いつも二人で




入江くんは相変わらず言葉少なで、しばらく歩きだしても黙ったまま。

「ねえ、入江くんてば」

あたしは不安になって入江くんに声をかけた。
入江くんはあたしを振り返って手を差し出した。
その大きな手にしがみつくように握ると、あたしたちはゆっくり歩き出した。

「ねぇ、何か怒ってる?」

入江くんはあたしを見て、少し笑った。
やっとほっとする。

「怒ってないよ」
「…よかった」
「まあ、店員の言いなりになってるお前を見てたら、変なもの買わされないかと心配したけど」
「そ、そんなことないもん」

確かに勧められるまま試着室に入ったあたしだったけど。
あのスカート、もう一度見たかったな。
それよりも、結局服は買ってないままだった。
…入江くんたら、いつの間に自分の服買ったんだろう。
ホント、要領いいのよね。

「ねえ、それじゃあ、どこかでお茶しよう!」

さっきから足が痛くて、少し休みたい気分だったのよね。
入江くんはあたしの顔をチラッと見て
「それなら、そこの喫茶店でいいな?」
と言った。

「うん!」

うれしくなって、すぐ傍にあったパーラーに入った。
コーヒーを頼んで注文したものがくると、やっぱり黙ってコーヒーを飲んでいる。

「ね、ねえ、さっき、何買ったの?何か気に入ったものあった?」

沈黙に耐え切れず、聞こうかどうしようか迷っていたことを聞いてみた。
入江くんは袋を差し出す。

「見て…いいの?」
「いいよ」

あたしは早速袋をがさがさと開け始めた。
ベージュの…あたしがいいなと思った色だ。
入江くんも気に入ったのかな?
ふふ、でも、似合いそう。
そう思いながら広げてみると…なんとスカートだった!

「こ、これ…」

あたしはスカートを握ったまま、思わずバカなことを口走った。

「入江くん着るの?」

入江くんはコーヒーを噴き出しそうな勢いで怒鳴った。

「お前のに決まってるだろっ」
「そ、そうよねぇ…。…え?!」

あたしは口をパクパクさせたまま、次の言葉が言えなかった。

「多分サイズはいいと思うけど?」

入江くんは素知らぬ顔で言った。

「あ…ありがとう、入江くん!」

ガッチャン!
立ち上がっったら、危うくコーヒーをこぼしかけた。
う、うわ〜。

「ったく、お前は」
「だって、だって、入江くんが服をプレゼントしてくれるなんて初めてよねっ?」
「お前が店員にいつまでも着せ替えをさせられてるからだ」
「それでもうれしい!」

うわ〜、入江くんが服を買ってくれるなんて思わなかった〜。
あたしはスカートを見ながら、ふと思った。

「でも入江くん…、サイズよくわかったね」
「ああ。それなら昨日も触ったところだし?お前のサイズくらい知ってるよ」

き、昨日?
さ、触ったって、触ったって…。
あたしは余計なことまで思い出して、慌ててスカートをしまった。
クールすぎる横顔が悔しいくらい。

「さ、帰ろうぜ」
「で、でも、もうちょっと…」
「…靴で足が痛いんだろ?いきなり新しい靴で歩き回るからだぞ」

そう言った入江くんの口調とは裏腹に、顔はなんだかとても優しくて。
なんだか、入江くんには何もかもお見通しって感じの一日だった。

「入江くん、また今度一緒にお出かけしてね?」

入江くんは何も答えずに手を差し出してくれた。
さっきも、あたしの足を心配してくれてたんだ…。
やっとそう気付いた。
あたしは入江くんの大きな手を握りながら、無言の優しさで胸がいっぱいだった。
こうしてずっと、入江くんと歩いていきたいな。
やっぱり、入江くん、だぁいすき。


 * * *


店を出ると、琴子は俺が怒っているのかとしつこく聞いてきた。
怒っているというより、まさか店員にやきもち妬いただなんてこと言えるわけがない。
鴨狩の件以来、自分が琴子に対して結構独占欲があるというのを自覚した。
きっと琴子はそんなこと思いもしないんだろう。
それに、先ほどからおかしいと思ったら、新しい靴で足を痛めているらしい。
どうでもいい事はすぐに口にするくせに、こういうことは黙っている。
あのT大入試のときのように。
俺に心配掛けまいとする。
手を差し出すと、うれしそうにしがみついてきた。
思わず速めていた歩みを緩める。

