この話を読む前に
この話は時代劇パロディです。 江戸期幕末近くの江戸を舞台にしています。 しかし、作者が素人なため、なんちゃって時代物になっております。 可能な限り雰囲気は保つようにしておりますが、知識が浅はかなため、おかしな部分があってもそんなものだとスルーしてくださると助かります。 時代物が苦手な方や、江戸物は読んだことがないので用語がわからないという方もいらっしゃると思いますが、これも可能な限り読みやすいようにしております。 あくまで登場人物はイタkissのキャラなため、名前や言葉遣いが合わない部分もあるでしょうが、それも飲み込んでお読みくださいますようお願いいたします。 それから、この話では死人が出ます。イタkissキャラではない全くのオリジナル人物ですが、イタkissの二次で殺人や死人なんて、と思われる方は、読むのをお止めください。 |
花のお江戸は八百八町。
お江戸の通りは今日も砂ぼこりと共ににぎやかに人々が通り過ぎていく。
「あー、暑い、どうして朝からこんなに暑いかしらねー」
少しでも砂ぼこりを防ごうと、朝から女中のおもとが店の前に水をまいていた。
「おもとちゃん、終わったらこちらへお願いね」
「はい、おかみさん」
小間物問屋の店先でせっせと水をまき終わったおもとは、おかみの言うとおりに店の中を掃除し始めた。
どうやら今日は少しばかり勝手が違うようだ。
「そうだねぇ、あちらのお嬢さんにはこちらも良く似合うと思うから、これも一つ持っていってみようか」
「ぜひそうなさいませ。良い商いができるとよろしいですわね」
店の主に向かっておかみがうなずいた。
今日は武家屋敷にお伺いに行く日だった。
粗相のないように万事を整えて行かなければならない。
おもとは主夫妻のやり取りを横目で見ながら、今日はお店を離れることのないようにしなければと思うのだった。
もちろん店には頼りになる番頭もいるが、厄介ごとはなぜか主がいないときに限って起こるものなのだ。
* * *
「先生、
昨夜遅くまで書物を読んでいたせいか、妻の呼び声にもなかなか起きずに布団の中で寝返りをうった直樹は、可愛らしく揺すり起こされるまでわざと眠っていた。
「もう、先生、いい加減に起きてくださいまし」
可愛く揺すり起こされるどころか、予想外に布団をはがされたのを機にようやく
「おはようございます、先生」
「…おはよう、お琴」
「さ、早くお食べになってその
てきぱきと動くお琴につられて朝餉の膳の前に着くと、相変わらず少しだけ焦がした飯と少ししょっぱい味噌汁が待っていた。
それらをいつものとおり文句も言わずに平らげると、早速髪結いが来たようで、縁側に座りながら髪を直してもらう。
「かねてから行方のわからなくなっていた南蛮人が江戸に入ったようです」
そう言って髪結いのお真理がお琴にわからないようにささやいた。
黙ってうなずくと、あとはお真里も世間話をしながらさっと髪を結い直した。
本来なら髪結いを呼ぶなど贅沢なことはしない性質なのだが、先代の縁で今もなおこちらにも来てもらっているのだった。
「先生、先生、もう患者さんがお見えになりましたよ」
相変わらず騒がしいお琴がそう言って部屋の中を駆けてきた。
何度言っても結婚する前からどたばたと騒がしい。
それもまた苦笑いしながら許してしまうのだから、結婚前の気難しさとは違う様子にお真里も当初は驚いたものだった。
「それでは、先生、また」
そう言ってお真里は帰っていったが、代わりに朝一番で患者がやってきたようだ。
どうやら今日も腕のいい医者である直樹の元には患者が山ほど押しかけてきそうだった。
「先生ってば」
「わかったからわめくなっ」
直樹はそう言いながら患者のいる部屋に行くのだった。顔にはいつものしかめ面を乗せながら。
* * *
「殺しですかね」
裏長屋の掘割から引き上げられた
まだ息のあるうちに投げ込まれたかどうかはわからない。
「おい、
手下が駆けていくのを眺めた渡辺は、黒羽織を暑そうに翻した。
しばらくして手下が連れてきた医者は、相変わらず恐ろしくきれいな顔立ちで亡骸を見つめている。鋭く見つめるその眼差しは、それだけで通りすがった者を二度見させる。
躊躇することなく傷や顔や身体を見ていき、ようやく手下が差し出した手ぬぐいをありがたく受け取って手を拭った。
「どうやら一太刀でばっさりのようですね」
「やはりそうか」
もちろん亡骸が斬られたのはここではないことは察しがついている。あまりにも流れ出た血の量が少ないからだ。
身なりは良いことから、浪人の類でもないらしい。
しかしさほど金回りが良いとも思えない。
そして、何故わざわざこんな裏長屋まで運ばれたのか。
「後で詳しい書き付けを届けさせます」
それだけ言ってさっさと帰ろうとするので、思わず渡辺は声をかけた。
「お琴ちゃんは元気かい?」
それまで顔をしかめていたこの気難しい医者は、ようやく顔を緩ませて答えた。
「不必要なほどに元気ですよ」
今では同心と医者になった二人だが、かつては同じ手習いと道場に通った仲である。
直樹は家業の店を継ぐものだとばかり思っていたが、ある日突然医者になると長崎くんだりまで留学してしまった。
元々優秀な頭の持ち主だったが、外科技術まで身につけて帰ってくると、いつの間にか父の親友の娘だという嫁までもらっていた。
顔も頭もいいが少々性格に難ありだと思っていた友人が、まさかあんな朗らかで陽気な娘を嫁にするとは思っていなかった渡辺である。
「また近いうちに寄らせてもらうよ。お琴ちゃんによろしくな」
去り際に「伝えておく」と言ったまま、振り向きもせずに帰っていく直樹を、渡辺は笑って見送ったのだった。
* * *
「やれやれ、すっかり遅くなったなぁ」
駕籠の中からそう言ったのは、小間物問屋佐賀屋の主だ。
側には店の手代が付き添っている。
武家屋敷に行ったものの、商いは武家の都合次第。
散々待たされたが、それなりのよい取引はできた。
提灯の明かりが揺れる中、どさりと佐賀屋の主が乗る駕籠の前に一人の女性が倒れこんできた。
駕籠屋は驚いたが、客を乗せている手前、大きく駕籠を揺らすことなく止まった。
「何が起こったのかね」
駕籠屋の様子からは夜盗ではないようだし、と主が駕籠から顔を出してみると、手代が倒れた女性を介抱しようと近寄ったところだった。
女性はひどく衰弱しているようで、暗い中でも一際顔色が白く見えた。
「こちらへ乗せなさい。
それから、このまま直樹のところへ寄せなさい。
なあに、私はまだまだ十分歩けるよ」
そう言って人のよいふっくらとした顔を手代に向けて微笑んだのだった。
(2012/08/16)