イタkiss梅雨祭り2012企画拍手御礼話



ドクターNのお見合い1



彼は独身であることにこれっぽちも後ろめたさはない。
時々、伴侶がいてもいいなと思う出来事はあったが、近くのバカップルを見るたびにそんな気持ちがきれいさっぱりとなくなっていくから不思議だ。

「じゃあ、待ってるからね」
「…約束はできない」
「だって、久しぶりに一緒に帰りたいんだもん」

ナースステーションの片隅でこそこそと会話しているつもりだが、そんなの筒抜けだ。
この近くのバカップルというのがこれまたタチが悪い、と彼は思っている。
一方はベタぼれ感満載。
もう一方は面倒そうにしていながら、彼女に近づく男はすべて排除するほどの独占欲。それなのにそれを見せないという狡猾さ。
なのでいつも彼女が追いかけているように見えるが大間違いだ。
これで実は夫婦なのだから、世の中何か間違ってるとしか彼には思えない。
「ああ、いやだいやだ。
あれでいて頭の中は仕事を早く終わらせてやるかとほくそ笑んでるんだろうよ」
僕が思わずそうつぶやくと、隣でくすっと笑い声がした。
「傍から見ればわかりやすいのに、琴子ってばちっとも気づかないんですよね」
そう言って艶然とこちらを見たのは、きれいな顔立ちではあるが残念なことに性別は男な桔梗幹だった。
「それなのに、どうしてああいうやつがもてるんだろうね」
「ああいう人だからもてるんですよ」
「…じゃあ、何かい、ヤツのように頭の中では嫁ラブな独創的変態でもとりあえず態度と顔に出さずにツンツンしてればもてるのか」
「…そういうわけじゃ…あ…」
彼が憤然として振り返ると、そこには先ほどまで嫁と話していたはずの人物が立っていた。
顎でこき使えるはずの彼の後輩のはずだった。それなのに、その後輩は憤然とした彼以上に不機嫌そうな顔で言った。
「…聞いての通り、今日は妻と帰りますので、後の仕事はお願いします」
「おい、ちょっと待て」
皮肉気に唇を片方だけ上げてふんと笑ったその生意気な後輩は、引きとめようとした彼に言った。
「申し訳ありません。独創的変態らしいので、常識的な上司の言葉には従えなくて」
唖然とした彼を置いて、その生意気な後輩は悠然と去っていった。

くっ…どうでもいいとこだけいつも耳に入れやがって。
他の話は何にも聞いていないふりをするくせに。

「あ〜あ、怒らせましたね。
入江先生の琴子センサーは半端じゃないですから」
「…琴子センサー」
「琴子に関する話題だけは素早く確実にキャッチするんです。
その情報の中からいかに自分に不利益になるか、琴子に危険が及ぶかによって情報の取捨選択がなされるって噂ですよ」
「いや、普通だろ、それ」
「いえ、それが…たとえ琴子の話題が外科以外の場所でも反応するって噂ですもの」
「外科以外の場所…?」
「ええ。たとえばですね…と思ったんですが、これももしかしたらセンサー対象になるかもしれないのでやめておきます」
「…そこまで…」

つまり、僕の言葉はヤツのセンサーに引っかかったというわけか。

「いや、たとえ引っかかったとしても、一応僕は先輩であいつは後輩だろ」
「それなら断ればよかったじゃないですか」

そう、そうなんだよ。

彼は大きくうなずいたが、いつもなぜか有無を言わさない後輩の迫力に負けてしまうのだ。
だからこその生意気な後輩なのだが。

「ところで、入江先生の残した仕事の件なんですが、明日のオーダー、まだ半分残ってるのでお願いします」
「何でだよ!それこそあいつの仕事だろ」
「ええ、ですから、検査データが出てからしか出せない薬のオーダーばかりですけど」
「なんだよ、一番面倒なオーダーじゃないか」
「患者さんのためですから」
「ペーペーのくせして指導医をこき使うとは…」

文句を言いながらも彼は仕事に励むことにした。これでも一応仕事はちゃんとこなすデキル医師なのだから。
しかも仕事を始めてみれば、どれもこれも今朝彼がオーダーしておくように押し付けた申し付けた患者ばかりだった。
とりあえず黙々と仕事をする傍らにふと立った人物がいた。

「西垣君、ちょっといいかな」

ちょっといいも何も、教授に言われて逆らえる部下がいれば教えてほしいところだ。
彼は黙ってうなずいて、時計を見た。
教授にしては遅くまで残っているななどと思いつつ、彼はやりかけの仕事を終えて立ち上がった。
このまま医局にある教授室にまで連れられていくとなると、どうやら仕事上のミスではないらしい。
個人的な話だろうか。
彼はいやーな予感を抱えながら教授室に入っていった。

(2012/06/15)