ドクターNと明日か!板の住人






老女が現れた!

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ちゃらり〜ん
再び老女が現れた!

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逃げられない!
老女の攻撃!
老女は道具を取り出した!

 * * *

「デジカメ?!」

僕は思わず口をあんぐり開けて志乃さんを見た。
普通に立っていれば上品そうな老女なんだけど。
少し前まではきっちり着物を身に着けた自分の伴侶としてはこんな人は理想的、なはずだった。
つい先ほどまでやっていた後輩(生意気な後輩ではない別の後輩。こいつの影響で掲示板ものぞくようになった)に借りたゲームの影響か、頭の中はRPG調だったので、逃げられない最恐な敵変換してしまった。
こんな変身誰も想像していなかったに違いない。
何をとち狂ったのか、あの生意気な、しかも既婚者の後輩の追っかけに早変わりだ。
旦那さんを亡くして少し鬱気味だった彼女を、琴子ちゃんはそれはそれは心配していたものだ。
そんな琴子ちゃんをやつは心配そうに見ていたのは知っている。あれでいて琴子ちゃんにだけは気を配るやつなんだ。もちろんその心配具合が表に出るか出ないかは別として。
周りを見渡すも琴子ちゃんはいない。
今日は具合が悪いからとさっさと帰ったんだっけ。
今まさに琴子ちゃんはつわりの真っ最中。
人もまばらなこの時間、普通の職員はとっくに帰っているか。
おまけに志乃さんの近くには僕しかいない。
止めるべきか。
別に写真くらいいじゃないかと思う。
思うのだけど、一応頼まれていた僕としては声をかけるしかない。
旦那さん存命時はきりりとした人だった志乃さんは、今や超活動的な格好になり、デジカメ片手に追っかけをしているという。
これがやつではなくてアイドルや俳優なんかだったらきっと微笑ましく映っただろうに。
ほら、中高年に人気の演歌歌手とかいるじゃないか。
なのに、よりによってあいつ。
そりゃちょっとばかり顔がいいのは認める。
小児科の奥様方もやつが来る日を指折り数えている。
でも僕だって負けていないと思うけど?
そんなことを考えているうちに、今まさにシャッターチャンス!というところに僕は出くわしたらしい。

「あのう、石野さん」

声をかけた僕を振り返ることなく、一所懸命デジカメを操作している。
いや、それはそれでなんとなく微笑ましささえ感じるのだけど、対象があの生意気な後輩で、しかも隠し撮りでなければ、ね。
もちろん隠し撮りなんて山ほどされていて、しかも手売りまでされているらしいあの後輩の写真なんて、どーでもいーというのが本音なのだけど。
場所が、医局、でなければ、なんだけど。
何で医局にここまで堂々と入ってこられるのか。
そもそも誰にも見つからずに?
まあ、この時間はあまり人に会いにくい、というのもあるのだけど。
時間…すでに夜の八時を過ぎようとしていますが?
しかも、何でここに、わざわざ見張っていたのかと思うくらいグッドタイミングだ。
見張って…いたんだろうな。
志乃さんのシャッター音が響く前に生意気な後輩は目を開けた。
そう、やつは仮眠していたのだ。
そうでなければここまで侵入を許さないだろう。
そもそもやつは気配に敏感だ。
それでもここ最近の激務に加えて心労まで加わったとなれば、疲れていてもおかしくない。

「きゃ、入江先生」

語尾にハートマークでもついていそうな声で思わずデジカメから目を離したすきに、僕は後ろから志乃さんの構えていたデジカメをそっと奪った。
やつはゆっくりと起き上がって僕がデジカメを取り上げたのがさも当然なような顔をして言った。
「石野さん、ここは一般の方が入っていい場所ではありません。重要な書類も個人情報のこともありますし、速やかにお戻りください」
「ええ、わかっていますとも」
目までハートマークが輝いていそうな顔でそう言うと、取り上げたデジカメを僕に返すように迫った。
「このままここにとどまるようであれば、警備員を呼ばなければいけません」
「ええ、戻りますとも」
口ではそう言うが、速やかにとは言い難い態度でにっこりと言う。
うん、人畜無害そうなところがまたややこしいんだ。
僕はデジカメを持ったまま、「一緒に玄関まで戻りましょう」と言うと、腕を差し出した。
このままデジカメを返して振り向きざまにシャッターを押した日には、絶対にこの生意気な後輩に恨まれるに違いない。
志乃さんは「あら、入江先生ならよかったのに」と言いながら、それでも少々疲れていたのか、素直に僕の腕につかまった。
害さえなければ僕だってお年寄りに優しくできるんだよ。
そのまま玄関までお送りして、デジカメを返しながら少しだけ小言。
「琴子ちゃんが心配していましたよ。それからあの場所は、医師たちの唯一の砦です。そこに土足で踏み込んではいけません」
少しだけ真面目言ったのだけど、通じたのか聞いていたのかわからない。
志乃さんはにっこり笑って「それでは、また」と少々がっくりするような言葉を残して去っていった。
僕はやれやれといった感じで伸びをすると、再び医局へ戻ることにした。
今日はもう帰ってしまおう。
最近やけに忙しいのは、志乃さんの呪いか。
いやいや、そんなことにまで志乃さんのせいにしてはいけないか。
どちらかと言うとあの生意気な後輩のせいだな。
今日は外食もキャンセルせざるを得なかったし、家に帰ってくつろぎながらゲームの続きでもするか、掲示板をのぞくか。

医局に戻ると、あの生意気な後輩は書類を片手に帰るところらしい。
当直以外はなるべく帰るようにしているのが現状だが、家でゲロゲロ吐きまくっているらしい琴子ちゃんが心配なんだろう。
眉間にしわを寄せて険しい顔をしていた。
琴子ちゃんがどんだけゲロまみれでも、やつにとっては癒しの存在。
「志乃さん、帰ったとは思うけど、念のためタクシーか何かで帰った方がいいんじゃない」
「お気遣いありがとうございます」
そう言いつつ、絶対そう思ってない顔だよな、あれ。
「何で志乃さんああなっちゃったかな」
これまで何度もつぶやいた言葉だ。
旦那さんがいた頃はそれはそれはきりっとした御仁だった、と言うのは何度目だろう。
それともあの少々亭主関白気味な旦那さんがいなくなったからこそはじけちゃったのかな。
今こそ我が青春、とか。
「あなたも結婚してみればわかりますよ」
そう言った後輩は、振り返りもせずに医局を出ていった。
けっ。
何が結婚してみれば、だよ。
結婚は、したくてするんじゃなくて、しちゃうものなんだよ。
何となく面白くなくて、つい帰ることもせずに汚いソファに座って携帯ゲームの電源を入れてしまったのだった。

(2015/11/01)

To be continued.