ドクターNと賢者の椅子




ここが外科病棟だ。
どうだい、可愛いナースが揃ってるだろう。
そういうことじゃなくて、どういうことだって?
大丈夫、患者にはちゃんと紹介するよ。
あ、ほら、あれがお色気抜群の品川真理奈君。
先ほど二番と唸っていた彼の想い人だよ。
で、そちらにいるのが性別不明の麗人、桔梗幹君。
ああ、ここだけの話、彼はまだついてる。
あ、いや、何、聞こえたかい、桔梗君。
可愛い後輩が君の毒牙にかかるのも忍びなくてね。
いや、気にしないでくれたまえ。
さあ、次行こう、次。
あれがちょっと怖いけどなかなか美人で初心な清水主任。
下の名前はなんだって?それは君が後から知るのもいいんじゃないかな。
年上ってのもいいもんだよ。
それに、彼女はああ見えてなかなか初心だとみたね。
僕好みにするのも悪くはないんだが…。
え、そ、そんな、清水主任、僕は朝からちゃんと指示だしはしてますよ。
何?入江のやつ〜〜〜〜。
ああ、気にしないでくれたまえ。
すぐにこの指示出しだけやっていくから。
全く後輩のくせして先輩に仕事を押し付けるとは…。

さて、気を取り直して、あれが…おっと、彼女を隠すほどの巨体は、細井師長だ。
そうそう、太いのに細井って評判…い、いや、僕は何も。
ちょっと噂を耳に入れただけですよ。
凄く頼りになる師長だって。
しかも細井師長にふさわしい白百合のような名前だって。
そう、彼女の名は小百合だ。
小さくない百合だって…?プッ、それは言わない約束だよ。
あ、ゆかり君、それはまた今度ね。うん、今度はイタリアンだったね。
おっと、琴子ちゃん、そんな目で見ないでくれるかな。
僕は博愛主義なんだよ。
そう、どんな女性でも分け隔てなく。
もちろん結婚してる琴子ちゃんだって全く構わないよ。
どうだい、今度僕とおいしい中華でも…って、痛っ、誰だよ。
どうしておまえはそうやっていつもいいところで現れるんだ。
おまえには絶対琴子ちゃんセンサーがついてるだろ。
大丈夫じゃないよ、見てみろよ、このかわいそうな向こう脛を。
あ〜あ、赤く腫れちゃってるじゃないか。
見たかい、あの所業を。
ちょーっと琴子ちゃんに声をかけただけで、これだ。
彼女があの生意気な後輩、入江直樹の奥方だよ。
そうそう、ちょっとドジだけどなかなか可愛いだろ。
あれで真理奈君や桔梗君より年上だからね。
まあ、体型も確かに子どもっぽいんだが…うげっ。
おい、その資料が僕のお腹に突き刺さったぞ。
ちなみに彼女に声をかけなくてもちょっと彼女の噂をしただけでこれだ。
本当に心が狭いやつなんだ。
君も気をつけたまえよ。

次は外来だな。
ん?安藤さんが熱発?そうか、わかった。
君、申し訳ないが、外来を案内するのはまたこの次に。
本当は外来当番のない日に案内してあげたかったんだが。
ああ、もちろん他のやつに頼んでも構わないよ。
えーと、そこの研修医君。そう、君だ。
君はこれから外来だろう?彼を外来まで連れて行ってくれたまえ。
ああ、行けば誰かいるだろうから、また誰か捕まえて案内を頼んでみてくれ。
じゃ、僕は病棟当番なんで。

あー、やれやれ、新人君を案内するのもなかなか大変だ。
え?いや、彼は系列のどこからか戻ってきたから本当の新人ではないんだが。
入江の一つ下ってところか。
さあ、どこの大学を出てるかは聞いてないな。
それよりみゆき君、先日の約束はどうなったのかな。
あ、ちょっと、おい、みゆき君?おーい…。

返事のないみゆき君の後を追いかけることはせず、安藤さんの部屋に行くことにした。
奥まった個室を「安藤さん?」とノックすると、「はい」とやや疲れた返事が聞こえた。

「熱が出たんですね。少し診察を…って…」

ベッドに行こうとして何かにつまずく。
部屋に入りかけた僕の目の前を立ちふさがっていたのは、大きな椅子だった。

(2013/10/03)


To be continued.