とある子爵令嬢の誕生日
〜貧乏子爵令嬢は王太子殿下の婚約者に選ばれました・番外編〜
「ほほほ、そんなに遠慮しなくてもいいのよ〜」
「め、め、滅相もないです」
コトリンは王妃様の提案にプルプルと震えながら心の中で『却下』という言葉を唱えておりました。
「まあ、そろそろもっと慣れて打ち解けてもいい頃よね。さみしいわぁ」
「十分親しみを持っておりますとも!ええ、これ以上にないくらいに。
でもそれとこれとは気持ちの上で別でして…」
「せっかくの誕生日ですもの。盛大にお祝いしたいのに」
「いつも、その、父と家の者だけでしたので、それほど晴れがましい場に招かれたのは、せいぜいデビュタントくらいのものですから。私にはこれで十分です」
さらに王妃様とコトリンの盛大にする、しない、と攻防は続きましたが、なんとかこじんまりと知り合いの者だけで王城の片隅で行うことで了承を得たのでした。
本来ならこんなところで祝ってもらう身分でもありません。
デビュタントから半年以上が過ぎ、何度か王城に上がりましたが、ただいまの所子爵令嬢であることには違いないのです。
本来誕生日祝いは子爵家の王都の屋敷か、領地の屋敷で使用人たちとささやかなる祝いをするはずでした。
それが、どうしてこうなった…とコトリンは少々青ざめながら王城の片隅にいたのでした。
そしてもう一人、なんでここで、と眉間にしわを寄せた者が。
「だからね、コトリンをちゃんとエスコートしてあげて頂戴」
「なんで」
「王太子だからに決まってるでしょ」
「だから、なんで」
「誕生日の日くらい王子のエスコートでお姫様扱いをするのが心意気でしょ」
「くだらない」
「まあ、乙女心のわからない男ね」
「どこに乙女心が」
そこで王妃様がにやりと笑いました。
「貴方の中にもあるかもよ?」
「ふざけんなっ」
「まあ、口の悪いこと。とにかく、お願いね」
* * *
一人おどおどと部屋の中を行ったり来たりしながら「ああ、どうしたら」とうなっていたのは、他ならぬ主役になるであろうコトリンでした。
「コトリン様、観念なさいませ」
「そうは言っても、まさか、王城で、一貴族の誕生会なんて…!」
「よろしいのですよ、対外的にはそんなものなかったことになるのですから」
「…なかったことに?」
「ええ」
「ど、どういうこと?」
「確かに、王城で一貴族の誕生会を行うなどということが他の貴族に知れ渡ったとしたら…」
息をのみ、コトリンはモトの言葉を待ちます。
モトは最後まで言わずに珍しくにこりとコトリンに微笑むと「さあ、ドレスを選びましょう」と言ったのでした。
「え、どういうことー」
「知らないほうが良いこともあるということです。気にせず偶然誕生日の日に王城に呼ばれてしまったわ、と装ってくださいませ」
「ぐ、偶然…」
「ええ、偶然です。お茶会をしようとした王妃様が偶然コトリン様の誕生日を知ってお祝いの言葉の一つくらい言っても許されますわ。そこに偶然王太子殿下が通りかかっても、王城の中ですから問題ありません」
「な、なるほどーって、そんなので許されるなんて」
「一貴族の誕生会なぞ、王城では行われません」
モトの圧力にコトリンはうなずきました。
「は、はい」
「さ、ドレスをこちらに」
モトの合図でコトリンの前にドレスが運ばれました。
「あの、このドレスは…。うちにはこんなドレスのお金を払う余裕は…」
「大丈夫です。新品同様の、あくまでおさがりです」
「そんな馬鹿な。いったい誰の…」
「そうですね。名目は王妃様の若き日の思い出の品、といったところで」
コトリンは、ここまでくるとさすがに察したのか、黙って着せ替えに没頭することにしたのでした。
* * *
誕生日当日、コトリンは当たり前のように王城に呼ばれ、当たり前のように着替えさせられ、当たり前のようにコトリンが以前滞在していたコトリン用の部屋から離れの場所まで、迷子にならないようにエスコートしてくれたのは王太子殿下でした。
「あの、ご迷惑かけまして」
「迷子になるよりましだろ」
「で、ですよねー」
そう答えつつも、思ったより優しくエスコートしてくれる王太子殿下にどきどきしながら王妃様に呼ばれている場所まで歩いておりました。
「今日が私の誕生日だと、知ってましたか?」
「散々誕生日には、とわめいておいて、あれで知らないふりができるなら俺は相当の馬鹿だぞ」
「あは、あはは…」
コトリンは笑いでごまかした後、そっと王太子殿下を見上げました。
隣を歩いていても、いまだ現実感がわかないコトリンでしたが、間違いなく王太子殿下がエスコートをしてくれているのです。
「ど、どうですか?」
「何が」
「えっと、王妃様がドレスを用意してくれて」
「…ああ。似合わないものを着せるわけがないからな」
それは拡大解釈して似合ってるっていうこと?
