いつも二人で




とあるファッションビルの半地下にそのお店はあった。
理美の言ったとおり、レディースとメンズの両方がそろえてある。
しかも店員さんはいい男ばかり。
あ、いや、もちろん入江くんほどの人はいないけど。
中には他に誰もお客さんはいなかったので、あたしたちが入った途端に二人の店員さんがにこやかに出迎えてくれた。

「どうぞ、ごゆっくり」

シンプルな色合いの服が並ぶ中、目に付いたのは赤の服。
結構赤の服は持ってるしなぁ。
秋らしく、もっとシンプルな色にしたいし…。
あ、あのベージュのスカート、どうかな。
手にとって入江くんの意見を聞いてみようかと振り返ると、入り口付近で辺りを見回している。
…そういえば、入江くんが服を買ってるのって、あまり見たことない。
いつもどうしているんだろう。
そんな風にボーっとしていたら、店員さんがあたしの顔を覗き込んだ。

「彼女はかわいい感じだから、こんなのどうですか?」

勧めてくれたのは、さっきあたしの目に付いた赤の服。

「え、えーと」
「いや、秋らしい服がいいよね〜」

もう一人の店員さんが、別の服を勧める。
こちらは茶の服。
秋らしくて、いい感じ。

「そうかな〜、僕はこっちのほうが彼女のかわいさが引き立つと思うんだよね」
「そ、そうですか?」

かわいいって言われちゃった〜。
と思って入江くんを振り返ると、相変わらずこちらのほうはあまり見てくれていない。
なんだか、自分の服を探しているみたい?

「この茶だって、彼女をキュートに見せてくれると思うよ〜」
「両方とも一度着てみる?」

赤と茶の服を差し出されて、あたしはどうしようかと迷った。
どちらも嫌いじゃないけど、どちらも選べない。
入江く〜ん…。
あたしがしきりと入江くんを振り返ってみているのが気になったのか、店員さんはあたしにささやいた。

「彼氏?へぇ、もてるでしょう〜?」
「そ、そうなんです」
「ここであっと言わせるのもいいよねぇ」

なんとなくだんだんその気になってきた。
それに、入江くんがだんな様だって言いそびれちゃった。
背中を押されて、試着室へ入らされる。
なんとなく流されるまま、試着する羽目になった。
それでも、ミュールを脱ぐと少しほっとした。
どうやら、新品を履いてきたのは失敗だったみたい。
少しすれている。歩けないほどじゃないけど。
一着目を試着してみる。
うん、赤のほうはサイズもぴったり。

「どうかな〜?」

外から店員さんの声がする。
…出なくちゃダメかな?
顔だけ扉から顔を出すと、店員さんに手をつかまれて外へ出された。
店員さんが3人であたしを囲む。

「いやー、赤が似合うね〜」
「うん、ほんとほんと」
「茶もきっと似合うよ」
「えへへ、そうですか?」

少し気分よくなって、もう一着のほうを試着する気になってきた。
入江くんはなんだか少し不機嫌そうにあたしの姿を見る。
…気に入らないのかな?
あたしは慌てて扉の中に戻ると、茶の服のほうを着てみた。
サイズは悪くないけど、少し胸元開きすぎな気も…。
入江くん、見てくれるかなぁ。
同じように扉から顔を出すと、入江くんの姿が目の前にあった。

「い、入江くん」

少し驚いて、胸元を隠すように立つ。

「似合わない、着替えろ」
「へ?」

有無を言わさず再び試着室の中へ押し込まれた。
…やっぱり胸が少し足りないからかな。
あたしは少々暗い気持ちで茶の服を脱いだ。
ぼんやりした顔が試着室の鏡に映る。
いいもん、入江くんが似合わないって言うなら、やめる。
あたしは涙ぐみそうな顔を笑顔に戻して、元の自分の服を来て試着室から出た。
店員さんは一人を除いてどこかへ行ってしまっていた。
店員さんは優しげにあたしを見て笑う。

「行くぞ、琴子」
「え?だって、服…」

入江くんは自分の服を買ったのか、すでにお店の袋を抱えている。
あたしは入江くんに押されるように、店から出た。


 * * *


琴子に連れられるまま、ファッションビルの半地下の店へと入っていった。
中に入ると、店員は男ばかり。
レディースだけかと思いきや、メンズも置いてるらしい。
琴子は目を輝かせて服を見回している。
最近服を買いに来る暇もなかったので、適当にメンズの服を見て回った。
店員は皆俺より若いか、同じくらいだろう。
早速琴子を囲んで服を勧めている。
どうやら赤と茶の服を勧めているらしい。

「彼のほうは、モデルさんみたいですねー」

お世辞なのか知らないが、隣に立っていた店員の一人がそう言ってジャケットを勧める。
それを一瞥して、断った。
そのうち、店員の声が耳につくようになった。

「そうかな〜、僕はこっちのほうが彼女のかわいさが引き立つと思うんだよね」
「そ、そうですか?」

琴子は、店員に言われて単純に喜んでいる。
なんとなく自分でもイライラしてくるのがわかった。

「この茶だって、彼女をキュートに見せてくれると思うよ〜」
「両方とも一度着てみる?」

イライラしながら、他の服を見る。
どちらかと言うと、琴子にはあんな感じの色のほうが似合うと思う。
そう言ってみようかと思ったら、すでに琴子は試着室の中だった。
あいつはすぐに人に流されやがって…。
普段は猪突猛進なくせに、おだてあげられるとすぐに調子に乗る。
試着室を出てきた琴子は赤の服を着ていたが、すぐに店員3人に囲まれた。
…似合わないわけじゃない。
多分、琴子がちやほやされるのを見るのが、俺にとって気に入らないだけだというのはわかっている。
せめて女の店員だったら、もう少し心穏やかに見ていられたかもしれない。
そう思う俺は、もしかしたら琴子以上の独占欲の塊なのかもしれない。
琴子は俺の視線に気づくと、慌てて試着室の中へ戻った。
おそらく俺の不機嫌な様子を見て慌てたんだろう。
次はあの茶の服か…。
俺は店員をどかすように試着室のそばへと移動し、琴子が着替えて扉を開けるのを待ち構えた。
扉が開くと、琴子は目の前に俺がいるのに驚いた様子だった。

「い、入江くん」
「似合わない、着替えろ」
「へ?」

琴子は戸惑った様子だったが、有無を言わさずもう一度試着室の中へ押し込んだ。
あえて胸の開いた服を着て、ない色気を振りまく必要もないだろう。
どうしてもと言うなら、もっと琴子らしい似合う服があるはずだ。
あっけにとられている店員の一人に、先ほど目をつけたスカートを見せてくれるように頼む。

「サイズはこれでよろしいですか?」
「もう1サイズ下を…」
「はい、それならこれで…」
「…包んでください」
「はい、ありがとうございます」

店員は納得したように品物を袋詰めした。

「かわいらしい彼女さんですね」

会計を済ませて、袋を渡す際に店員は笑って言った。

「…妻ですよ」
「え?ああ、そうなんですか。あまりに仲がいいので…」
「…そんな風に見えますか?」
「ええ、もちろん」

琴子が着替えて試着室から出てきた。
すっかりしょげ返っている。

「行くぞ、琴子」
「え?だって、服…」

まだ少し未練を残しながらも、琴子は俺の後を追って店を出てきた。


To be continued.