イタKiss祭り2022


誕生日の終わりには
〜貧乏子爵令嬢は王太子殿下の婚約者に選ばれました・番外編2〜


名目上偶然誕生日の日に王妃様のお茶会に呼ばれた幸運な子爵令嬢、という幸せな誕生祝いを終え、コトリンは王都の子爵屋敷に帰るべく着替えを済ませました。
楽しいひと時は一瞬のように感じられ、コトリンはふわふわとした気分のまま上機嫌でした。
何せあの王太子殿下までお祝いの言葉を言ってくれたのです。

しかし、コトリン付きの侍女たちはやや不満気でした。
ちょっとエスコートしたくらいで役目を果たしたなどと思っているならば、今後も王妃様とともにもう少し女性の扱い方について教育し直すべきではないかと。
今まで数多の女性が今日は自分の誕生日だと主張した時など、きちんと社交辞令として「おめでとう」と言ってのけたのです。
どうでもいい相手に愛想を振りまくなど、相手としては勘違いしまくりのはた迷惑な行為です。
感情を偽らないで素の姿を見せることなど、二人きりの時だけでも良いのです。
少なくとも対外的にはコトリンには愛想よくしてもらわないと、他の女性たちからコトリンが侮られることにもつながります。
王城の者たちは、そばで二人を見てきたためにわかっているとはいえ、一場面しか見ることのない者たちは、いまだ王太子殿下とコトリンの仲を信じていないのです。
「コトリン様は優しすぎです」
「本当に」
「こう言っては何ですが、二人きりの時にいったい何をやっていたのかと」
「せめて愛の語らいを」
「…あの方が…?」
「う…でも、他ならぬコトリン様ですよ?」
「お待ちください。それ以上は不敬に…」
そんなわけで、侍女たちは不満気ながらもさすがに王太子殿下に暴言を吐くことは止め、些細なことで喜ぶコトリンを不憫に思うのでした。

「それでは、皆様。今日はありがとうございました」
「またのお越しを一同お持ち申し上げております」
「え、ええ」
コトリンがまだ慣れずに戸惑いながら返事をして馬車に乗り込もうとすると、そこには何故か王太子殿下の姿があったのです。
「へ?お、王太子殿下…」
「早く乗れ」
そう言って乗り込むためのエスコートもかって出てくれました。
そして。
「ありがとうございます」
そう言って馬車の扉が閉まるかと思いきや、カタンと一緒に乗り込んできたではありませんか。
「な…、い…」
何で一緒に、と言いたい言葉が出てこず、馬車の片隅に固まったままのコトリンと、その向かいに当たり前のような顔をして乗り込んだ王太子殿下を乗せて、馬車は走り始めました。
そんな二人を見送り、頭を下げて何でもないふりをしていた侍女たちでしたが、今日一番の盛り上がりに誰もが馬車が見えなくなるまで頭を下げ続けておりました。
顔を上げてしまうと、誰もが赤い顔で叫びたくなる衝動を抑えきれなかったからなのでした。
しかし、そこは王城の侍女たち。その場で叫んで飛び跳ねるわけにはいきません。そそくさと足早にその場を去り、侍女たちの控室に駆け込んでようやく「キャー」と叫ぶことを許されたのでした。

