「お、おく、遅れる〜〜〜〜〜!」
あたしは今最大に慌てていた。
入江くんとの待ち合わせ。
それなのに、髪はオウムだし、服は血だらけ。
時間は過ぎまくって、走っても間に合いそうにない。
というか、遅れるどころかすでに遅れてるのだけど、出てくる言葉は遅れるとしか出てこない。
渋滞で止まったタクシーを降りて、待ち合わせ場所のホテルまで全速力で走る。
タクシーの根性なし!
映画みたいに片車輪で渋滞すり抜けるくらいやってみなさいよ!
バカバカバカ!
もう入江くんいないかも。
どうしよう、二度と待ち合わせに来てくれないかも。
こんなに遅れちゃって、あたし、あたし…!
そりゃ事情があったとはいえ、髪型はオウムから乱れまくってもうどんな髪型でも意味ないし、着替えを買う暇もないし。
一刻も早く入江くんの元へ急ぎたいのに、慣れないヒールで走るには道路事情悪すぎ。
転びそうになって猫の看板にぶつかりそうになる。
にゃにゃにゃ〜。
そんなこと書いてあるから、思わずマネしてしまうような口から意味不明の言葉しか出てこない。
今日は入江くんをキュンとさせようって、みんなが協力してくれたのに。
かわいいだけじゃダメなのよ!
最上級にかわいくないと!
結果を言えば、入江くんはそんなあたしでも待っててくれたし、過去最大級にかわいがってくれて、愛の証の指輪までくれて、出だしはともかく最高にハッピーな誕生日を過ごした。
* * *
「そんなこともあったわねぇ」
流行りの歌を聞きながらあたしはむふむふと思い出し笑いする。
「…ママ、不気味」
そんな辛らつな言葉を娘から言われたけど、別にいいもん。
だって、今日は入江くんがきっと盛大にあたしの誕生日を祝ってくれるはず。
そ、そりゃ準備と言えばお義母さんのほうが相変わらずすごいけど。
念のため、あれ以来外での待ち合わせはしない。
入江くんも相変わらず忙しいし、いざ何かあると呼び出されるし、完全なる休みなんて難しくなってきたけど、それでも(他の人の多大なる協力と猛プッシュのお陰で)ちゃんとお祝いしてくれる気にはなってるし。
「パパもさぁ、いい加減素直になればいいのに」
「そうよね!そう思うわよね!」
入江くんはさも嫌々そうにあたしの誕生日を祝う。
夫としてそれってどうなの?という態度。
別に高価な誕生日プレゼントをねだるわけでもないし、他に無茶なこと言ってるつもりもないんだけど。
「ねえ、ママ。この曲、フラれる歌なんだけど」
「最上級にかわいいのに?」
「…連絡しすぎって…ママみたい…」
「え、かわいいだけで生きてる歌じゃなくて?」
「ママ、歌混ぜすぎ」
「だ、だって、今のアイドルよくわかんないんだもの」
「まあ、わたしもそんなに区別つく方じゃないけど」
どの歌がどのアイドルグループなのか、結局よくわからないまま入江くんが帰ってくるのを待ち続ける。
どんどん時間は過ぎていくけど、入江くんは帰ってこない。
何か緊急事態が起きたんだろうな。
鳴らないスマホを置いてにらみつけている。
いったい何が起こったのだろう。
きっとあの時の入江くんもこんなふうに不安だったに違いない。
怒りさえあっただろう。
今日だって、勤務を替わってもらおうと思えばできないこともなかったけど、術後の不安な患者さんを放っておけなかった入江くんにいったい何の文句をつけることができるだろう。
もうあたしの誕生日も終わろうという深夜、ようやく入江くんが帰ってきた。
当然のことながら疲れ切っている。
入江くんが連絡もなく遅くなったというその事実だけで、家族は既に家でお祝いをしてくれて、後は入江くんを待つだけになっていたのだ。
入江くんは残してあったご飯を食べ、一方的なあたしの話を無言で聞き、遅くなったわけを言えることだけ言うと、さっさとお風呂に行ってしまった。
うん、これはもう寝るだけコースだななんて思って、あたしもあきらめて寝室に行く。
気づくと、入江くんがじっとあたしを見ていた。
もうベッドに入っていて、半分寝ぼけていたあたしはその気配だけでなんとなく見上げる。
「誕生日おめでとう。遅くなって悪かったな」
「ううん。お疲れ様」
「来年はちゃんと祝うという約束もできない」
「…知ってる。もう何年も入江くんの妻やってるから」
「じゃあ、また来年な」
来年、何事もなく誕生日を迎えられますように。
お互い少しずつ歳を重ねて、無事に一年を迎えられるのがどんなに幸せなことかわかってきた。
入江くんはあたしをそっと抱き寄せた。
「…おやすみ」
入江くんの体温で眠くなってきて、あたしはあくびをしながら言った。
「おやすみ」
瞼にそっと唇を当ててそう言ってくれた。
明日また起きる一日が、どうか幸せでありますように。
お互いのぬくもりが、心地よいものでありますように。
(2025/10/05)