ドクターNと明日か!板の住人






移動の間、琴子ちゃんは前の座席で少し前を走るタクシーを睨んでいる。
何せ乗り込むときにタクシーの運転手に「あの車の後をつけてください」と言って運転手を引かせた。
僕たちが「ああ、すみません。前の車に知り合いが乗っているので、追いかけたいんですが、お願いできますか」と丁寧にお願いして事なきを得た。
運転手さんは事情がわからないまでも、浮気者の後をつけているのでは、という想像をしたらしい。
うなずいて任せてくださいと請け負った。
一度やってみたかったんですよ、とつぶやいた。
警察のあの車の後を…なんていう展開はそうそうないものらしい。刑事ものだと頻繁にあるように思えるが、こんな都会で暇な時間でタクシー乗り場でもなければ、そもそもそう都合よくタクシーなんて捕まらないものだ。
前のタクシーは時々渋滞に捕まりながらも都内を抜けていく。
「どこ行く気なんでしょうね」
隣で桔梗君が琴子ちゃんの心配をしているが、琴子ちゃんは結構後輩の乗った車にくぎ付けでつわりもどこかへ行ったようだ。
集中力すごいよね。
「本当は初期だから、あまり動き回らない方がいいのかもしれないと思ったんですが、家で悶々としているほうが身体に悪い気がして、結局行くことにしたんですよね」
「大丈夫なんじゃない。今の方が生き生きしてるし」
僕は桔梗君の言葉に琴子ちゃんを見た。
何だかんだとタフだよね。あの後輩の嫁をやれるわけだ。
え?だって、あのエロ後輩、絶対一度どころか琴子ちゃんがつぶれるまで抱くっていう話だろ?淡白な人間からしたら、きっと化け物じみてるよ。
それほど持てあました性欲を、全て琴子ちゃんにぶつけるんだから、妊娠中ってどうするんだろう。
「先生、何かよからぬこと考えてません?」
「ん?いや、なに、あいつって、本当に琴子ちゃん意外何ともないのかなって」
「何ともないらしいですよ。実際当直の時に裸同然の女が迫ったらしいですけど、全く反応しなかったって。というか、興味もなさそうで、冷たい目で見られたとか」
「琴子ちゃんに対しては変なスイッチ入るのに?」
「ええ。妙なところでスイッチ入るみたいですよ」
そのスイッチとやらは、琴子ちゃんの思いもよらぬところで入るらしく。
それを聞きだした桔梗君は、呆れてそれ以上聞かなかったらしい。
一人の女としかできないなんて、男としては欠陥品だよな。
琴子ちゃんがいなくなったらどうするんだよ、みたいな。
その執着心がかえって怖い気がするよ。
もしも琴子ちゃんが別れたいと言ったら、どうするんだろ。
「あー、そんな愛に縛られてみたい」
「窮屈だと思うけどな」
「相手の琴子もかなり偏屈な愛だからお互い様じゃないですか」
「普通相手の幸せを思ったら、あえて手放すとかよく小説とかあるじゃない」
「仕方がないですよ。入江先生って、普通じゃないですもの」
…そうか。そうだったな。
あいつは規格外だった。
人間もどきだったな。そうそう、人間の皮かぶった魔王だし!

 * * *

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230 :眼鏡紳士

現在タクシーで追跡中
我々は後ろのタクシーで追いかけてるんだがどこに向かっているのかは全くわからない


231 :モテ杉名無しさん

きれいなお城にご到着〜とか


232 :モテ杉名無しさん

いきなり自宅に連れ込んで
「もう逃がさないわよ」とか


233 :モテ杉名無しさん

そして邪魔する者は一人一人消えていった


234 :モテ杉名無しさん

どこのホラーサスペンスだよ


235 :眼鏡紳士

はいはい、到着したみたいだよ


236 :モテ杉名無しさん

どこだ?


