Can you celebrate?




Side 紀子

ああ、本当に嘘じゃないでしょうね。
あの雨の日から私は何度そう思ったことか。
それにしても、さすが私の息子だわ。
そうよ、最初から私は思っていたのよ。お兄ちゃんに合うのは琴子ちゃんなんだってこと。
それなのにあの小娘と見合いなんかするから話がこじれて…。
でも、ま、結果的にそれが刺激となって琴子ちゃんが大事だってわかったんだからもういいわ。
それでもその話を収めに行くのに、私とパパは冷や汗かきながら大泉会長のところに行く羽目に。

「こ、この度は直樹が真に勝手なことをしでかしまして、な、なんとお詫びをしていいやら…」

パパと二人で大泉会長に頭を下げた。
こんな謝罪ならいくらでもすると言ったけれど、やっとパパの心臓がよくなったところなのに、また発作が起きやしないかと不安になった。

「沙穂子がねー、すっかり落ち込んでしまっているのだよ。忍びなくてなぁ」

ただひたすら頭を下げる。
もちろん彼女は悪くない。
悪いのはうちのお兄ちゃんなんだから、それも仕方がない。

「いったい直樹くんは、沙穂子のどこが気に入らんかったと言うのかね!」

社長の言葉に

「ありません」

と、妙に落ち着いた聞き慣れた声がした。

「直樹くん!」

親がこれだけ冷や汗をかいているというのに、どうしてそれだけ落ち着いていられるのか、わが息子ながら小憎たらしいほどだわ。

会長は怒りをぶつけようと振り返ってお兄ちゃんを見た。

「沙穂子さんは完璧な女性ですから」

ま、まあ、確かにね。
それは認めるわ。

「じ、じゃあ、何故だね?」

大泉会長は納得できないようだった。
まあ、かわいがってる孫でしょうから、それもわからないではないけれど。

「欠点だらけだけど、沙穂子さん以上に好きになってしまった娘がいます」

よく言ったわ!!
さすがよ、さすがお兄ちゃんだわ!
確かに琴子ちゃんはおっちょこちょいなところはあるけれど、お兄ちゃんにはああいう女の子じゃないとダメなのよ。
彼女相手じゃ、面白みのない人生を送る羽目になるわよ、きっと。

「あの娘かね。君のことを自慢げに話していた、あの女の子の事かね」
「ええ」

まあ、どうでしょう。
お兄ちゃんたらバカに素直で気味が悪いほどじゃない。
これも琴子ちゃんのおかげかしらね。

大泉会長は息を吐いて驚くことを言った。

「まぁ、なんとなくわかっていたんだがな。君があの娘に惚れとるのは」

「えーーーーっ!わ、わからなかったわー」

思わず叫んだ私に、ちらっとあきれたようにお兄ちゃんが視線をよこした。

わかるわけないでしょう。
いつも琴子ちゃんいじめてたじゃないの。

と、そこまで言ってはたと気がついた。
…なんだ、あれかしらね。
好きだからいじめるってやつ。
…全くお兄ちゃんてば、小学生じゃないんだから。

そして、話はいつの間にか大泉会長がお兄ちゃんを信用して援助を続けると言う話に。
会社の危機もこれでやっと落ち着くわね。

ほっとして家に帰りつくと、パパが仕事に復帰するって宣言。
きっと今日のことで責任を感じてるんでしょうけれど、まだ早いんじゃないかしら。
それでもパパはきっぱり言ったのよ。

「大学に戻って医者の勉強しなさい」

それにね、会社はどうするんだって心配したお兄ちゃんの言葉に、裕樹が言ってくれたの。

「僕がパパの会社継ぐよ」

そ、そうよね。
裕樹はまだ小学生だけど、別にお兄ちゃんじゃないといけないってわけじゃないし、これで万事うまくいくはずだわ!
うれしくて喜びに浸ろうと思った矢先に

「あと一つ残ってるよ」

と言うため息交じりのお兄ちゃんの声。
…いったい何が残ってるって言うのよ。

「出かけてくる」

そう言い残してお兄ちゃんは出かけてしまった。
問い詰める暇もありゃしない。
全く愛想のない男よね。
でも、まあ、いいわ。とにかく琴子ちゃんと結婚してくれるって言うんだから。
さあ、忙しくなるわよ〜。


 * * *


まずは式場っと。
それこそたくさんの人にお祝いして欲しいから、会場はうんと大きくなくっちゃね。
それから、白無垢もいいけど、正直お兄ちゃんの羽織袴姿はあまり見たくないわね〜。
まあ、お兄ちゃんはどうでもいいのよ。所詮花婿は添え物。
主役はやっぱり花嫁ですからね〜。
それに琴子ちゃんには、絶対真っ白なウエディングドレスが似合うと思うの。
私は思いつく限りの式場をピックアップして、まずは電話をかけることにした。

式場にはパパの会社をちらつかせて、一番大きな会場を一番早い大安吉日にって条件をつけた。
今後記念のパーティにはそちらを使うって言ったら、オーナー直々にすぐに手配しますと返事があった。
早速担当の方が家に来て、まずはプランを大まかに決めて、細かい打ち合わせは翌日にでもまたホテルに行くと言うことで落ち着いた。
やりたかったことを満載にしてもらって、私は天にも昇る気持ち。
前々から琴子ちゃんとお兄ちゃんが結婚したら…って、何度も何度も夢に見て計画してたことがいよいよ実行されるときが来たのよ。
きっとお兄ちゃんは文句を言うでしょうけれど、そこはうまく当日に明かすことにして、計画だけ進めちゃえばいいのよ。
なんだかんだと言ったって、お兄ちゃんだって琴子ちゃんの花嫁姿を見たら
文句なんて言うはずないわ。
ああ、夢の計画まであともう少しね!



Side 直樹

能天気なおふくろは、もう何もかも終わったかのように浮かれている。
俺にはまだ伝えなければならないことがもう一つあった。
今ここに琴子がいない理由。
きっと金之助のところに違いないから。

「金ちゃん」

仕込み中のふぐ吉に入る寸前に琴子の声が聞こえた。
ゆっくり戸を開けると、金之助は聞く耳持たずで琴子の言葉から逃げていた。

「悪いけど帰ってんか、琴子…」

琴子の言葉を拒絶する金之助の背中に俺は声をかけた。

「金之助、話があるんだけど」
「入江く…!」

琴子が驚いて振り返った。
俺が来たのが意外らしい。
それには構わず引きつった顔の金之助に言う。

「悪いけど出られない?」

ここでは店の邪魔になるから…と思ったのだが、金之助が素直に応じるわけがなかった。

「お…おまえに話なんかないわい。店のジャマや、はよ帰れ!!」

…わかるよ、金之助。
俺だって同じだった。
通じない想いにいらだって、誤魔化して怒鳴る気持ちは。
だからこそ、俺ははっきり伝えに来たんだ。

「琴子、もらうぞ」

何事かと店の奥から出てきた琴子のお父さんも周りにいた従業員も、そして琴子も一瞬にして固まった気がした。

「あんたには悪いけど、俺が琴子と結婚する」

皆が固まった中、金之助はいち早く覚醒した。

「あ…あほなこと言うな!散々琴子に冷とーしとって、何言うてんねん、今さら。そんなもんおれが許さへんで!」

もちろんそれはわかってる。
十分に勝手だと承知してる。
それでも、琴子は渡せない。

「金ちゃん!」

おれが言葉をつなぐより早く、琴子が叫んだ。


(2006/12/29)


To be continued.