If〜もしも清里で〜



直樹編Vr.2


作者注 Vr.2のキスの最中に琴子が目覚めたら…です。キスするまでの経緯は「清里にて〜直樹〜」を参考にしてください。




軽く触れた唇の柔らかさに酔いしれて、一瞬溺れかかった。
少し強く唇を押し付けすぎたのかもしれない。
起こさないつもりでいたのに、眠り姫のように琴子は目覚めたらしい。
それなのに、俺は唇を離せずにいた。
今更知らない振りはできなかった。
この俺が、嫌いでもないけど好きなわけじゃないと公言している琴子に口づけたこと。
無意識に…とは言うものの、寝込みを襲ってるのも事実だ。
あまりにも静かに目覚めた琴子に気づかないまま、俺は口づけていたらしい。
まだ唇に触れたまま、琴子の大きな目は見開かれた。
俺を認めたらしい琴子の身体がピクリと動いた。
俺はそこでようやく目を開けて、琴子の目が開かれて俺を見ているのに気付いた。
その瞳の強さに一瞬たじろぐ。
俺はゆっくりと唇を離した。
ずいぶん長く口づけていたのか、それとも一瞬だったのか、覚えていない。
いつものあいつなら大きな声で騒ぐのに、何も言わない。
身動きもせず、俺を見つめている。
あまりに大きな目で見つめられているうちに、またもやその瞳に吸い込まれていきそうだった。
今日の俺はどうかしている。
ちょっとうたた寝していた琴子の様子を見ようと思っただけだったのに。
触れた唇は思うより柔らかくて。
琴子は何を考えているだろう。
俺が口づけていた意味を考えているんだろうか。
本当にどうかしている。
琴子は俺を見つめているだけなのに、もう一度触れてもいいと思っている俺がいる。
琴子にもう一度手を伸ばしかけたとき、後ろの茂みで音がした。
…裕樹だった。
裕樹を認めた瞬間、琴子は何かの罠から抜け出したようにうるさくわめいた。

「なんでここにいるのよっ」
「ぐ、偶然に決まってるだろっ」

裕樹は慌ててそう答えた。
もちろん偶然に決まってる。
こんなところでわざわざ俺たちを盗み見るほど裕樹はバカじゃない。
正直、裕樹でよかった。
裕樹なら、俺に不利になるようなことは言わないはずだ。

「なんで…?なんでキス、したの?」
「そうだよ、お兄ちゃん。なんでこんなやつに!」

二人して俺に答えを要求する。
俺にだってわからないことがあるんだよ。
そう言えたらどんなに楽だろう。
自分でもわからないままだなんて、裕樹が納得するはずがない。
いい意味であいつはまだ子どもだからな。
琴子にだって、まさか無意識のうちに…なんて喜ばせるようなこと言えるわけがない。
仕方がないので、こう答えた。

「…さあ?」

そうとしか言いようがない。
理由がわからないのだから。
琴子も裕樹も口を開けて俺を見ている。
そんなに別の答えを期待していたんだろうか。
琴子は少し残念そうな顔をした後、恐る恐る言った。

「ざ、ざまあみろ…とか思ってる?」

一瞬何のことかと思った。
そう、俺が卒業式の夜に琴子に言った言葉だ。
俺はとうとうこみ上げてきた笑いを抑えきれずに笑った。

「だったら、どうする?」

俺は琴子を見つめて、目の前でそう言い返した。
頭の回転の鈍い琴子らしく、しばらくしてから怒鳴り返した。

「ひ、ひどい!!」

半分涙目だ。
俺はそのまま琴子に背を向け、持ってきた荷物をもう一度抱えあげた。
呆然とする裕樹と涙目の琴子を残して歩き出した。
これ以上追及されるのはごめんだ。

…忘れてみろよ。

あの日の言葉がよみがえる。
ちょっとしたイタズラ心でしたこと。
あの日のことは今でもそう断言できる。
だけど、今日は?
少なくともざまあみろとは思っていないが、わざわざ琴子に弁解する必要と義務があるだろうか。
琴子は勝手にいろいろ想像するかもしれないが。
そう。そんなことはどうでもいいこと。
そう思うことで、俺は、自分の意識の扉を閉めた。
これでなかったことにできる。多分。
…本当に?



If〜もしも清里で〜直樹編Vr.2(2004.11)−Fin−