Can you celebrate?



27772Hit御礼キリリク るる さま


side 琴子

幸せな夢を見た。
入江くんがあたしと結婚してくれるって。
え?沙穂子さんじゃないの?
あたしと?
あたしはニコニコしながら目覚めた。


「琴子ちゃん、これから忙しいわよ!」

朝目覚めると、おばさんが張り切ってあたしの部屋に入ってきて言った。
ベッドの上で寝ぼけ眼のあたしには、何のことやらさっぱり。
ただ幸せだった夢の記憶。
あたしはにっこり笑った。



side 直樹

「もう、お兄ちゃんたら、意気地がないんだから。男として情けないと思わないの?」

俺の顔を見るなり開口一番、そう言ったおふくろ。
他人の若い女を預かっているとは思えない言動。
幸い琴子はまだ起きていない。
新聞をたたむとネクタイを締めなおし、出社の準備を始める。

「あのままいっちゃえば…」
「いーかげんにしろよっ。
ビデオ抱えてる親の前でそんなことできるやつがいたら、ぜひとも紹介してほしいねっ!」

俺はそれだけ言って、玄関へと急ぐ。
俺と琴子をくっつけようとしたおふくろの常軌を逸した言動に、何もしていないのに朝から疲れる俺。

「わかったわよ。お兄ちゃんがその気なら、私にも考えがありますからね」

昨日雨に降られたせいか、少し寒気がする。
いや、気のせいか?
おふくろが背中で宣言した言葉のせいか?
どちらにしてもろくなことになりそうにはない。
俺はそう確信した。



side 琴子

雨があがった次の日は、いつもより倍以上に全てが輝いて見えた。
入江くんが、あたしのこと好きなんだって!!
みんなにそう大声で言って回りたいくらい。
雨の中、あたしを抱きしめて言ってくれた言葉、キス。寝る前にくれた言葉。
それが嘘だったかもって思いながら目覚めた。
おばさんが昨日のビデオを朝から繰り返し見ていたから、ようやく信じることができた。
いつの間に撮ったんだろうって思ったけど、間違いなくあたしたちが両想いになれた証拠だよね、これ。
入江くんが見たらきっと怒るだろうなぁ。
一人で思い出し笑いしながら大学へ行った。

大学へ行って、理美やじんこに事の次第を報告した。
もちろん凄く驚いていたけど、あたしだってまだ信じられないくらいだから無理もないかも。
それに朝起きたら入江くんはとっくに会社に行っていて、顔を合わせることもなかったし。
大学の掲示板には、すでにおばさんの手によって昨日のことが貼りだされていた!
は、はやいっ。
でも周りの反応は、またか…という感じで、誰も何も信じていない。
救いは理美とじん子だけだわ。
そして、もう一人…。

きっと金ちゃんはわかってる。
でも、あたしの口からちゃんと言わなきゃ。
そう思って食堂に行ったけど、金ちゃんはいなかった。今日は休むと連絡があったらしい。
あたしは少しだけほっとした。
言わなきゃいけない。でも、顔を合わせるのがつらい。
今まで金ちゃんが付き合ってくれたこと、あたしは本当に感謝している。
金ちゃんとならうまくいくかもって。
それなのに、あたしは自分からそれを壊してしまった。
もちろんわかってた。
入江くんを忘れたくても忘れられなかったこと。
金ちゃんもわかっていたかもしれない。
それを、あんな形で突きつけたこと。
もう、友達には戻れないのかな…。



side 直樹

昨日の今日でなんだったが、沙穂子さんを呼び出した。
俺の顔を見て、沙穂子さんはうれしそうに笑った。
この笑顔を曇らせることになるんだろう。
どうしようもない。もうすでに俺は決めてしまった。
申し分のない人だったが、琴子にはかなわない。
なぜ?と聞かれたら、どう答えればいいだろう。

「婚約を破棄にしていただきたいのです」

俺の言葉でその笑顔も凍った。

「婚約を、破棄に…」

呆然とそうつぶやいてから、立ち上がりかけた腰をもう一度下ろした。

「許してもらえるとは思っていませんが、自分の気持ちがごまかしきれなくなって…」

俺は正直にそう言った。
それがせめてもの誠意。
俺は気づいてしまった。
自分の気持ちに。
そして、その気持ちの強さに。
ごまかしきれないその想いを。

「…琴子さんね」

彼女は俺の言葉にあきらめの言葉を口にした。
琴子に対する気持ちに気づいていたようだ。
本当の自分を見せた相手、それは沙穂子さんではなく琴子だったということ。

「…殴ってもいいですよ、俺のこと」

そんなことで彼女に対する罪悪感が消えるなら。
俺は自分勝手だとわかっている。
本当はそんなことで彼女の想いが消えるわけじゃない。
ただ俺が楽になるだけだ。
それでも、彼女が少しでも俺を吹っ切ってくれるなら、殴られるくらい、たいしたことじゃない。

「そんなことできちゃえば、もう少し琴子さんと戦える自信もあるのに」

ああ、そうかもしれない。
琴子なら、こんなとき殴るかもしれない。
思いっきり俺に対してののしりの言葉を吐くだろう。
自分に対して正直で、そして隠しきれないその想いを。

「おじい様には私から言っておきます。さよなら、直樹さん」

彼女は、甘い香りを残して去って行った。
俺は自分の選択を後悔しない。
それでも彼女に対しては申し訳ないと思う。
一生愛そうと努力はしただろうが、きっと愛し切れなかっただろうから。
彼女は俺じゃなくても愛せるだろうが、俺には無理だ。
たとえ琴子のことを吹っ切っていたとしても。

彼女が去った後のレストランは、やけにざわめいて聞こえた。
それはこれから起こることの前触れか。
俺の周りだけが静かに熱を帯びていく。
外は雨上がりでまぶしい。
そろそろ昼の喧騒も終わりに違いない。
こんなときでも琴子の顔が思い浮かぶ。
泣いた顔、怒った顔、そして昨日の熱に浮かされたような艶めいた顔。
思わずキスをするほどに。
頭を振って立ち上がる。
こんな昼間のレストランで思い浮かべるような顔じゃない。
これから大泉会長宅に謝りに行かなければならないと言うのに。
自分の気持ちに気づいた俺は、同じ家でいつまで我慢できるだろう。
今までわずらわしかった距離が、今度はもどかしい距離になってしまった。
触れることはできても、触れてもいいのかわからない距離。
あいつの中身はまだ子ども並だから、いきなりひとっとびにいってしまえば怯えるかもしれない。
いきなり気づいた気持ちの重さは、丸ごとぶつけるには少し重過ぎる。
それでも、それを受け入れる器があるのなら、俺は迷わずぶつけてしまうだろう。
料理を運んできたウエイターに、金は払うので料理を下げて欲しいことを頼むと出口へと向かった。
今夜から少々気が重い…。
ビデオを抱えて俺たちの周りをうろつくおふくろと、とって食われはしないかと緊張する琴子。
そんな光景が容易に想像できるからだ。
とって食いたいのは山々だが、それをお膳立てしてもらうのも気が向かない。
邪な考えに、外の光はまぶしすぎるくらいだった。


(2006/12/05)


To be continued.