直樹編Vr.1
作者注 vr.1のキスの直後に琴子が目覚めたら…です。キスするまでの経緯は「清里にて〜直樹〜」を参考にしてください。
軽く触れた唇の柔らかさに一瞬酔いしれた。
なんで俺はこいつに口づけてるんだろう。
俺の理性はいったいどうなってるんだ?
自分のした行為が信じられなくて、唇を離した後も琴子の顔を見つめた。
かすかに動いたまぶたが、ゆっくりと持ち上がる。
琴子は間近に俺の顔を見つけてかなり驚いたようだった。
「う、うわっ」
そう言って身体を離そうとする。
「な、な、な、なん、なんで?!」
驚いてあせって、かなりどもっている。
それはそれで面白い。
顔は見る間に赤くなり、湯気まで出そうだ。
俺はそのまま笑い出したいのをこらえて、身体を起こした。
「こんなところで寝て、襲われても知らないぜ」
忠告のつもりでそう言った。
実際ただ避暑に来ている奴ばかりとは限らない。
男探し、女探し。
そういうくだらない連中もたくさん来ている。
こんなところで寝ていたら、襲ってくれと言ってるみたいじゃないか。
「おそ、襲われるって誰によっ」
そう声を絞り出して、そのまま後ろの木に頭を思いっきりぶつけている。
…何やってるんだ。
ああ、俺に襲われると思ってるのか?
…そうか、俺も寝込みを襲ったには違いない。
「たとえば、俺…とか?」
打った頭を抱え込みながら、慌てている。
「い、入江くん?!」
俺の言ったことは信じられないらしい。
それもそうかもしれない。
俺が琴子を襲うなんてこと、あるわけがなかった。
…今日までは。
「…あたしに2回目のキスなんて…して、…ないよね」
…キス?
ああ、唇が触れればそう呼ぶのかもしれない。
琴子でさえ、自分で言ったことに自信が持てないらしい。
俺は「した」とも、「してない」とも答えられなかった。
「した」なんて答えればどういう反応を示すか、考えるだけでもうんざりしそうだ。
だからと言って、「してない」と答えるのもフェアじゃない気がする。
「…さあ?」
そうあいまいに答えて、置いた荷物をもう一度抱えあげる。
そうだ。何もバカ正直に答える必要はない。
琴子は知らないんだから。
別にわざわざ教えてやる必要はない。
琴子を見ると、俺の返答をどうとったらいいか、わからないようだった。
わからなくていいんだよ。
俺は琴子の鈍さに感謝した。
俺のあいまいな答えをそれ以上追求しなかった。
ぼうっとしたままの琴子を残して、俺はそのままもう一度木立の中を歩き出した。
If〜もしも清里にて〜直樹編Vr.1(2004.11)−Fin−