ドクターNと夢の世界1
僕はガッキー男爵、そして王都では数少ない医師だ。
代々医師を営んでいる優秀な家系ではあったが、貴族じゃないと貴族を診られないとかいう貴族の勝手な規則により、いつの間にか…とは言ってもすでに数代前に遡りはするんだが、男爵の地位を承った。
これも優秀すぎるがゆえには仕方がないことだ。
以来、王都では他に並ぶもののない医師として日々活躍している。
「という夢を見たんだ」
僕がそう言えば、桔梗君は「あー、最近流行りのあれですね」とうなずいた。
「あれってなんだよ」
「婦女子のネタに最近これが流行ってるとか言って異世界コミックとか読みませんでした?」
「異世界転生、とかなら読んだよ。だって女の子があれこれ貸してくれるって言うからさ、話を合わせるためにはとりあえず目を通さないとね」
「それですね。最近自分が実は異世界からやってきた、転生したとかいう夢に捕らわれる人が多いんですよ」
「まあ確かに夢だったけど」
「気を付けてくださいよ。はまりすぎると抜け出せなくなるらしいですから」
「抜け出せなくなるって何それ」
「やけに設定細かくありませんでした?」
「だからさっき言った通り、ちゃんと設定があったけど、僕自身はまだ全然動いていないんだけど。なんか説明がやたら多くてさ」
「チュートリアル済んでからでないと動きませんからね、物語は」
「チュートリアルねぇ。ところでヒロインとか出てくるのかな」
「知りませんよ、先生の夢の中の話なんて。大体そんな都合よく夢の続きを見られれば苦労はしませんよ」
「まあ、そうだよね、でも続きがあるなら、ちょっと見てみたいな、ヒロインとか」
そんな風にナースステーションの片隅で語ったのは、わずか数時間前のことだった。
ついでに後輩の船津は何やら微妙な立ち位置の似たような夢を見たようで。
鬼のような後輩は、その話を振るとものすごく嫌そうな顔をした。多分こいつも何か夢を見たに違いない。
というか、この現象、もしかしてかなり世間的に広まってないか?
もしかして、日本やばくない?
能天気すぎるのか、妄想逞しすぎるのか、それとも何かの病気とか、誰かに操られているのか、本当はこの世界が偽物なんじゃないかとか。
おおっと、いけない。
少なくともみんな自分だけは異世界でいわゆるチート能力があってほしいし、自分だけは助かりたい。ヒロインになりたい、ヒーローになりたいという欲望を持っているのだろうし、それが夢の中とはいえ叶えられるなら、夢見たい、ということなのだろう。
そうして、眠り続ける人が増えた、と聞くようになったのは、そんなに遠くない話だった。
そんな現象に現実の医師たちは、頭を抱える事態となった。
(2021/09/28)
To be continued.