坊ちゃまとあたし特別編3 60.2



「早田、京都へ行こう」2


修学旅行なんて、生徒は楽しみなだけで教師にとっては地獄同然だった。
行程表を一つ一つ確認しながら、その場での生徒たちの動きと教師たちの動きを確認して頭に入れておかなければいけない。
記憶力にやや自信のないあたしだって、頑張れば何とかなる。…多分。
とりあえず行程表にあれこれ書き込みながらぶつぶつとつぶやいていたら、三年生の担任団は残念な子を見る感じで「あ、その都度聞いてもらえれば大丈夫ですから、くれぐれも迷子にだけはならないでくださいね」と言われた。
何で教師なのに迷子にならないようにと注意を受けなきゃいけないのよ。
モトちゃんは「いざとなったら入江くんと一緒に行動してれば大丈夫よ」とまで言った。
何で生徒に頼らなくちゃいけないのよ。
でもちょっと、それもそうかと心のどこかで思ってしまったあたしだった。

滅多に乗らない新幹線で京都まで。
しかも東京駅集合となれば、集合の時点でやばさ満載。
絶対に遅刻する生徒もいそうだし、東京駅で迷子になる子もいそう。
その対策から各沿線からの出口で生徒たちを誘導することになった。
あたしは皆からの要請で集合場所から動くな、と言われた。
しかも何やらプラカードみたいなものを持たされることに。
ほんの二、三分のことなんだけど、人が多いのでそれも仕方がないことなのかも。
そのためには早く行かなければならないので、心配した坊ちゃまと渡辺さんが一緒についてくることになった。…まあ、そのほうが安心だけど。
他の生徒たちもほとんどは友だち同士とか保護者と一緒に来たりするのだろう。
団体集合場所には他にも修学旅行に出かける生徒たちがいるので、あたしのプラカードもわかりやすいように掲げることも必要だとわかる。

「坊ちゃま、着替え、この冴えないジャージでいいんですかね」
「旅館の中だろ」
「まあ、そうなんですけど」

かわいいパジャマなんて着ていられないことくらいわかってますよ。
旅行中も動きやすさ重視。シンプルに、走り回っても大丈夫なように荷物も少なめに…。
どうせ見回ったりしてよく寝られないことも聞いてますしね。
下手すると抜け出そうとする生徒たちの監視に回されることもあるかもしれないし。

「修学旅行と言えば楽しみだったのに…」
「教師の立場で楽しもうなんて誰も思ってないだろ」
「そうなんですけど」
「おまえにはキャンプという前科があるのを忘れるな」
「あの、皆それを言うんですけど、そんなにあたし迷惑かけたつもりはありませんけど」
「どの口が言う」
「トラブルのほとんどはあたしのせいじゃないじゃないですか」
「黙って準備しろ」
「…はいはい」

あたしは納得いかないまま準備を進める。
えーと、洗面用具に着替えさえあれば何とかなるはず。
連日の打ち合わせの疲れが溜まってきて、当日、あたしはちゃんと正気でいられるだろうか。
特に京都!
お寺回るのはいいけど、祇園とか嵐山なんて自由行動にした途端に恐ろしいことになりそうで。
でも奈良の鹿見るのは楽しみなのよねー。
絶対鹿せんべいをあげたい。
前に行ったときは…どうだったかな…?
あれ?あまり覚えてない。

「…琴子、もう寝ろ」

ぼんやりとしていたら坊ちゃまにそう促された。
保護者の立場逆じゃない?

「琴子さん、遅刻しないように注意しますので、心置きなく今日は寝てください」

渡辺さんにまで促された。
相当疲れた顔をしているみたい。
うん、もう寝よう。
あたしは「おやすみなさい」と素直にあいさつをして部屋へ戻ることにした。
もうここまで来たらなるようになるわよね。
坊ちゃまもいるし、今度はモトちゃんもいるし、何なら啓太もいるし、何とかなりそう。
そのまま何も考えずにベッドに入ると、すぐに寝付いたようだった。
気がついたら朝だったし。

 * * *

「…明日から思いやられるな」
「何か困ったことがありましたらご連絡ください」
「そんなことがないようにしたいけどな」

渡辺はただ微笑んで「さあ、直樹さまも今日は早くご就寝なさいませ」と言った。
それもそうだな、と寝ることにする。
何かあったら駆けずり回らされることにもなりかねないし。
そうは言いつつ、頭の中ではあらゆることに対するシミレーションが駆け巡る。
あいつの場合、トラブルを必死で回避しようとして、トラブルに突進するのがオチだ。
最終的には同じ国内なら、誰かに連れ去られない限りなんとかなるだろうという曖昧な見通しで、考えるのを無理矢理やめることにした。

(2024/10/04)


To be continued.