ドクターNと夢の世界2
先日、王宮でちょっと変わった令嬢に会った。
そわそわして、一見怪しい。
でもまあよく見ると、王宮に不慣れな田舎貴族の娘、というだけだったんだが。
しかもちょっと話を聞くと、まだデビュタント前。
そして王宮での用事は、なんと商売というから驚いた。
いや、商売をしている貴族なんていくらでもいる。いるにはいるが、デビュタント前の令嬢がお供もつけずに納品に来るとか。君のお父上は何考えてんのってこと。
僕が案内しようかと申し出たんだが、あっさり断られた。
これでもしがない男爵ではあるけど、少しはコネもあるんだけどね。
僕も婚約者がいるにはいるんだけど、王宮で王妃の侍女してるものだから、仕事熱心すぎてなかなか結婚に応じてくれないんだよ。
え?そんなの関係ないって?
ちょっと楽しみたいとかいう心が婚約者を怒らせて、婚約状態で既にうん年…って、そんなことはいいんだよ。
ちなみに出会った令嬢、よりによって王宮の廊下ですっ転んで令嬢としての気品も何もあったもんじゃない。というか面白すぎ令嬢が出ていくまで目が離せなかったよ。
と思ったら、遠目にものすごくいつもの無表情で眺めている王子もいたみたいなんだけど、どうしてあれ見て笑わずにいられるのか不思議だよ。
側近ですら笑いこらえておかしな風になってたんだけど。
デビュタント前の令嬢がやけに子どもっぽく見えたせいなのか。どちらかというと不敬というより微笑ましい、という感じだったから、お咎めなしでよかったね。
まあ、あれだけ離れていれば令嬢は王子に気づくこともなかっただろう。
これは、あれか。王子と令嬢の出会いの場面(ただし、令嬢は気づかず)とかいうやつ。
なんで僕脇役なの。
普通自分が主役じゃないの?
よりによってあいつが王子かよ。
しかも夢の中まで不愛想な完璧超人。
ああ、ヤダヤダ。
どうしてこれで夢の中に引きこもりたいと思えるんだ。
…それにしても、怒らせたとかいう僕の婚約者、王妃の侍女かぁ。
誰かなぁ。
まだ王子と令嬢と王子の側近しか出てきてない。
側近は知らない顔だった。
医局の椅子でついうたたねしてしまい、伸びあがると腰が痛かった。
わずかの時間でこれでは、この先が思いやられる。
いわゆる通称異世界迷い込んだ病に僕もかかってるってこと?
正式名称は、睡眠時夢見依存症とか何とかだったっけ?
確か楽しすぎて戻れなくなるというか、抜け出せなくなるとかいう話だったのに楽しくない。
いや、楽しいかもだけど、あいつがいる限り楽しくない。
令嬢は琴子ちゃんだったから、最終的な結末なんてもう見えてるじゃないか。
さっそく桔梗君に教えなくては。
桔梗君は見た夢を記録して教えろと言っていた。
別に言うことを聞く必要はないっちゃないんだけど、なんとなく逆らえない。
そのうち何か頼らないといけないことになりそうなら、恩が売れるときには売っておく。
医局から外科病棟に行くと、病棟ナースのマユミちゃんがさっそく声をかけてきた。
「先生。先生も異世界行ってるんですって?」
「なんでそんな話?」
「で、どういう話なんです?」
「夢の中でも僕は医者だけど」
「ふんふん」
「別にこれと言って…」
「ちっ、脇役ですか」
「ちょ、今、ちっって!舌打ちした?」
「え?してませんが」
「無意識?」
「…してませんが、何か」
マユミちゃんは顔にこの役立たずがと書かれた顔で僕を見ている。
なんでこんな扱い受けなきゃダメなの。
「マユミちゃんは見てないの?」
「私たちにそんな暇あると思います?布団にもぐったら速攻で朝ですよ」
「そ、そうなんだ」
「あ、でもうたたねすると見やすいって」
「うん、そうかもね」
「ということは、今まで医局でうたたねを?」
「なんで(わかったの)」
「白衣がしわになってます」
「いや、これは座り仕事をだね…」
「入江先生も夢見てそうなんだけど」
「ああ、そうかもね」
「聞いてくださいません?」
「嫌だよ」
「ちっ、役立たず」
「ちょっとまた舌打ち!今役立たずって!」
「あ、聞こえちゃいました?」
確信犯かよ。
なんでこんな扱いを受けなきゃいけないんだ。
しかもあいつも見てるとしたら、あいつのうたたねはいいのかよって話だよ。
しかし、マユミちゃんはいつも暇なときに食事に付き合ってくれる女友達。あくまで食友。桔梗君とは違った意味でいわゆる婚活仲間。
いや、僕そんなに婚活してないんだけどね。
あれこれと僕のほうが年上なのに最近扱いが雑なのは、こういうところかもしれない。
はっ、もしかして僕の婚約者ってマユミちゃん?
まだ出てきてないし。
自分の役どころが気になってるってところか?
オッケー、オッケー。
今度はちゃんと夢見てみるよ。もしかしたらマユミちゃんが出演するかもしれないしね。
僕はいろいろな可能性があるとわかると、ちょっとだけ夢の世界も楽しみになったのだった。
(2021/09/29)
To be continued.