2012年年末年始スペシャル



医龍編2その2:チーム・イリエ2


無事に手術は終わった。
もちろん手術はこれ一回だけではない。
最近手術の腕を見込まれて、研修医を終えたばかりの身としては余りあるほどの手術件数が入っている。
もちろん消化器外科、小児外科とも他の科とのローテーションの関係で毎日手術があるわけでもないので、何もない日は術前術後の処置や病棟、外来、当直とスケジュールはいっぱいだ。
そんな合間をぬって彼は愛する妻と過ごすのだ。

「…コンシーラーね…」
何故アタシが?と思わないでもない桔梗だったが、言われたとおりちゃんとコンシーラーは持参した。
そもそも男の彼が使わないような化粧品を持っているのは、間違って男に生まれてしまった(と信じている)せいなのだが。
そして、明後日に持ってこいという指示は、手術の翌日だった。
つまり、手術でアドレナリン出まくりってわけね、とやけに納得顔で彼はうなずいた。
指定日に出勤してきた彼女は、つやつやした肌に似つかわしくないよれっとした面持ちで、昨夜に何があったのか全身で表しているようなものだ。
彼は一つため息をついて、「後ろ」と首を指した。
襟に隠れるか隠れないかのぎりぎりのラインに一つ二つと赤い花びらが散らされている。
入江さんほどの人がどうしてこんな所有印をとでも言うべき情事の証を残すのだ。
別に見えたって構わないのだが、彼女はこれをつけたまま堂々と見せびらかすような性質でもなければ、つけていて似つかわしい容姿でもない。
どちらかというと童顔な、とても人妻とは思えない初心な面を持った女で、逆に見つけた患者のほうがぎょっとするし、知られた彼女は泣きながら戻ってくるぐらいだ。
しかも相手は当院きっての凄腕天才外科医なのだ。
同じ職場で顔を合わせるし、いらぬ想像までしてしまう。
患者にいたっては、何でこんなハンサムで女にもてそうで、しかも一見妻である琴子に冷たく接していて、どちらかというと常に冷静な主治医だったりするわけだ。
まさか目の前に立って「傷の具合はどうですか」としれっと聞いてくるこの人が…と思わないではいられない。
おまけに時を同じくして「検温でーす」などとその妻である琴子がやって来ようものなら、思わずそんなあんたでもこの奥さんにぞっこんなんだねぇとつい声をかけたくなるのだ。
もちろんそんなことを言おうものなら、ツンドラ気候も真っ青な瞬間冷凍視線が向けられるに違いないので、患者は口をつぐむしかない。
決して人は悪くないんだけどねぇというのが患者間での合言葉だ。
新しく入院してきた患者に「あの先生に奥さんの話題は無理に振っちゃあいけないよ」と釘を刺すことも忘れない。
そんな暗黙の了解ができつつある病院である。
チーム・イリエがどれほど有名になろうとも、ドクターイリエは変わらないだろうと桔梗は確信を持って言える。
どちらにしても、チーム船津だろうがチーム西垣だろうが、チーム・イリエに敵うことはないだろうから、当分こんな日々は続くに違いない。
桔梗はせっせと琴子の襟首にコンシーラーを塗りこむのだった。

「ところでヨシエちゃん、チーム西垣に入らない?」
「あーら、残念ですわ。私、他にも同じようなお誘いが二つ三つあるんですのよ」
「それって外科じゃないよね」
「さあ?手術室を使っているのは外科だけじゃありませんからね」
「なんだよ、みんな考えることは一緒か」
「ちなみに師長も一緒ですわよ」
「ミワちゃんまで誘うって、どんだけみんな節操ないんだよ」
「その筆頭の西垣先生に言われたくないでしょうねぇ」
「で、本当のところ、どこのチームに入るつもりなの?」
「…ふふふ、私、いつも入江先生の手術場には立ち会っておりますの」
「そ、そう言えば、間接介助って、いつもヨシエちゃん…?」
「もちろん師長は忙しくていつも一つの手術場に入ることはかないませんけどね、私なら呼ばれればどこへでも」
「確かに師長は滅多に手術場に入らないね」
「直接介助だけが手術場の仕事じゃありませんのよ」
「まあ、器械渡しが花形なのもわかるけどね。だからこそヨシエちゃんみたいな縁の下の力持ちが必要なんだよ」
「あら、うまいこと言って。知ってますわよ、うちの器械出しホープの山下さんにちょっかいかけてるの」
「えっと、それはどこから」
「ふふふ、まだまだですわね、西垣先生」
「わかった、入江だな」
「いいえ。そんな話、入江先生がするわけないでしょう」
「西垣先生の行状は、チーム・イリエ並みに知れ渡っておりますのよ」
「じぇじぇじぇ」
「…それ、今年しか使えませんからね」
「使うなら今でしょ」
「じゃあ今度私をお・も・て・な・し、してくださいね。そうしたらチーム西垣も考えますわ」

おあとがよろしいようで。

(2013/12/29)


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