イタkiss祭り2021拍手企画



ドクターNと夢の世界17


「いよいよ明日だねぇ」

医療所の中を片付けながら今日は早上がりだと伸びをする。

「でもあちらはお仕事がありますでしょ」
「そうだよ!そうなんだけど、途中抜けて貴族としての義務を果たすためだけに来るから!」
「面倒ですね…貴族は」
「そこ、そんな他人事な顔しない!」
「ええっ、私、とっくの昔に貴族としての矜持など捨てましたが」
「捨てても一応貴族だよね?」
「…名前だけです。姓は残ってますが、領地ない、金ない、地位もない、では何を誇ればよいのやら」

そう言ってあきれたように肩をすくめる彼女は医療所で一番古株とまで言われる医療助手だ。貴族の末席に今も一応名が載っているらしい。
それでも明日の新年会には出る気はなさそうだ。
家庭の事情ってやつらしいのだけど、聞いた話では父親がとんでもないクズ(彼女の話)で没落して久しいと。
それでも貴族であればこの国では保護されるはずなのに、それでは父親のためにならないと援助を断り働くことを希望したのだとか。
侍女の仕事の中でも人気のない医療所で長年働くだけのことはある肝の据わった女性だ。

「それでご両親は?」

そう言えば直接聞いたことなかったな。

「…ああ。欲にまみれた父はどこかの貴族の尻を追いかけまわしていることでしょうよ。母は…」

え、まさか苦労して早くに亡くなったとか?

「早々に見切りをつけて実家に帰りました。私は一応母の実家にお世話になることもできましたが、侍女寮のほうが気楽です。母の実家もなかなかクソなんで」

こらこら、そんなクズとかクソとか、本当に貴族のお嬢さんにあるまじき言葉を軽々しくここで口にしないでもらいたい。

「女性でも働くことの好きな者もいるのですよ。侍女長さまなんて私の目標です」
「はあ、そう。いや、別にお仕事好きでもいいんだけどね、助かるし、人それぞれだし」
「そうですよね!この国、貴族偏重なところもありますけれど、女性が活躍しようと後ろ指差されない自由なところはありがたいです」
「そうだね。こうして医療所で働いてくれるだけでこちらもありがたいよ」
「ええ!給料高いですから!」
「…ああ、そうね、そうかもね」

高い志なのか、給料のためなのか、家に帰りたくないからなのか、いろいろ事情はあるようだけど、まじめに働いてくれるなら何でもいいか。

「明日は草葉の陰から気になる行く先を拝見させていただく予定です」
「いや、草葉の陰は死んでるからね?」
「いえ、文字通り植木の間から眺める予定です」
「いや、参加しなよ、堂々と!」
「新年会で引き裂かれる宰相補佐との愛を涙ながらに見守る予定なので、参加はできません。お貴族様の前では泣いたりできませんもの」

君も貴族…というのはもう突っ込まないことにしよう。
そして、引き裂かれる愛なんて元々ないから!
王太子殿下に不敬でぶった切られるよ?
宰相補佐に給料が悪くて待遇の悪いところに飛ばされるよ?


 * * *

「貴族…面倒…」

朝起きて気づいたらこうつぶやいていた。
何がどう面倒なのか既に覚えてないんだけど。


「よくある小説とか漫画で貴族とかって出てくるけど、実際自分が貴族だったらって考えたら面倒ですよね」
「だよねー。なんか夢の中では一応貴族の枠に入ってるっぽいんだけど。それも下っ端であまり力のない貴族なんで、いろいろ面倒そうで…そこしか覚えてないんだけど」
「先生はいろいろぼんやりとしか覚えていないタイプなので長持ちしてるのかもですね」

例の庶民に生まれて下剋上を狙っていたマユミちゃんはそう言った。
彼女はあれからほとんど夢を見なくなったらしい。
なんだか夢の中で医療所勤めに出世して満足したからかもしれない、と。
何故なら、あの幼なじみとその彼女とやらに町の出世頭として羨望の目で見られてざまあみろ的な気分を味わってかららしいので。
そうなると、僕が夢を見なくなるのは、もしかしたら婚約者との結婚が叶った時とか?
え?それってかなりかかるんじゃ…。
僕の身体、持つのかな。

そして納得した。
あの眠ったままの五輪さんは、まだ自分の満足する展開に至らない、もしくは意に染まない展開をどうにかしようとするために目覚めないのだろう、と。
このままだと自宅療養という名の退院になるまであと少し。
世間の睡眠時夢見依存症が徐々に解消されてきている中、夢の中で奮闘する彼女が少しでも早く現実の世界に戻ってこられるように祈るしかできない。
世の中、そんなにうまくいくものじゃないんだよ。
現実は辛いこともたくさんあるけど、多分うれしいこともあると思うんだけどなぁ。
そういう自分も夢を見てるから、何かしら不満があるんだろうとは思う。
でもまあ、夢の中で奮闘して戻ってこれたのなら、よく頑張ったと労ってあげるのも悪くはない。
他の誰も言わなくても、僕だけでも。

(2026/07/07)

To be continued.