 * * *

「どうやらあそこで降りたみたいですが、どうしますか」
運転手の声に前を見ると、とある門の前に二人はタクシーを降りたらしい。
こちらはあえて角は曲がらず通り過ぎて見えないところに車を止めた。
なかなかいい判断だ、運転手。
僕たちはタクシーを降りることにした。
…はいはい、支払いは僕ね。
二人が門を入っていったのを確認してからようやく門に近づく。

「ここは…」

三人で門の前で立ち尽くす。
そう、そこは墓地、だった。
まさか墓地でランデブーとは思わなかったからさ、僕たちは神妙な顔で黙り込んでしまった。
ここに来るということは目的は明らかだ。
少なくとも志乃さんが後輩を墓地で襲うっていう計画ではなさそうでそれはほっとした。
琴子ちゃんは微妙な顔をして、それでも墓地の敷地にずんずんと入っていった。
桔梗君と顔を見合わせて、仕方がない、といったふうに二人で後を追いかけた。
既に志乃さんと後輩はとある墓石の前にいた。
あらかじめ用意していたのか、線香に火がつけられていた。
一応神妙な顔をして手を合わせていた二人が顔を上げると、墓石の前で話をしだした。
もちろんこの話を聞かずして尾行とは言えない。
僕たちは後ろの方にいたから、ゆっくりと近づこうとしていたところ、気が付けば琴子ちゃんは墓石の陰に隠れてとっくに移動していた。
いや、ばれるんじゃないか?
当然墓石は石野家の墓であり、少し前に亡くなった鉄男さんの菩提を弔うものだろう。
墓石の陰から家政婦は見た状態だ。そんな他所様の墓石に顔を寄せて…。そこの御先祖様さぞかしびっくりだろうよ。
あっちはしっとりとした雰囲気なのに、琴子ちゃんの周りだけギャグなのは何故だろう。
それを見守る僕たちも決してまともな傍観者じゃないのはわかってるけどね。

 * * *

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237 :眼鏡紳士

着いたそこは、墓地だった


238 :モテ杉名無しさん

墓地!


239 :モテ杉名無しさん

墓地で何するんだ


240 :モテ杉名無しさん

新しいデート場所だな
流行りなのか


241 :モテ杉名無しさん

んなわけねーだろ
少しは外出ろ
この引きこもりニートが


242 :モテ杉名無しさん

まあまあ
ばあちゃんのじいちゃんの墓参りか


243 :モテ杉名無しさん

ニホンゴフジユウナカタデスカ


244 :モテ杉名無しさん

つまりストーカー老女の先日亡くなったという旦那さんの墓に来たとうわけだ


245 :眼鏡紳士

多分そうだと思う
おっと、嫁ちゃん突撃しそうだ
また後で


 * * *

「ごめんなさいね、こんなところまで付き合わせて」
「いえ、予想はしていました」
「まあ、そう。さすが入江先生だわ。
本当に私があと五十も若かったらよかったのに」
「たとえ五十若くても、琴子がいる限り、琴子以外は無理ですよ」
「あら、そいうところが本当に素っ気ない。
本当にねぇ、鉄男さんも人前では素っ気なくて、頑固じじいそのものでしたけど、ふとした時に優しくてね。それが癖になって。
娘に言わせれば、今だとモラハラになるかも、だとか。もらだか腹だかよくわからないわね」

いや、志乃さん、それ、そいつもモラハラだと言ってます?
まあ、モラハラだと言われてもおかしくないよな。
琴子ちゃんがそんなの全く気にしてないが。

「随分とおかしなまねをして、入江先生も困ったでしょう。
ええ、私もわかってはいるんですよ。困らせてるって。
でもちょっとだけ羽目を外してみたかったのよ。
だって鉄男さんたら、私が少しはしゃいでも困った顔どころか知らない振りするんですもの。
そういうところ、少し似てた気がして、ちょっと困った顔を見たかったのよ」

志乃さんがそう言ったところで、琴子ちゃんが憤然と立ち上がった。
「ちょ、ばれる」
「いや、ばらそうとしてるんだよね、あれ」
「何する気?」
「いやぁ、どうだろうね」
僕たちは少し慌てたが、当の琴子ちゃんがそのまま志乃さんと後輩の前にどかどかと歩いて行ってしまった。
まるで浮気現場に踏み込む奥様の図だ。
ある意味それに近いか。
後輩は眉を上げてやれやれといった顔をしている。
あの顔は、やっと現れたかというのか、何をする気かわかりかねているといったところか。