 * * *

さて、馬車の中で二人きりになったコトリンは、まだ慣れない王太子殿下との空間にいたたまれない心持ちでした。
昔のように接することもできず、かと言って堅苦しくも他人のようにもできず、どう接したらよいのかと苦悩しておりました。
ええい、今更だわ、女は度胸!とばかり無言の王太子殿下に話しかけることに。
「ど、どうして一緒の馬車に?」
「こんな日に一人で帰らせたら、なんて言われることか」
「そ、そうですよねー。一応婚約者ですし」
「…一応、ね」
ふんとばかりに言い放った王太子殿下の言葉にコトリンは顔を伏せました。
「…あの、どうしても気に入らないなら、無理しなくても」
「残念なことに無理はしてない」
ざ、残念なことに…?
コトリンは首を傾げました。
こちらは残念なことに子爵屋敷は王都の貴族屋敷が立ち並ぶずっと奥なのです。馬車が急いでも屋敷に着くまで随分とかかります。
「このままだと、本当に来年にはあたしと結婚になってしまいますよ?」
「そうだな」
コトリンには王太子殿下の気持ちがいまいち把握できておりません。今この状況になっても、です。
王太子殿下をちらりと見れば、目の前のコトリンを見ていました。
見てるし!
目が合うと、王太子殿下が目を緩ませました。
…笑ってる?
「あた、しじゃない、私は、お断りできるような立場でもないですし、むしろ申し訳ないくらいで…その…」
ごにょごにょと言葉を濁しました。

嫌いじゃないし。
むしろ好みだし。
ちょっと意地悪だけど、なんかどうでもよくなってきたし。
そんな意地悪、他の令嬢方に比べたらどうってことないし。

「この俺が、嫌なら断れない男だと思うか?」
「…ええっと…う…まあ、思いません」

え?と言うことは、嫌じゃない、と…?

コトリンが再び首を傾げると、王太子殿下が大きなため息をつきました。

「おまえこそ自覚が足りないんじゃないか?」
「自覚…」
「王太子妃になる自覚」
「…王太子妃…」

その途端、コトリンはさあっと青ざめました。

「今更かよ」
「い、いえ、ちゃんと、自覚…したはず…でした」

そう、確かに王太子妃候補として知らされた日、いずれ近いうちに正式に婚約者としてお披露目されるのだと知らされた日にも同じようにして青ざめたはずだった、とコトリンはうつむいて自身の頬を押さえました。
わかっていないのは自分だった、と。

「このままいくと…結婚…」
「…そうだな」

同じように王太子殿下が答えました。

「いいんですか、それで」

コトリンの勢いに少々押されながらも王太子殿下は答えました。

「そんな確認、はるか昔に終わってる」
「終わってる…?」
「それがいまだ有効だなんてさすがに思ってなかったけどな」
「…有効…?」
「誰かさんは全く覚えてなくて、心配するだけ無駄だったけどな」

その誰かとはコトリンのことだろうと、さすがのコトリンにも王太子殿下の嫌味はわかりました。

「そんなこと言われてもあんな格好してたらわか…うわっ」

ガタンと馬車が揺れ、コトリンは前に座っている王太子殿下に向かって前のめりになるところでした。
もちろん王太子殿下によって素早く抱きとめられ、転ぶこともなく事なきを得ました。
とは言うものの、王太子殿下の胸が柔らかいわけでもなく、しかも内側に護身用の何かを仕込んでいるのか当たった額は痛み、助けてもらった手前、コトリンにしては珍しく無言でじっとしていたのでした。
馬車が突然止まったときは、誰かに襲われたことも考慮しなければなりません。
そうして黙って待っていると、馬車の外から声がしました。

「申し訳ありません、小石にぶつかったようです。周囲は問題ありません。このまま走行できます」

御者の言葉に確認したらしい護衛の騎士から、馬車の中の王太子殿下に報告がありました。
確かに外からは争うような物音は聞こえません。

「かまわない。このまま行ってくれ」
「承知しました」

王太子殿下の指示に従って馬車が動き出した後もコトリンは動けず…というより王太子殿下によって抱きかかえられたままで、どうしていいのかわからずにそのままでした。

「あの、ありがとう、ございます」
「…ああ」

そうは言ったものの、コトリンを放す様子はなく、戸惑いながらやがて馬車は子爵屋敷の前に着いたようでした。それはほんの短い時間だったのですが、コトリンにとってはとても長い時間だったように感じたのでした。

