ドクターNと賢者の椅子




僕がこうしてここにいるのは、もちろんその優秀な頭脳による。
見るからに知的で頭良さそう〜と言われたのも一度や二度じゃない。
言っておくが、別に話を盛ってもいないし、自慢しているわけじゃない。
え?自慢に聞こえるって?
ま、それは仕方がないだろうね。僕のように優秀であれば妬むこともないはずだ。

「どうせ僕は二番ですよ」

おや、隣から何やら呪文のような言葉が聞こえてきたが、まあ気にすることはない。いつものことだ。
え?机に何か当たる音がうるさいって?
僕は別に気にならないけどね、君がそこまで言うなら仕方がない。

「おい、船津君、やめたまえ。そんな風に頭を打ち付けるから君はいつまでたっても二番…おっと、失敬」

余計に音がひどくなったって?
では、ま、場所を変えようか。そのほうが早い。
え?彼のことは放っておいて構わないよ。うん、そのうち爆発するから今のうちに…おっと、今のは聞かなかったことにしてくれ。

さて、この病院にも慣れたかね。
うん、僕を筆頭に優秀な先生方がたくさんいらっしゃるから参考にするといい。
は?あの見目麗しいドクターは誰かって?

前を見るとそこには気難しい顔をした例の後輩がたたずんでいた。
何か考え事をしているのか、ファイルを見ながらエレベータを待っているようだ。

あれは、僕の後輩だよ。いわゆる僕は彼の指導医だったのさ。うん、君と同じ。
噂で聞いたことがあるって?
ああ、まあ、そうだろうね。天才らしいから、彼は。
ああ、僕だって認めるところは認めているよ。何もそこまで卑屈じゃないし心狭いわけでもない。
ただ、彼は人間関係に致命的な欠陥がある。
何よりも奥方にしか興味がない。
は?それは素晴らしいことだって?
うん、聞いた限りではそうかもしれないが、実際に目にしてからものを言ったほうがいいね、君は。
奥方に関して言えば心が狭くて嫉妬深くてとんでもないやつなんだよ。
その代わり仕事は仕事で優秀なんだがね、悔しいことに。
ハッ、いや、別に悔しくなんかないさ。
まあ、そのうち、うん、そのうちわかるよ。

「やあ、今日も奥方は可愛かったよ」

挨拶代わりにそう言っただけなのに、着いたエレベータに乗り込もうとした僕をわざと閉まるボタンを押して挟みやがった。
ガコンって言ったぞ、ガコンって。しかも僕の白衣にエレベータの扉の跡がついたじゃないか。なんて汚いエレベータなんだ。掃除のおばちゃんに言ってやる。

ああ、大丈夫だよ、慣れてる。
いつもこんな風なんだ。どうだい、心が狭いだろう。

うん、わかってもらえたところで早速外科病棟に行ってみようか。

(2013/09/29)


To be continued.