コトリンは王太子殿下の瞳の色のドレスを見下ろし、頬を染めました。
そんなコトリンを王太子殿下が見ていたことなど知りもしません。
もっとこの廊下が長く続けばいいのにと思いながら歩いておりましたが、人にあまり見つからないようにお忍びで歩くその廊下は、思ったよりも離れに早く着いてしまうのでした。
着いたその場はちょっとしたガーデンパーティといった具合に整えられており、並んで立っていた侍女と侍女頭に出迎えられ、奥では王妃様が微笑んで待っておりました。
周りにはコトリンの好きな焼き菓子が山となっており、これにも目を奪われるのでした。
「私、こんなに素晴らしい誕生日は、記憶にないくらいだわ」
コトリンが感激してそう言ったにもかかわらず、王太子殿下は役目は終わったとばかりにそっと手を放しました。
エスコートってここで終わり?という周囲の視線をものともせず、王太子殿下はその場を去ろうとします。
「あ、あの、ありがとうございました」
コトリンが声をかけると、王太子殿下は「誕生日おめでとう」とにこりともせずに言って歩いて行ってしまったのでした。
「え?今、お祝いの言葉くれた…?」
たったあれだけでコトリンは顔を赤らめて喜んでおりましたが、周囲の人間は「それだけ?」という口に出したくとも出せない文句を王太子殿下に言えるわけがありません。
今までほぼ二人きりでエスコートに時間をかけさせたというのに、と思っていましたが、そこは王城の侍女。顔には出しませんでした。
ただ、少なくとも愛想もなしに言い放っただけの言葉にコトリンが喜んでいるのを見ると、文句も飲み込んで全力でコトリンをお祝いしようと侍女一同結託したのでした。
「コトリン、誕生日おめでとう。愛想のない息子でごめんなさいね」
王妃の言葉にコトリンは感激したように目を潤ませました。
「い、いえ、ありがとうございます。ここまでエスコートしてくれると思わなくて…」
「いいえ、それくらいしたって罰は当たらないわよ」
「でも、ドレスも似合ってるっておっしゃってくれて」
「言ったの?あの子が?」
「…いえ、正確には…似合わないものを着せるわけない、と」
王妃様は大きなため息をついて「あのひねくれもの…!」と扇を握りしめました。
王妃様が気を取り直して合図をすると、次々とコトリンのために侍女たちが寄ってきた。
「コトリン様、おめでとうございます」
「おめでとうございます、コトリン様」
「お好きな焼き菓子、用意しましたよ」
「どうぞ、さあ」
「…ありがとう。ありがとう、皆さん」
たとえそれが王妃様のお声がかりのせいだとしても、コトリンにとってはなんとも幸せな誕生日の始まりだったのです。
どうか、幸せな誕生日を。
記録には残らない、子爵令嬢誕生日祝いの一日でございました。
(2022/09/28)