「到着いたしました」

控えめな声掛けに王太子殿下はコトリンを放して、「開けてくれ」と告げると、馬車の扉が開きました。
暗かった馬車の中から見た外はやけにまぶしい感じがしましたが、一応エスコートしてくれるらしい王太子殿下の向こうに、馬車の気配を察知して心配そうに駆けつけてきた執事の姿がありました。
馬車から降り、コトリンは王太子殿下に向き直りました。

「送っていただき、ありがとうございました」

王太子殿下はなんとも言えない複雑な表情をしていて、コトリンはちょっとだけ胸が痛みました。
王太子殿下が選んだとはいえ、気の向かない相手を押し付けられる前に便宜的に選んだだけではないのかといまだ疑っておりました。
子爵令嬢なら婚約破棄もしやすいだろうと。

コトリンは王太子殿下から離れて門の中に入り、王太子殿下一行を見送ろうとしたときでした。
王太子殿下が胸元から小さな箱を取り出しました。

「これを」

たったひと言そう言ってコトリンの手に握らせると、王太子殿下自身はさっさと馬車の中に乗り込んだのでした。

「…え…ええっ」

執事が頭を下げている横で、コトリンは頭を下げることも忘れて叫んでおりました。

「えー−−−っ!」

王太子妃候補としては甚だふさわしくない叫びではありましたが、幸いなことに子爵屋敷は貴族屋敷街としてははずれの場所。執事と屋敷の侍女くらいしかその叫びに苦言を呈する者がおりませんでした。

「コトリン様、中へ」

さりげなく執事に促され、合図された侍女がコトリンを押すようにして屋敷の中に入れると、ようやく執事と侍女がため息をつきました。

「コトリン様、これくらいでいちいち驚いていたら、これから先王宮内で生きていけませんよ」

まだぼうっとしていたコトリンでしたが、執事に言われてはっと小箱をもう一度見ると言いました。

「だ、だ、だって、今までこんなものもらったことなんてなかったし、くれる気配なんて全くなかったし」
「そうは言っても、婚約者の誕生日祝いですよ。何もない方が不自然です」
「そうかもしれないけど。はっ、皆の手前渡さざるを得なかったとか。もしや王妃様から言われたとか」
「じいは情けのうございますよ。コトリン様、そんなふうに王太子殿下の誠意を疑うとは」
「と、と、と、とにかく、部屋に行って中を見てみる。箱を開けたらざまあみろとか期待するな馬鹿とか書かれた紙が入ってるかもしれないし」

いや、それはない、と執事と侍女が無言で突っ込み顔をしていましたが、それにも構わずコトリンは自分の部屋へと一直線に戻っていきました。
部屋で箱を開けたコトリンは、もう一度叫ぶと部屋を飛び出しました。

「どうされました」

侍女がお茶の用意を持ってコトリンの部屋に行こうとしていたところでした。

「王太子殿下は」
「目の前でお帰りになったのを見ましたよね」
「そうだけど…そうなんだけど…」

騒いだコトリンを見に来たのか、執事がやってきました。

「…何か?」
「どうしよう」
「はい?」
「お礼、言ってない〜〜〜〜!」

執事と侍女は今それか…と二人してため息をついたのでした。

「取り急ぎ礼状を送り、明日にでもお礼を言いに王宮へ伺えばよろしいでしょう」
「そ、そうね。そうする」

執事の言葉に少し落ち着いたようでした。

「ところで、どんなものをいただいたんですか」

つい侍女が好奇心に負けて尋ねると、途端にコトリンは顔を赤くさせてあたふたとしだした挙句…。

「え、ええっと、そうね…。その…」

とうとう後ずさりしてそのまま部屋へと戻っていきました。

残された執事と侍女は一目散に戻っていったコトリンを見て、顔を見合わせて微笑みました。

「お茶は、もう少し後がよろしいでしょうか」
「その方がよろしいようですね」

コトリンが王太子殿下に何をいただいたのかは、また別の話。

(2022/10/22)