坊ちゃまとあたし特別編3 60.8



「早田、京都へ行こう」8


結果から言えば、無事に京都に着いた。
それほど長旅ではない。
奈良から京都だ。
そして同行者は教師の琴子に生徒が三人。

「琴子先生、とりあえずここでお別れですね」
「とりあえずってなんだよ」
「さっさと帰れ」
「えーと、さすがにそうそう会わないと思うけど」

ちょっと言葉に詰まりながらも琴子は願っていた。
会わないと思うと言いつつ、確かにまだ京都での行動は残っている、
もっと言うと、京都市内では自由行動なんかもあり、同じ日程なら土産物屋なんかで会うこともあるかもしれない。
そもそもこの二人、自由行動許されるのだろうか。

車の中でそんなやり取りをした後は無言。
気を使って運転手の人がここら辺は〜などと説明してくれるものの、返事をするのは琴子だけ。
なんだか申し訳なさでさすがの琴子も居たたまれなかった。
ほどなくして二人は別の学校だったために別のホテルまで送り届け、二人の学校の教師と謝罪合戦のような有様だった。
きっと後で絞られるのだろうと思ったが、琴子とてそれどころではない。
他人の手を借りて何とか京都までやってきたものの、出発前に散々心配されていたことをやらかしてしまったわけだ。
そんな子どもみたいな失敗はとかなんとか言ったかもしれない。
いざ京都での滞在先ホテルに着くと、やっと来たかという反応だった。
もっと怒られるかとびくびくしていた琴子は拍子抜けだった。

「想定内です」

A組担任の斎藤は淡々とそう言った。

「おまえはっ」

怒りで言葉が出ない啓太は、本当にそれ以上の言葉を言わなかった。

「ああ、はいはい、戻ったんならもういいわ」

おそらく心配してくれていたであろう疲れた顔で桔梗は言った。

「本当に良かった。頼みますよ、相原先生。私の責任問題が…」

校長先生は半泣きだった。

「あ、おかえりなさい。夕食に間に合ってよかったですね」

A組委員長佐藤はあっさりとそう言った。
もはや想定内を通り越して当たり前のような顔だった。
さすがの琴子も大いに反省した。
京都では町の散策は諦めよう、と夕食を食べながら心ひそかに誓った。
本当にとても残念だったが。
とってもとっても本当に残念だったが。

「相原先生、京都はやっぱり祇園ですよね」

一人能天気な養護教諭の吉岡先生が話しかけてきた。
一人反省会を繰り広げていた琴子の脳内に、いつの日か寝る前に見た祇園マップがよみがえった。
もちろんどこに何があってなどという細かい情報は覚えていないし、当然地図も覚えていない。
有名なあぶらとり紙だとかあったな、とかはちゃっかり覚えていて、ちょっとお土産に買っていこうと思っていた。
いつも迷惑をかけている使用人の皆様にとか、おばさまにとか。
そこではっとする。

「で、でもあたし、また迷子になりそうなので」

小さな声でそう言うと、「そうですね。残念」とあっさり引いていった。
え、もうちょっと強く誘っていただけたら、付いていくのにとか思わないでもなかったが、面倒見のいいタイプでもなさそうなので、自力で行って自力で帰ってこられるくらいの力量がないと吉岡先生と出かけるのは無理そうだと諦めた。
あのタイプは一緒に出掛けて行きながら、じゃああたしはこっちの店に入るから後で合流しましょう〜と行ってしまいそうなタイプだ。
ただの独断と偏見だが、琴子はぷるぷると首を振った。

無、無理。
でも行きたい。
ううっ、誰か連れていって。

自力で行けよと言われそうだが、既に奈良でやらかしているため、すっかり自信を無くした琴子は残りの夕食をもそもそと食べた。
学生たちは食べ終わったのか次々に部屋へと戻っていく。
同じく遅れた坊ちゃまと交代で食べている教師を除き、食堂は人気がなくなっていく。
部屋へ戻っていく校長先生に「夜はおとなしくしていてくださいますよね」と妙な笑顔で念押しされた。
そうまで言われたら黙ってうなずくしかない。

「土産は気にしなくていいぞ。どうせ全部取り寄せしてるだろうから」

少し離れたテーブルから坊ちゃまがそう言った。

「で、でも、現地で選んで買っていくのが旅のだいご味じゃない」
「醍醐味の意味も漢字もわからなさそうな琴子に言われてもな」
「意味くらいわかるわよ!」
「へー。ちょうど奈良と京都でいい勉強になったな」
「………そ、そうね」
「ぜってー、意味わかってないっぽいな。…そんなに行きたいなら俺が」
「入江くん、食べたら部屋に戻りましょう!」

坊ちゃまがぼそぼそ声で何か言っていたけど、他の先生のいる手前、話をぶった切って部屋へと促した。
坊ちゃまは今度はぶつぶつと文句を言いながら戻っていく。

その背中を見ながらD組副担任の中村先生が「で、奈良と京都がどう関係あるんですかね」とつぶやいた。
琴子が「それ国語に関係あります?」と思わず言うと、「え、関係大ありですよね。だって国語でしょ、言葉の意味なんだから、語源とか成り立ちとか…え?違う?そもそもだいごって書けないですけど」と返すのを聞いて、琴子は自分も書けない、と言うことに気が付くと食事を急いで食べ終えてそそくさと立ち去ったのだった。

 * * *

「ではこれより対策案4から5へと移行します」
「了解。では、私、これより有休をとって京都へ墓参りに参りますので」
「ええ、お気をつけて。道中何かあれば対策案5−2へ速やかに移行を」
「心得ております」

入江家からベテランお手伝いが既に旅支度を終えた様子で出発していった。
入江家の対策に死角はない。

(2025/08/09)



To be continued.