はじめに



これは、テレビドラマ「救命病棟24時」のパロディです。
多分これから先の話は震災に関するさまざまな出来事が出てきます。
実際の現場よりも軽く書いておりますが、それはあくまでイタKissの救命病棟バージョンだと思ってください。
そして、これはテレビドラマを基にした架空の話です。誰かをモデルにした話ではありません。
決して震災被害を揶揄するものではありませんが、これを読んで不快に思う方がおりましたら読むのをおやめください。
作者の個人的事情もありますが、ここでは詳細を差し控えます。
逡巡しながらも書いた思いを汲み取っていただければ幸いです。

ここまで前書きを読んでいただきありがとうございました。
もしこれから先震災が起きて被害にあっても、いつか立ち上がれる日が来ることを信じています。
これは作者の祈りであって、願いでもあります。












いつもと変わらぬ日常。
それを愛して止まない者はたくさんいる。
そして、それに気づかない者も。

いつもと変わらぬ日常が崩れたとき、本当に愛していたものをその手に残すことができるかどうか。
…それは神様でもなければわからない。


何度でも



1月9日、午後12時30分。

その日の琴子は日勤で、職員食堂で直樹の姿を今か今かと張っていた。
もちろんお昼時にきちんと昼食を取れるとは限らないが、会えればラッキー。残りの半日が気分よく過ごせるというものだ。

混雑する職員食堂で、琴子はきょろきょろと見回していたが、やがて運よく食堂の入口に直樹の姿を見つけた。
カウンターで食事の注文をしている間にすかさず近寄り、「い〜り〜え〜くん」と顔をのぞかせた。

直樹はそんな琴子には目もくれず、注文の品を受け取って会計へ。
一緒にトレイを持って立っている他の医師のほうが、気を使って笑顔を返した。
もちろんそんなことにめげる琴子ではなく、その態度すら当たり前としてさらににじり寄る。

「あのね、入江くん、今日は一緒に帰れる日よね?」

黙って会計をして、そこでやっと自分の視線の下にある琴子の顔を見た。

「…の予定であって、どうなるかわからない」
「うん、わかってる」
「…で?」
「今日はね、お父さんがふぐ吉で皆でご飯食べようって」
「…へぇ、珍しいな」
「うん、でしょ?」
「ふぐなら悪くない」

そこまでの会話を聞いて、傍に立っていた医師が言う。

「いいなぁ、ふぐかぁ。俺も食べたいなぁ」

途端に直樹の視線がその医師へ。

「…ま、まあ、俺は別の日に…し、しよう」

琴子はその医師が何を恐れたのかちっとも気づいていないが、そそくさと空いている席へ移動する姿を見ていた。

「じゃ、帰りにな」

そっけなくそれだけ言って、他の医師が移動した席へ直樹はさっさと行ってしまった。

琴子は追いかけて一緒に食べようと思ったが、残念ながら自分の昼食はもう食べてしまったし、休憩時間もそろそろ終わりだった。
名残惜しそうに視線を残しながら自分が座っていた席へと戻った。
他の同僚看護師が声をかける。

「琴子、今日は一緒に帰るの?」
「うん、お父さんの店に行くの」
「ああ、ふぐ吉ね。おいしいのよねぇ」
「ありがと。皆でまた食べに来てね」
「…そんなにしょっちゅう行けないわ」
「いいわね、入江先生と食事かぁ…」

夢見る同僚は置いておき、琴子は午後の仕事に行くべくトレイを持って立ち上がった。
とりあえず帰りの約束は取り付けたのだから、と。


1月9日、午後6時20分。

すでに玄関で30分くらいを過ごしていた。
琴子自身も看護記録が進まず、何とか悪戦苦闘して仕上げたのが午後5時45分。
もしや直樹を待たせていないかと慌てて着替えて、いつも待ち合わせ場所にしている玄関に来たのが午後5時50分過ぎ。
直樹はいつも仕事の処理は速いが、何せ仕事は次から次へと出てくる。どこで区切りをつけるかが一番のポイントだった。
お義父さんやお義母さんとの約束の時間は午後6時30分だったから、どう頑張っても間に合わない。
それでもちゃんと待っててくれるだろう。
そう思いながらもう一度時計を見たとき、真っ直ぐこちらを見ながら歩いてくる直樹を見つけた。

「入江くーん!」

直樹は必要以上に大きな声で呼ぶ琴子にも動じず、そのまま駆け出すわけでもなく歩いてきた。 そんな直樹だったが、病院内ではともかく、街中ではさすがにやめてほしいとも思う。
第一、子どもたちが頼むからやめてほしいと懇願する始末。
歩いてきた直樹に当然のように腕をつかんで仲良く歩き出した。
ふぐ吉までは30分ほど。琴子はその短い時間でデート気分を味わうことにしたらしい。

「お義母さんたちに少し遅れるって電話しておいたけど、今から行くってもう一度電話しておくね」

そう言って携帯電話を取り出した。
ところが電話をかけ始めてすぐに何度か携帯電話を操作している。

「どうしたんだ」
「うん、何回かけてもすぐに切れちゃうの」
「電波状況が悪いんじゃないか」
「そうかも」
「連絡は一度したんだろ」
「うん」
「それなら大丈夫だろ」

携帯電話のアンテナはしっかり立っている。
繁華街で駅前で、電波状況が悪いなんてことは考えられなかったが、そのまま琴子は忘れることにした。
なんと言っても直樹と一緒に歩いているのだし、皆の待っている店にはすぐに着くだろうから。
歩きながら今日あった出来事を楽しそうに話す琴子に、生返事ながらも同じように歩調を緩めて歩く直樹だった。


( 2007/05/31)


To be continued.