「石野さん!」
「琴子さん?」
「そろそろ入江くんを返してください」
「あら、まあ。きょうは一日付き合っていただけると思っていたのに」
「う…」
助けられた立場の琴子ちゃんがちょっとひるんだ。
「よくここがわかりましたね」
「ええ、ちょっと。あた…あたしには入江くんセンサーがついているんで」

ブッ。
僕と桔梗君は同時に吹き出した。
「確かに…」
「ちなみにあいつには琴子ちゃんセンサーがついてるけどな」

後輩はにやりと笑って言った。
「それじゃ、日没までにはまだ間があるから」
なんと、日没まで付き合うつもりらしい。
「え…そんな」
琴子ちゃんは少し呆然としている。
まさか後輩がそういうとは思っていなかった、という感じだ。
「ごめんなさいね、琴子さん」
志乃さんはそう言うと、後輩の腕をとった。
そうは言っても老女の志乃さん。段差の多い墓地を転ばないように誘導する孫とばあさん、という感じだけどな。
「い、入江くん…」
慌てて追いかけようとした琴子ちゃんは、お約束のように段差でつまずいた。
こんなこともあろうかと、僕は近くで待機していた。
颯爽と女性を受け止める騎士のようにね。
ところが、少しばかり僕より離れていた後輩が、志乃さんも僕をも押しのけて、今まさに転ばんとしていた琴子ちゃんを受け止めたのだった。
なんだよ、おいしいところ持っていくなよ!
転ぶ寸前で琴子ちゃんを腕の中に受け止めた後、後輩は心底ほっとした顔をしていた。
そうだよね。琴子ちゃんのお腹には赤ん坊がいるんだからね。
志乃さんはあっさりと離れていった後輩の後姿を見て、ほんのりと笑った。
琴子ちゃんはほっとして、そして。

「う、うえ〜〜〜〜〜」
「おい、待て。こんなところで吐くなっ」

そうは言っても待ったなし。
琴子ちゃんは後輩の上着めがけて吐き出した。とは言っても胃の中にはすでに何もないらしく、胃液が少々といったところか。
「ううっ、ごめんね、入江くん。ほっとして気を抜いたら…」
とりあえず後輩の上着は一枚脱げばそれでオッケーのようだが、それをすると薄着になるためか、今の季節にはちょっと心配なくらいだ。

「石野さん。前言撤回で申し訳ないが、ここまででよろしいですね」

有無を言わさず、後輩は琴子ちゃんを抱えて去っていく。
後に残されたのは、志乃さんと僕と桔梗君。
少しずつ暮れていく墓地で、この組み合わせはきつい。
で、どうなったかって?

 * * *

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261 :眼鏡紳士

突撃した嫁ちゃんは、何もしないうちにすっ転んでどうにかなるところだった


262 :モテ杉名無しさん

嫁ちゃん、腹の子危ない!


263 :眼鏡紳士

そこへすかさずモテ杉後輩がさっと受け止めた


264 :モテ杉名無しさん

なんだよ、ちくしょー
行動までイケメンかよ


265 :モテ杉名無しさん

さすがイケメン


266 :モテ杉名無しさん

ストーカーばあちゃんは?


267 :モテ杉名無しさん

魔王降臨しそうだ


268 :眼鏡紳士

結果として、多分魔王降臨のうえ、僕たちは取り残された


269 :モテ杉名無しさん

墓地に?


270 :モテ杉名無しさん

墓穴を掘った、と


271 :モテ杉名無しさん

墓地だけに


272 :モテ杉名無しさん

だから誰が上手いこと言えとw


273 :眼鏡紳士

老女は清々しい笑顔を向けて・・・


274 :モテ杉名無しさん

とうとう諦めたか


275 :眼鏡紳士

僕の腕を取り
「さ、飲みなおしましょう」


276 :モテ杉名無しさん

なんじゃそりゃ


277 :眼鏡紳士

そりゃもう酒豪で(TдT)


278 :モテ杉名無しさん

さすがばあちゃん


279 :モテ杉名無しさん

転んでもただでは起きない


280 :モテ杉名無しさん

転んだのは嫁ちゃんだけどな


281 :眼鏡紳士

なんでも昔から酒は好きだったらしいが
じいちゃん生きてるときは貞淑な妻でいたかったそうな


282 :モテ杉名無しさん

ばあちゃんかわゆす


283 :モテ杉名無しさん

まさかのアル中?


