入江直樹ファンクラブ2022
「入江ファンクラブを正式に立ち上げてからかれこれ29年。
そして記念すべき50歳という節目のこの年になってもなお輝き続ける愛しの入江先生に…かんぱぁい」
ここはとある都内のお店。奇しくも貸し切りで乾杯グラスを掲げるのは、老いも若きも女性がほとんど。
いや、失礼。
たまに男性も混じっておりました。
ファンクラブ、とは言いつつ妻からは準公式の本人から非公式という何とも複雑な経緯を持ったもので、かれこれ29年になるという。
会長は自称男に間違って生まれてしまった女心と女子力の高い桔梗幹。
会員ナンバー2は、当時はとりあえず何かいいことがあるかと入会した品川真里奈。おっと失礼、船津真里奈でした。
会員ナンバー3は、これまた同期の小倉智子。趣味は相変わらずで、それを理解してくれる男性にはいまだ出会えずという。…かわいいのに。
そして、後は諸々抜けたりしているものの、会員数は減ったり増えたりと入江先生を眺め愛でる会はいまだ存続していたのでありました。
さて、ここでファンクラブの要となった張本人、入江直樹氏ですが、会長がファンクラブを立ち上げたときにはすでに既婚者だったというから驚きです。
つまり、学生結婚してたために誰も気づいていなかったという。
何せ入江氏と言えば近隣界隈に名をとどろかせた天才と称され、学生時代は関東においてはテニス界でも頭脳でも名をとどろかせ、本来の職業である医療関係にも会社の御曹司と言う立場から経済界にも有名と言うから、その凄さがわかるというものです。
おまけに容姿はこれまた芸能人よりも直視できないとまで言われた超イケメン。
天は二物も三物も与えるものなのだと誰しもが感嘆したものです。
ここまでくると嫌味の一つも言いたくなる御仁が出てまいりますが、本人の性格はそのような生い立ちからくる現実主義と人の裏まで読み取る勘の良さを兼ね備え、嫌味の一つや嫌がらせの一つでも行おうものなら完膚なきまでに仕返しされるという、なかなか屈折した人物でもありました。
お陰で彼の周りで動く者たちは、その仕打ちに耐えうる我慢強い者か、完全なるマゾ気質、まったく気にしない打たれ強い者、彼を神のようにあがめる崇拝者しか残っていないとまで言われているのでした。
そこまでくると彼と結婚した妻、というものはどれだけマゾ気質なのか、どんな美人で、どんな優秀な者なのかと気になることでしょう。
もちろんどんな人物が出てきても文句が出るのは昔から変わらないとはいえ、さすがにファンクラブの者もある意味認めざるを得ないと思わせる女性だったのでした。
「こんにちは!あれ?乾杯終わっちゃった?」
「琴子、遅い」
「ごめーん、モトちゃん」
「入江先生は?」
「後で迎えに来るって」
「あんた準備しなくていいの?」
「だって、呼び出しされちゃったらどうしようもないじゃない」
「すぐに終わるといいけどねー」
「本当に。せっかく誕生日だからいろいろ頑張ったのに。
でも、入江くんを必要としてる患者さんがいるんだから仕方がないよね」
「あたし、あんたのそういうとこ好きよ」
「ありがと、モトちゃん」
「みんなー!名誉会長が来たわよー!」
何を隠そう、彼女こそが入江氏の妻であり、そのファンクラブの存在を知ったときに半ば強引に名誉会長の座をもぎ取ったツワモノだったのでした。
あの入江氏を六年で口説き落とし、挙句の果てに本人からプロポーズさせるという不可能を可能にした女です。
おまけにこれはプライベートなことではばかられる話ではありますが、入江氏は彼女以外の女には全く興味がないというこれまた彼女以外の全女性の希望を打ち砕くような性癖の持ち主だったと判明した時には、ファンクラブ内に激震が走ったものです。
もちろんその後にはそれがいいという会員も増え、名誉会長を尊敬する者も現れたのですから、入江氏の人気がいかに特殊だったのかがわかろうものです。
つまり、入江氏が好きなものは会員も好き。
入江氏が妻を大事にするなら、妻以外の不安要素は取り除く、というわけです。
「はい、これが最新の入江くんの写真〜」
「キャー!」
ようやく配られたのは、ファンクラブ会員特典、年に一回のお楽しみ、入江紀子作成による入江氏近影生写真五枚セットという本人があれこれと条件を付けてギリギリ承諾した代物でした。
何故この配信時代に生写真なのかは、何度も作成されてはたまらないという肖像権を主張した結果、今この場に訪れた者だけに配られるという貴重性も相まって、ネット上に出回ろうものなら即会員特定と除名が待っているという厳しい鉄の掟を維持しているのが入江直樹ファンクラブの特徴と言えましょう。
何せ入江氏は芸能人ではなく、一般人。ちょっと有名人であっても一般の医師であり、妻を持つ家庭人なのです。
「ふう、今年も大役を終えたわ」
「お母様には今年も貴重なショットをいただいて、本当に感謝してるとお伝えしてちょうだい」
「ええ。お義母さんもこの一年で撮りためたものから選ぶのを楽しそうにしていたから、喜ぶと思うわ」
「今年の一番人気はこれだと思うわ」
「えー、どれどれ」
「この優しい眼差し。絶対この先に琴美ちゃんたちいるわよね」
「え?う、うん、多分…」
「ふーん。…まあ、そういうことにしておいてあげるわ」
年に一度の入江氏誕生祭は、ファンクラブ会員にとっては入江氏の御母堂への感謝と入江氏の健康を願い、末永く名誉会長との円満が続くよう祈る日でもあります。
何故なら、入江氏が名誉会長と些細なケンカを勃発した年は、おめでとうを言う隙もないくらいの能面と化した入江氏を見る羽目になるのです。身近にいる者でさえツンドラ地帯に取り残されたような気にさせられれば、そんなことを祈る気にもなります。
そしてこの日、最後まで残っていた人の特典は、大トラ寸前の琴子を自ら迎えに来た入江氏本人だったりしたのでありました。
もちろん飲んだくれてはおりましたが、完全につぶれてしまうまで酔わせては、入江氏の怒りに触れますので、隣でコントロールする会長は気が気ではありませんでした。
何にせよ、今日は入江氏の誕生日。
入江氏がどれだけ妻に無理を言おうが許される日でもあります。
たとえ仕事で疲れていようとも(いや、むしろ手術後であれば余計に?)、妻の身は無事に返さねばなりません。
「酔いつぶれてはいないですよ」
「ありがとう、悪かったな、桔梗」
「いいえ〜!もう、入江さんのためなら喜んで〜!」
「入江くん、お疲れ様〜」
「帰るぞ」
「は〜い」
「じゃあね〜、モトちゃん。皆さんも、お疲れ様〜」
「は〜い、またね」
ひらひらと手を振った会長は、連れられて帰っていく毎年学習をしない名誉会長の背に向かって、「健闘を祈るわ」とつぶやいたのでした。
(2022/11/14)