「ねえ、それじゃあ、どこかでお茶しよう!」

ゆがんだ顔で言われれば、何かおかしいことくらい気付くだろ、普通。
バカだな、琴子は。
目の前にあった喫茶店に入ることにした。
コーヒーを飲みながら琴子を見ると、俺の買ったものが何か知りたくてうずうずしているのがわかる。
琴子は俺が何を買ったのか知らない。
渡したらどんな顔をするだろう。

「ね、ねえ、さっき、何買ったの?何か気に入ったものあった?」

俺は予想通りの質問に笑いをこらえながら袋を差し出した。

「見て…いいの?」
「いいよ」

袋から出したものがスカートだと気付くのはすぐだった。
しかし、琴子はスカートを握り締めたままとんでもないことを言った。

「こ、これ、入江くん着るの?」

一瞬自分でもコーヒーを噴き出すかと思った。

「お前のに決まってるだろっ」
「そ、そうよねぇ…。…え?!」

琴子はやっとそれが俺からのプレゼントだと言うことに気付いたらしい。
顔を真っ赤にさせながら、口を開けている。
驚きすぎて声にならないらしい。

「多分サイズはいいと思うけど?」
「あ…ありがとう、入江くん!」

喫茶店中に響きそうな声を出しながら、立ち上がった。
テーブルの上のコーヒーが揺れる。
派手な音がしたものの、こぼれるのは免れた。

「ったく、お前は」
「だって、だって、入江くんが服をプレゼントしてくれるなんて初めてよねっ?」
「お前が店員にいつまでも着せ替えをさせられてるからだ」
「それでもうれしい!」

周りは何事かと視線を投げかける。
もう、そんなこと慣れたけどな。

「でも入江くん…、サイズよくわかったね」
「ああ。それなら昨日も触ったところだし?お前のサイズくらい知ってるよ」

一瞬何のことか考え、思いついた琴子は、あたふたしながらスカートをしまった。

「さ、帰ろうぜ」
「で、でも、もうちょっと…」
「…靴で足が痛いんだろ?いきなり新しい靴で歩き回るからだぞ」

喫茶店を出ながら、琴子の足が痛くなければこのままぶらつくのもたまにはいいかなと思っていた。
きっとこいつは俺が足のことを言わない限り、黙ってついてくるだろう。
とりあえず手を差し出した。
俺の手につかまりながら、ニコニコしている。
あまりにも琴子の機嫌がよくて、不気味なくらいだ。
それでも歩くには少し辛そうだったので、おぶってやるかと立ち止まった。

「おい、乗れよ」

背中を向けると、「えーっ!」と叫ぶ。

「いいから、さっさと乗れ」
「えっと、じゃ、じゃあ、お願いしまぁす」

遠慮がちにおぶさってきた。

「お、重くない?」
「…重い」

きっぱり言うと、落ち込んだのか沈黙。
おぶってると顔が見えないので、何を考えてるかわかりにくい。

「今日は、ありがとう、入江くん」
「…まだ終わっちゃいないけどな」

家の近くに来たとき、走り去った人影に見覚えがあった。
もうすぐで家に着くというそのとき、曲がり角からのぞくレンズ…。
家に入ろうとしたのを急にやめて曲がり角まで行くと、その持ち主に怒鳴った。

「おふくろっ、ばればれなんだよ」
「え?えー、お義母さん…」
「あら、イヤね、お兄ちゃんたら、目ざといんだから〜」
「ったく、何考えてんだ」
「記念すべきデートじゃない!いいでしょう、付いて行かなかったんだし、これくらい。
それに、おんぶで帰ってくるなんて思っても見なかったわ〜。
そうね、あの体育祭以来かしら?」

またもや妙な変装をしてビデオを構えていたおふくろに呆れながら、家へと入る。

「それじゃあ、今夜はゆっくりしてちょうだい、琴子ちゃん」
「え?あの?お義母さん?」

…部屋の中には、用意万端な夕食と、おふくろからの伝言の紙切れ。
『今度こそ赤ちゃんよ!お兄ちゃん、琴子ちゃん、ファイト!』
本当にあのおふくろと血がつながっているのかと思うと、頭が痛くなった…。
裕樹とオヤジも気の毒に。今夜はどこかへ泊まらされるんだろうか。
まあ、夜は長いし、たまにはおふくろの計画にのってやってもいいけど?

いつも二人で〜1000Hitキリリク〜(2005.03.02)−Fin−