284 :眼鏡紳士

そこまでいかない
でも放してくれなくてね


285 :モテ杉名無しさん

老若男女にもてるね
よっ


286 :モテ杉名無しさん

そして一晩中ばあちゃんと飲み明かした、とか


287 :眼鏡紳士

その通りだよ( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \


288 :モテ杉名無しさん

男だけど男じゃない同僚は?


289 :眼鏡紳士

一緒だったよ


290 :モテ杉名無しさん

二人きりじゃなくて残念だったじゃないか


291 :モテ杉名無しさん

なんつーメンバー


292 :眼鏡紳士

結局老女とは飲み仲間になった


293 :モテ杉名無しさん




294 :モテ杉名無しさん

いいじゃないか
二人とも独身で


295 :モテ杉名無しさん

おめでとー


296 :モテ杉名無しさん

いやーうらやましーなー(棒読み


297 :モテ杉名無しさん

式には呼んでくれ


298 :モテ杉名無しさん

嫁ちゃんとモテ杉後輩のその後は?


 * * *

結果を言えば、ストーカー行為は落ち着いた。
逆に言えばその後を請け負ったのは、僕だった。
ストーカーからただのファンに戻った志乃さんは、それ以後も時々後輩を見に斗南病院を訪れるが、その後で僕を捕まえて飲みに誘う。
志乃さんと二人で飲むことは少ないが、暇であれば三回に一回は付き合う羽目になる。
基本志乃さんは陽気な酒で、一緒に飲んで煩わしい相手ではないが、あの生意気な後輩のあれこれをファン特有のテンション高い批評として聞かされるのは、あまりうれしくない。
「今日は入江先生の髪が…」とか、「今日も入江先生のお顔が…」とか、まるで琴子ちゃん並のチェックの入れようだ。

「結局解決したってことでよかったじゃないですか」
「…ああ、そうだね」
「これで志乃さんが先生のファンとしてストーカーにならなかったことを思えば、ラッキーだったじゃないですか」
「…ああ、そうだね」

それもなんだかちょっとだけ腑に落ちない。
何もしていない、むしろどちらかというと冷たくあしらっていたあいつの方には激ラブのストーカー行為で、僕とは飲み友達って、なんだかなぁ。
いや、ストーカーされたいってわけではないんだ。
決してそうではない。
そうではないが。
…なんだかな〜。

ガッチャーンと派手に何かが落ちた音がする。
「ごめんなさい!」
振り向かなくても琴子ちゃんが何かを落としたのがわかった。
つわりもおさまってきて、どうやら出てきたお腹の感覚がまだ慣れないらしく、その出てきた腹で何かを押しては物を落とすことを繰り返している。
これでもっとお腹が出てきたらどうするんだろうね。
病室から戻ってきた生意気な後輩の眉間には、盛大なるしわが寄っている。
またやってるとでも言いたげだが、琴子ちゃんがのっしのしと去っていく後姿を見て、すうっと寄っていたしわが消えた。
一瞬、何とも言えない顔を見せて、また真顔に戻った。
おそらく、僕が見ていたとは知らないだろう。
大事なものを見守る目。
滅多に見せない幸せにあふれたその表情を。
僕は一応知らないふりをして書類に目を戻す。
あー、はいはい、幸せ、幸せ。
琴子ちゃんがいなければ、おまえなんて一見幸せそうな不幸のどん底だっただろうよ。
愛することを知らない、人間としては不完全な男だっただろうに。

「あ、先生、先ほど志乃さんが捜していましたよ」

はいはいはい。
どうせ僕には万人に与える愛をたくさん抱えた男だよ。
どうだ、うらやましいだろ!ふん!

(2015/12/26)