貧乏子爵令嬢は王太子殿下の婚約者に選ばれました



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いよいよ新年会が始まろうとしておりました。
もちろん随分前からそのためにいくつもの準備がなされ、侍女たちも慌ただしく衣装から装飾まで準備を重ねております。
城の者たちは出される料理に、警備にと落ち度のないように厳しく管理がなされています。
そんな様子をコトリンは熱心に見て回りました。
いつか、自分の領地で何かを開催するときの参考にさせてもらおうと思ったのです。
何か、とは何か、で何を行うのかすら決まっておりませんでしたし、行うのかすら不明でしたが。
要はただの邪魔者です。
その自覚はありましたが、見て回ることに許可を得たことに気をよくしてあれこれと尋ねてみると、皆忙しい中でも気前よく答えてくれるのでした。
時には決めかねている様子に「前侯爵さまならそちらの方が好みかも」と漏らした言葉に参考にさせていただきますと返事が来た時には、慌ててこんな関係もない貧乏子爵の感覚を当てにしないでほしいと懇願する場面もありました。
少なくとも、一応行儀見習いとして滞在させていただいている中、こんな機会はもう一生ないかもしれないと思ったのです。
城の者たちはそんなコトリンを最初は王妃様お声掛かりの貧乏子爵令嬢と思っているだけでしたが、滞在中の裏表のない素直な反応と様子にすっかり警戒心をなくしておりました。
城の裏で働く者たちは、下手をすれば一生貴族令嬢などと接することなどないかもしれない者たちなのです。
厨房関係者には、実は子爵領からの特産品を届けた際に会っているはずでしたが、さすがに身なりが違えば気づかれることもありません。
アイハラ子爵家の特産品は最近王城に出回り始めたので、コトリンが売り込んだのだと思っておりましたが、「王妃様が全部買うと言い出した時はどうしようかと思っちゃったわ」と恐縮している様子を見ると、何かお偉い貴族様という概念が吹き飛んでしまったのでした。

 * * *

「コトリン様、最近厨房へ行かれました?」
「あ、はい。毒物管理のためにこれ以上は立ち寄りませんのでご容赦ください」
「まあ、それはよろしいのですけれど」

コトリンがあまりに気軽に城の者たちに声をかけるので、コトリンの噂は使用人たちの間で事細かに語られているのです。
気難しいイズミー前侯爵の好みをまさかコトリンが知っているとは思わず、厨房の者が迷っていたメニューを決めることができたと報告があったのだ。
イズミー前侯爵と言えば、かつては肉料理をもりもりと召し上がる方だったが、最近は表舞台に出てくることは少なく、食の好みが変化したとの話もあったが真相はわからないままどうするべきかと料理長が悩んでいたらしい。
おそらくその真相は侯爵領に届ける品を商店、市場と地道なつながりを持つ子爵領ならではの伝手であろうと推測された。
あまりにも気安すぎるのもどうかとは思いましたが、概ね悪い評判ではないようなので侍女のモトは様子を見ることにしたのでした。

「この新年会が終わればようやく城を出られるわ」

周りの侍女たちは本当にそうだろうか、という思いでおりましたが、あくまでコトリンの予定は新年会まで城に滞在となっております。
コトリンが王太子殿下の婚約者となるまでにはいくつもの懸念があるのです。
その一つ一つを王妃殿下の根回しの元に水面下で攻略している最中でもあるのです。

「ところで、国王様って、王太子殿下にエスコートされるのが私ってことをご存じなのかしら」

何故今頃そこが気になった、と侍女たちは突っ込みたい気分でしたが、そこは冷静に侍女のモトが言いました。

「もちろん御認可されましたので」
「そうよね」
「何か気になることでも?」
「まさか新年会の場で『そこの無礼な女はとっととつまみ出せ』とかいう状況になったりしないわよね?」

