坊ちゃまとあたし特別編3 60.1



「早田、京都へ行こう」1


あっという間に坊ちゃまは中学三年生になった。
世間の中学三年生と言えば、いよいよ受験生だ。
とは言え、ほとんどの生徒は斗南の高等部に上がる予定。
一部の生徒は成績によっては上がれない可能性もあるため、F組なんかはこの一年は必死になるだろう。
斗南では幼稚部から持ち上がりの生徒が多くいるけど、もちろん途中入学者もいる
高校になってから慌てて受験しなくてもいい、というのが私立エスカレータ進学のいいところではあるけど、幼稚部だって小学部だって結局入るときには受験するのだからどこで苦労するかってことよね。
あたしが中学のこの時期、行ける学校を選ぶのに苦労した。
斗南に行きたくて、結構必死で勉強したのだ。
まあ、それでもF組だったってのも今となってはいい思い出。
何で斗南に行きたかったのかなぁって思いだしたら、きっかけはちょっとかっこいいなと思ってた隣のクラスの浜田君が斗南を受けるって聞いたからだった。
でも浜田君の場合、斗南は滑り止めで本命は別の学校だったらしく、あっさり他の学校に進学決めてたのよね。
おバカなあたしには追いかけて受験するほどの成績もなかったし、隣のクラスだったせいかその情報を知るのも遅くって、気づいたら斗南以外の道はなかった。
お父さんはまさか本当に斗南に受かるなんて思っていなかったみたいで、案外喜んでた。
学費は少々かかるけど、斗南なら十分だって。
どこにも行けずに中学浪人になったらどうしようって本気で思ってたみたい。
あたし、そこまでバカじゃないつもりだったんだけど。

そんなことを思い出していたら、坊ちゃまはさも当然のようにA組の席に座っていた。
そして、そんなA組の生徒たちの面々もほぼ変わりなく、担任は変われどあたしが今年も副担任だってところには疑いもしていない。
皆口々と「あ、相原先生、進級おめでとう」とまで言われた。
坊ちゃまのいるところ、あたしがいて当たり前のこの構図。

「というわけで、早速近々班決めなどを行うぞ」

ようやくそこではっとした。
しまった、何の話だっけ。
というかもう終わった?
あたしは慌てて荷物を持って教室を出ようとした。

「相原先生、一時間目は現代国語で相原先生の授業ですが」

一番前の席の子に指摘されてようやく気付いた。
しまった、何も考えてなかった。
慌てて教卓の前に戻る。

「え、えーと、授業始めます」

何事もなかったかのようにふるまう。
それすらもA組の子たちは慣れっこで、失笑くらいでざわめきもない。
これがF組だったら、しばらくからかわれること間違いなしなのに。
慣れって怖い…。


「俺はキャンプの二の舞になるんじゃないかと今から胃が痛い」
「アタシも気が気じゃないわ…」
「実は私も」
「行かなきゃダメですかね」

ちょっと、ちょっと、ちょっと、どういうことよ!
あたしの目の前で三年の担任団のため息が大きい。
啓太は胃を押さえている。
モトちゃんは遠い目をしている。
F組担任はどんよりとしている。
養護教諭の先生は校長を見つめている。

「まさかとは思いますが、それあたしのせいじゃないですよね?」
「オレの場合はそのまさかだ」
「アタシもそのまさかよ」
「あのF組の連中と一緒だからな」
「養護教諭の一人くらいいなくてもよくない?」

皆がこんなに嫌がっているのは、修学旅行のことだ。
斗南中学では五月早々に修学旅行が控えている。

「ものすごく失礼なんですけど」
「失礼なものか」

確かに二年生のキャンプではちょっとした豪雨で道がふさがったりしたけど、それこそあたしのせいじゃないと思わない?どちらかと言うと地球のせいよ。
この異常気象のせいであたしのせいじゃない!

「それ以外にも色々あった気がする」
「あ、それ聞いたわ」

啓太の言葉にモトちゃんがあたしを見た。

「色々って何よ」

誰も何も言わない。

「ほら、言えないでしょ。あたしのせいじゃないし」

あたしは胸を張って答える。

「どこに行くか知らないけど、国内なんだからどうとでもなるわよ!」
「知らねーのかよ!」
「それが琴子よね」
「F組の生徒でも知ってますよ」
「今時京都奈良なんて人混みの中に行くようなものじゃない」

あ、京都と奈良なんだ。
あたしはようやく行先を知った。
そう言えば先日もらったプリントに書いてあったかしら…?
あたしが首を傾げて思い出している間に昼休憩が終わった。

そう言えば旅行、久々だなぁ。
え?清里とか行ってるじゃないかって?
清里は旅行というより住まいを移した感じがするだけで、旅行という感じはしないかな。
贅沢に慣らされてしまったわ…。
しかも京都と奈良なんて、学生時代の修学旅行以来だから、楽しみ〜。
…なんて思っていたあたしがバカでした。
いや、坊ちゃまからすれば、元からバカだけど、と言われるところだ。
うん、修学旅行なんて、引率なんて、楽しみにしちゃいけないということが嫌というほど、旅行前からわかったあたしだった。

(2024/09/29)


To be continued.