毎朝、鏡を見る度に溜息が出て来る。
いつかは来ると思っていたし、親父も祖父さんもそうだった。
だから俺がならないなんて絶対には口には出さなかったが、来るべき時が来たという事だ。
こんなにテカってどーすんだよ。
禿げる、いや毛量が減るという事はジヒドロテストステロンが原因か、または別な要素が……。
ここまで考えても急に毛量は増えない。
そもそもの原因を遺伝やホルモンに求めるのは間違っている。
それよりも生活習慣だろう。
まずは食生活――一気にストレスの原因に突き当たってしまったが、毎日3食あいつの飯を食っている訳ではない。
体力はあるし、手術や講義でミス無くを心がけているから、どうしても心理的・身体的の両方にストレスがかかる。
またそれにともなって、性欲も勿論ある。というか食欲が性欲を上回った試しが無い。
あいつ以外だったらきっと枯れていたと思うが、他の人間と結婚生活を送れるとは思えないから、その考えは除外しておく。
確かに50を過ぎても妻を日常的に抱くというのは世間的にアレなのだろうが、夫婦生活を人に話すなんて事はしない。
テストステロンがジヒドロテストステロンになり得る原因は過度のストレスや生活習慣の問題であり、まあ多少遺伝的な要素があるんはあるが遺伝子における細胞プログラムが――。
そこまで考えて、やはり作るかという結論に達した。
――夢の中で。
何故なら琴子に頭というか額を叩かれて目が覚めたからだ。
今までの思考はどうやらレム睡眠下での思考だったらしい。
確かにいつも以上に性欲や脱毛という不安に襲われていたが、心というのは本当に恐ろしい。
こんなに具体的な夢を見せるほど、俺はソレを恐れていたという事か。
琴子の隣でもパジャマを着て寝る事が多くなった俺だが、汗を吸ったパジャマで額の汗を拭う。
隣に目をやるとボタンまでは留めなかったので、相変わらず小ぶりな胸が俺を誘うがうんうん唸る寝言は可愛げが無くなった。
「波平・・・」
失礼なヤツだな、本当。
でもこれを愛してるんだから、本当に蓼食う虫も好き好きという事か。
そう思いながら自分の頭に手をやり、髪を指で梳かす。
昔に比べ、毛量は減ったが全く無い訳ではない。
俺は『波平』ではない。
ちなみに波平は裕樹だろう。俺よりも9歳も年下なのに、徐々に見た目年齢が近づいて来ているような、いや追い抜けれているような。
あいつも社長になり、重圧を感じている事だろう。
会社を押し付けてしまった弱みもあり、9歳も下だと色々面倒をみてやりたくもあり、裕樹のためにも開発してやる事にした。
決して俺だけのためじゃない。
ノーベル賞を取って以来、各段に研究する時間を作れる様になった為、新しい論文の構想を一旦脇に置き、体毛関連・遺伝関連の論文を読みふけっていく。
やはりここに着目するのが正解かと自分の毛を一本抜いて毛根の細胞を培養するところから始めた。
やはり自分にあった薬剤は自分の細胞から創るのがベストだ。
日常の業務の合間を縫っての研究とはいえ、本当に欲しい物というのは情熱が勝る。
半年後にはそれを完成させ、本人による人体実験も立証済みだ。
おかげで昔の毛量を取り戻した。
実験や研究によるストレスもあり、少し薄くなっていた頭皮が元に戻った事が喜ばしい。
さて、次はどうするかと考えていた折に、琴子から子供達の誕生日パーティーの話を振られた。
うちの11人に加え、親族や友人の子供やその親を含めると結構な数が集まる。
少なくみても30人は超えるだろう。
まあ、裕樹家族も来るだろうし、その時に渡してやろうと小瓶に『裕樹用』とラベルを貼って準備した。
光るが名前に入っているのに自己主張が少ない光樹の誕生日に皆が集まった。
誕生日が近い小西桃子ちゃんの誕生日も一緒に祝う。
というか、ここまで一緒に育つと将来は絶対に嫁だろうと思ってしまう。
俺に似たのか、琴子に似たのか、どっち共の影響なのか・・・俺達の子供は何故か全員昔から相手が決まっているかの様に隣にいるメンバーが変わらない。
光樹の相手は絶対に桃子ちゃんだ。
正樹の相手は渡辺の娘だし、琴美の相手は桃子ちゃんの兄の祐二くんだし、琴音の結婚相手は木村智樹だ。
木村智樹だけはこの手で消し去りたいくらいだが、孫可愛さに父親を消す事が出来ずにいる。
孫を抱いてる琴子が母親に見えるし、もう一人やっぱり作っても大丈夫じゃないかと思っていたら、琴子がこっちに注目を集めやがった。
「ねえ、直樹お祖父ちゃーん。その頭はお義父さんと同じくらい、いやもっと光ってるわよね。だって…」
「え!? カツラ??」と周りがざわざわしだす。
地毛だよ!!
男の沽券に係ると握力がまだ弱い孫に髪を引っ張らせて、カツラじゃない事を証明させた。
「琴子、分かってるよな」と告げると、琴子は孫を琴音に返して、俺の横に寄り添った。
一階のリビングでパーティーが続く中、俺と琴子の二人は寝室へ。
つまり・・・
永遠に励んでやろうと心に決めた。
こいつが俺がハゲでも波平でも愛してると分からせる為だけに……
(2025/09/28)