どういう心配だ、と心の中で侍女たちが突っ込んだところで、一人の侍女が気が付きました。
最近城下で人気の『薔薇は密やかに愛を育む』とか『薔薇革命』とか、一見恋愛物語に見える物語の中の一節です。
そう、確かにその本には婚約者としてエスコートされるはずの令嬢が王太子殿下に舞踏会の会場から追い出される場面があるのです。
でもあれは男同士の恋愛を描いたいわくつきの物語です。
大変に流行してはいますが、いったい誰がそんな本を持ち込んだのでしょうか。

「殿下は思慮深い御方です。今回のような大事な会で声を荒げて理不尽なことをおっしゃる方ではございませんよ」
「そうよね」
「物語に左右などされませんように」
「…はぁい。でもあの薔薇シリーズ、令嬢はほとんど出てこないの。なかなか画期的だと思うわ」
「…そうですか」

理由は知っているのですが、おそらくコトリンはまだそこまで読んでいないと思われるのであえて誰もその理由を説明しませんでした。
そもそも最近城から出ていないコトリンにあの物語を勧めたのは誰だ?と犯人捜しが始まるのも時間の問題です。
いえ、読んでいけないのではありません。
あの物語の少々困ったところは、王太子殿下と幼馴染の宰相子息が恋仲になって愛を語るという内容が、今の王太子殿下の結婚の妨げになるのではないかという周囲の心配だったりするのです。
コトリンなら現実と照らし合わせて、なるほど、だからこんな子爵令嬢に声をかけたのだと思ってもおかしくはない、というところなのです。
事実ではないのです。
事実ではないのに、やけに現状に近い物語の流れが、やや現実味を帯びているところが数多の婦女子の心をときめかせるのです。
平民、貴族を問わず人気があるのもうなずける出来なのです。
通称『薔薇の庭』シリーズと呼ばれる本は、元は王城から派生したのだということは調べでわかっているのです。
それとは対照的に『百合の調べ』というシリーズも発見されました。
そもそも元は『私、婚約者、やめます』という逆転シリーズと言われる物語が流行しだしたことなのです。
いわゆる理不尽な政略的婚約に不満を持った方々の恨み辛みが詰まったようなこのシリーズは、貴族女子たちの間で流行し、やがて殿方たちにも広まったと記憶しております。
恋愛物語が流行するのは王国が平和な証です。
王国が荒れた時代は娯楽本というものはなかったようです。
そういうわけで、最初はのんびりと笑って流行を楽しんでおられたのです。

「あの婚約者シリーズの話、主人公が領主になるところで終わってるわよね」
「…そうでしたか。存じ上げませんでした。勉強不足ですみません」

いや、本当は読んでいるのですが、あえてコトリンの反応が気になって知らないと言ってみたのです。

「横暴で浮気性の王子様を振って、自分の道を行くってところがちょっと人気なのよね」
「さようですか」
「私も将来を考えたらちゃんと勉強しなくちゃ」

その将来とは、領主への道、でしょうか。
薔薇同盟の話から違う方へ話が向かっています。
しかも、かなりまずい方向へ。
侍女のモトは、これは重要案件として要報告、と心の中に書きつけました。

「コトリン様が領主になるためには、どなたか婿に来ていただかなくてはなりませんが」
「そうなのよねー。数字が苦手だから、そこを補ってくれる方じゃないと…。でもそんな優秀な方だと既にお相手がいらっしゃるのよね」

やはり領主への道、でありましたか。

「おまけに、特産がなさ過ぎて税収にも乏しくて、いつまでたっても貧乏で。そんな貧乏子爵家に来てくれる奇特な人ってなかなかいなくて」

そう言ってコトリンはため息をつきました。

「それで話は戻るのだけど、その婚約者シリーズ、王子様と結婚した妃が遊んで暮らせるって何で思えるのかしらね。国の予算で贅沢し放題って言うのもよくわからないし、主人公を陥れた恋敵って、かなりお花畑な感じよね」

ぷっと後ろで他の侍女が吹き出しました。
侍女のモトは注意のためにもすかさずコホンと咳ばらいをしました。

「おっしゃる通りです。予算は遊んでもらえるものでもございませんし、人に命令ばかりして自ら働かない者に人はついていきませんからね」
「ですよねー。でも、庶民はそういう夢物語しか知らないからあまり深く考えちゃだめよね」

