坊ちゃまとあたし特別編3 60.9



「早田、京都へ行こう」9


何故か琴子は祇園の街中にいた。

「いいのかしら、あたし」

そんな風につぶやいた琴子にとある女性がにっこり笑った。

「許可は出ておりますから」

正直言えば、何故ここにあなたが、と思わないでもない。
…入江家のお手伝いさん…!

そして、左隣には不機嫌な坊ちゃま。

「…あ…」

正面には…。

「琴子先生!」
「げ」
「ちっ」
「…坊ちゃま、お行儀が悪うございます」

奈良で再会したかつての教え子、西…西刈…君?とそーだ京都君。

「先生、また会いましたね、西垣です」
「あ、そうそう、西垣君、とソーダ君」
「琴子先生からそこはかとなく違う響きを感じますけど、響きはなんとなく合ってますからまあいいか。ね、早田君」

ソーダ君はあたしを疫病神のような目で見る。
まあ、そうだよね。自覚はしてる。
それなのに西垣君はにこにこと楽しそうに笑いかけてくれた。なにこの子、いい子。

「じゃ、そういうことで。俺たちあっち行くから」

坊ちゃまはあたしを促して歩き出した。

「へー、偶然だな、僕たちもそっちへ行くんだ。土産物の定番だよね」

西垣君は嫌がるソーダ君の腕を引っ張りながらついてくる。

「それにしても先生、よく自由行動で外に出る許可出ましたね」
「あなたたちもね」
「僕たちは普段優等生ですから」
「あたしは…ええっと、その、入江家のお力で何とか…監視役も付いて…その…」

あたしは段々と声が小さくなるのを感じながら曖昧にぼかす。
両側に入江家のお手伝いさん(助っ人)と坊ちゃまに挟まれ、どうやっても迷子にならないようお土産だけを買いに行く許可が出た。というか、入江家の一大事という名目の元、どうしても出かけなければいけない用事ができたが、すぐに戻るという約束だ。
万が一迷子になろうが何かあろうが、入江家が責任を持って家に連れ帰るという誓約付きだ。
なにそれ、いい大人が、とか、そんな教師前代未聞とか思わないでもないのだけど、もう何でもありな私立の学校万歳…。
きっとおばさま、寄付金積んでるんだろうなとか思ってしまう庶民なあたしも、ちょっと入江家の威光に流され気味な今日この頃。
何せわざわざ入江家からお手伝いさんが休暇と称して京都までやってくるのだから。

「あら、私、有給で京都へ実家の墓参りに来ただけで、すぐに帰りますから何ということはないですわ」
「それなら実家でごゆっくりしたほうが」

ふふっと笑って、顔をそらした。
「まあ、いろいろとございまして」

あ、これ深堀してはいけないやつね。

琴子はそれ以上聞くのをやめて、せめて迷惑かけないようによそ見することなく目当ての店に行くことを心掛けた。

目当ての店は女性で店内がいっぱいだった。
もっと言えば何か殺気立っていた。
我も我もと手に商品を手にしてレジに並んでいる。

「ここ以外にも確か店舗ありましたよね?」

不思議に思って聞くと、「本店で買った、というのが一種のステータスなのではないでしょうか」という謎の理由を言われたのだった。
売ってる商品は一緒、よね?
…ま、いいか。

「あまり考えずに直感で選んでください。欲しいと思ったものは遠慮せず、躊躇せず。後戻りはしないことです」
「は、はい」

言われた通り、何人に買うかとかも考えず、必要そうな数だけをつかんでかごに入れる。
こんなものもあるんだ、と楽しくなってきたが、徐々に言われた意味を理解する。
かごを持って後戻りはできない。会計を外れるともっと後になりそうなので列を抜けたくない。
うちの生徒もちらほら見えるが、大人のように値段を気にせず買えるわけではない。
結構真剣に悩んでいるのを微笑ましく見守る。
一通り買い物を終えると、そこでようやく坊ちゃまがいないことに気づいた。

「あんな店内入れるか」

まあ確かに坊ちゃまは入りづらいかもしれない。

「お待たせ〜」
「おまえは待ってない」
「えー、冷たいな。母に頼まれていたからさ」

そう言って店内から出てきたのは西垣君だった。
どうやらお母さんに頼まれていたようで、しっかりと買い物を済ませている。

「よく入るよな。頼まれてたけど、俺は別のところで買うわ」

坊ちゃまと一緒に待っていたらしいソーダ君はそう言った。

「ところで他に観光しないの?定番の清水寺とか金閣寺とか京都御所とか」

ちなみに斗南は何か所か学校指定の観光場所はあるけど、どこを回るか、どういう順番で回るかは生徒たちによる。市内を勝手に移動しろってことよね。
だからこそ自由度が大きすぎてあたしの自由行動が制限されたともいう。

「今から回るんですよ。あ、もう集合時間だ。それでは、琴子先生、お元気で」

昨日から何度か顔合わせていたものだから、あっさりと去っていく二人を見て、ちょっと寂しくなった。
あの子たちはあたしの生徒じゃなかったんだった。

「では琴子さん、定番の八ツ橋でも買って戻りましょうか」
「そうですね。その方がいいかも」

余分なことはせず、あとは帰るまでおとなしく…。

「先生!大変です!」
「何?!何があったの!」

生八つ橋を買っていると、いきなり斗南の生徒たちが走ってきたのだ。

「あっちにはんなりメンズがいたの〜〜〜〜!」
「…は、はんなりメンズ…?」
「え、先生知らないのー!」
「めっちゃかっこいいから!ほら、こっち!」
「え?どこ?」

芸能人に縁がないあたしは、思わず生徒につられて一歩を踏み出した。
勢いに押されてうっかりした坊ちゃまとそれこそゆったりと構えていた入江家ベテランお手伝いさんを置いて。

「あ、ちょっと、琴子!待て!」
「あらまあ…。これは対策案5−2へ移行かしら」

結果的に、あたしはまたもや坊ちゃまに見つけてもらうまで、人並みにもまれて祇園の街をさまよう羽目になったのだった。
別に迷子になろうと思って迷子になるわけじゃないし、トラブルに巻き込まれようと思ってトラブルになるわけじゃないし。
そう思っているのだけど、坊ちゃまからは盛大に説教をされ、入江家の皆様には迷惑をかけたことをお詫びをして、助けてくれたことを感謝し、あたしの修学旅行は終わった。
でも、まさか、この出来事が、高等部になって跳ね返ってくるとは思いもしなかったのだった。

 * * *

「今回は想定外のこともありましたが、概ね対策がうまくいきましたね」
「まさかあそこで迷子になるとは思いませんでしたが、直樹様の助言を信じて対策を立てたのが功を奏したようで」
「これから先も入江家を守る者として引き続き気を引き締めていきましょう」

入江家ガーディアンズは今日も入江家の平和を守るのだった。

(2025/09/15)


Fin.