってるんですよ。やせたり太ったりするととすぐにわかるみたいで。すごいでしょ」
「それって…」
思わず琴子と直樹以外の三人が顔を見合わせる。
「…琴子限定じゃないの」
「いや、そもそも結婚前からだなんて、君たち結婚前からそんなふしだらな」
「ふしだらの見本の西垣先生に言われたくありません。あたしたちは結婚するまでそんな関係じゃなかったんですから」
「なおさらだろう。なんだよ、その入江のムッツリぶりは」
「あ、ふしだらは突っ込まないんだ」
「ちっちっちっ、僕のはふしだらじゃなくて、博愛と言ってくれたまえ」
「…うるさい」
「は?」
病院内を闊歩するのに位置的に一番後ろで遠くて聞こえなかったのか、西垣が耳を澄ませる仕草をする。
「うるさいって言ってんだ!」
直樹の声が響き渡った。既にギャラリーもいない会議室の前だ。
「どうでもいいが、チーム・イリエなんてもんは存在しない!
これから手術の打ち合わせだから、散れっ」
「もー、入江くんったら、空気読めないんだから〜」
「いや、入江にしてはここまでよく持ったほうだと思うぞ」
「そうね、いつ怒鳴りだすか気が気じゃなかったし」
「…琴子」
「はい?」
「おまえ、今日からしばらくチョコ食い禁止」
「何で?」
「背中にニキビ」
「ええっ、知らなかった」
「それから、桔梗」
「は、はい」
「明後日はコンシーラー持参」
「…はい…」
「小倉」
「はい」
「胸ポケットのメスは危険だからやめろ」
「そんな」
「大腿にしておけば」
「…はいっ」
「それから、西垣先生」
「は?」
「どこ行こうっていうんですか。助手とはいえ俺の指導をしてくださるんですよね」
「ま、まあそうだが」
「会議室はこちらですが」
「う、うん、入るよ。もちろんじゃないか」
いや、わかってるんだけどさとぶつぶつ言いつつ、直樹の後について西垣は会議室に入っていった。
会議室にはもちろん本当のチーム・イリエと呼ばれるべき人々が集まっていた。
目の前でドアが閉まるのを、琴子たちはふうっと息を吐いて見送り、病棟へ戻るべく廊下を歩き出した。

「あー、怖かった。怒鳴られたほうがよほどましだわ。いや、それも怖いか」
「さすが入江先生。通販でナイフを大腿のバンドで固定するもの、メス用に特注したのよね。やっぱり胸ポケットじゃ患者さんに危ないし」
「大腿って、何よ、大腿って。入江くんのスケベッ」
「コンシーラーって、どんだけ」
「でも、大腿に固定するとすぐに取り出せないのが難点かしらね」
「背中のニキビ、いつ見たんだろう…」
それぞれ三人三様つぶやきながら、斗南病院の午後は過ぎていくのだった。

(2013/12/28)


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