うんうん、と一人納得顔のコトリンですが、夢見がちなようで実は結構現実的だったりするのです。これもご実家が自称貧乏ゆえの金銭感覚なのでございましょう。

「さあ、そろそろ明日のために準備をなさいませんと」
「明日…」

コトリンは「ああ〜」と頭を抱える。

「無理。絶対無理。王太子殿下って、あの王太子殿下よ。お城に滞在させてもらっているだけでエスコートなんておかしいわよ。確かに父もこの雪で未だ王都に着いていないらしいし」

この二、三日は同じことの繰り返しです。

「コトリン様、現実逃避も程々になさいませんと」
「王子様のエスコートなんてありがたがる方が他にもたくさんいるというのに、なんで…なんでよりによって…」

侍女のモトは、一つうなずくと後ろからささっとティーセットが出てきました。

「落ち着いてこれを」

すかさずハーブティを入れると、コトリンに差し出しました。

「ありがとう。よく眠れそう」

ほんの少しよく眠れるようにハーブティに細工をしましたが、コトリンは気づきません。
本来明日の確認が普通の令嬢なら入るのですが、この際コトリンには不要だろうと侍女のモトは細工をしたのでした。
このまま堂々巡りの思考に陥って後ろ向き発言を延々とされるのも困ります。下手をすると直前に逃げ出すかもしれません。
もちろんコトリンも明日が重要なことはわかっていることでしょうが、突然我に返って混乱状態になることもないことではありません。
そして、もう一つ心配なことは。

「では、コトリン様、おやすみなさいませ」
「…おやすみ…」

準備と緊張で疲れていたのか、思ったよりも素直にコトリンは眠ってしまったのでした。

 * * *

王妃様付きの筆頭侍女がやってきました。
忙しい前日に侍女のモトに会いに来るのは異例のことかもしれません。

「明日、わかっていることと思いますが、妨害がないとは限りません」
「はい」

高位のお嬢様方はそれほど心配はないのですが、その取り巻き、お付きの侍女たちは我がお嬢様こそはと思っていた者が多く、いきなり現れたコトリンにあまり良き思いをしていない者も多いのです。
ドレスを汚される、閉じ込められる、酔客をけしかけられる等、ありとあらゆる事態を想定しなければなりません。
もちろん王妃様のお声掛かりでもあるコトリンに何かを仕掛けようなど自殺行為でしかありませんが、そこをわかっていない愚かな者も時にはいるのです。

コトリン付きの侍女たちは、万が一金銭で買収されることのないように、とのお達しでしたが、金銭的に困っている者はおらず、一応コトリンに味方だと本人たちは自称しております。
それでも貴族としての本音は違うかもしれません。
本人はそのつもりでも、親兄弟、親戚筋の者、寄り家とされる上級貴族との繋がりも侮れません。
貴族とは、本当に面倒なものです。
モトもその辺については慎重に侍女長と検討したつもりですが、どう出るかは今回の新年会を機に見定めなければなりません。
その先、ここで本当にコトリンの味方になってくれそうな者を周囲に固め、本人の思惑とは違う方向へ未来が進んだとしてもいいように準備はしておかなければなりません。

「いよいよ明日です。どんなふうに矛先が向くかわかりません。
あなた方の良心に従って動いてくださることを願っています。
親兄弟、親戚筋とうるさい方々もいらっしゃることでしょう。何かご自身で対処が難しいようならこちらから対処いたしましょう。
今後、誉れ高き王太子妃侍女としての待遇を望むのかどうかは、あなた方の働き次第です。
今まで培ったことを存分に発揮していただきましょう。
もしも不埒な行いを施すならば、おそらく王太子殿下のお怒りを買うことでしょう。
それを胸に周りに注意をし、無事に皆様が労いを受けることができますように」
「はい」
「承知いたしました」
「お任せくださいませ」
「仰せのままに」

腹の中はともかく、それぞれが礼を尽くしてモトに誓うと、モトは満足そうにうなずいたのでした。


(2026/07/07)

To be continued.