大江戸蝉時雨



15


お栗が見えなくなった後、直樹はしびれを切らしたように言った。
「帰るぞ」
「あ、先生」
思い出したように振り返ったのが気に入らなかったのか、直樹は不機嫌だった。
帰りはどのような乗り合わせで帰るかとなったとき、おもとはぜひと主張して西垣の操舵する舟に乗りたがった。
しかし、大泉屋が手配してくれた舟のお礼と直樹とお琴を送り届けるのを見なければというお智の提案に、しぶしぶうなずいた。
「じゃ、適当に帰るから」
そう言って西垣とお智はさっさと二人で舟に乗り込んだ。
「…では帰りますか。まずはご隠居の別宅へ」
おもとは仕方なしにそう言った。
直樹は不機嫌なまま舟に乗り込んだ。
それに比べてお琴は上機嫌だ。
不機嫌な直樹など慣れっこになっているからかもしれない。
気まずい思いでおもとも乗り込んだ。
舟が動き出して西垣の舟と離れると、お琴は無邪気に言った。
「お栗ちゃんとちゃんとお別れできて良かった。
それにしても、このお江戸に異国の人が大手を振って歩ける日なんて来るのかしらね、先生」
不機嫌さをものともせずにお琴が直樹に言った。
「さあな。世の中は嫌でも変わるし、俺たちだっていつまで生きてるかわかんねぇし」
「やだ、先生、そんなこと言っちゃ」
「ったく、相変わらず無茶しやがって」
「…だって、先生が心配だったんだもの」
「俺の心配よりおまえのほうがもっと危ないだろうが」
「うん、そうだったかもしれないけど、その時はそんなこと思いつかなかったのよ」
「おまえに何かあったら…」
おもとは二人の前に座っているが、非常に居心地の悪いものを感じていた。
要するにこの先生は、再会して真っ先にお琴がお栗に抱きついたのが気に入らなかったのだと思われた。
当然自分に抱きついて再会を喜ぶものだと思っていたのに、お栗が邪魔をしたようになって二人で別れを惜しむために抱き合ってしまった。
もちろんその場ではお栗との別れを惜しむのも当然だと気持ちを抑えていたものが、ようやく二人きり(おもとと船頭がいるのでもちろん語弊があるが)になった途端に、たがが外れたというわけだ。
つまり、この不機嫌さは、自分が一番じゃなかったことに対するものだというわけだ。
「あのままあそこで会えなかったらどうするつもりだったんだ」
「絶対会えるって思ってたもの」
おもとは背中で二人のやり取りを聞きながら、お琴が何故そのことに気がつかないのかと歯噛みする思いだった。
できることなら早く気づいてほしいところだ。
直樹もお琴にわかるようにはっきりと言えば済むことなのだが、この場では絶対に言わないだろう。
なので、おもとは背中越しの会話を聞きながら冷や汗が流れるのを止められなかった。
できればご隠居宅に着くまでにその不機嫌さは直ってほしいが、直ったらどういうことになるのか、もはや想像するにも恐ろしかった。
そして、今、あっさりとお琴の言葉によってその想像するにも恐ろしい状態になりつつある。
早く、早くご隠居宅に着いてくれないかとおもとは思った。
少しだけ咳払いしてみた。
「おもとさん、風邪なの?」
振り向くことなくおもとは答えた。
「え、ええっと、ちょっと詰まっただけです」
気づいてもくれない。
しかし、勘のいい直樹は気づいたのか「そりゃ風邪のひき始めかもしれないな。後でたっぷりと薬湯でも…」と嫌味たっぷりに言った。
「そうね、後で薬をもらいにきてね、おもとさん」
「いや、今日はもういろいろと遅かったし、俺たちも休む必要があるしな」
「…そうねぇ。今日は随分と夜更かししてしまったわ」
「だから、大事に寝ててもらえば十分だろ。おもとだって疲れたんだよ」
いつもよりやけに饒舌な直樹の言葉を聞きながら、おもとはごくりと唾を飲み込んだ。
はいはい、今日は午前休診ってことですねとおもとは言われる前に表戸に張り紙をしておこうと誓った。そうそう、通いの助手にもこの後連絡しておかなければ、と手回し良く考えた。そうでなければ芯張り棒をつっかえられた表戸の前で困惑するに違いない。
もちろん助手も回数を重ねれば、これは起こしてくれるなということだとわかるかもしれないが、お琴が寝坊して忘れることもあるので、悩んだ挙句庭に回るかもしれない。
一度は庭に回って起きだしてきた直樹にじろりと睨まれ、あと一刻後に来るようにと言われたなどと聞いたことがある。
それは佐賀屋へのお使いのついでの与太話のはずだったが、それを聞いた佐賀屋の連中は皆この実直な独身の若者にどう説明したらよいものか、言葉を濁していた気がする。
そう、たとえ夜半過ぎで若者がぐっすりと眠っていようとも、叩き起こして伝えようとおもとは決心した。
「大丈夫なの、おもとさん」
「え、ええ。おもとは風邪などひいてはおりませんよ」
「よかった。今日はおもとさんにいろいろとお世話になったから」
「そうか、悪かったな、おもと」
ようやく和んだ空気になり、おもとは息を吐いて「いえ、当然でございます」と言葉を返した。
「それにね、啓太さんが火事場で活躍してるのを見たわ。
建物が壊される現場に危うく通りかかって、助けてもくれたの」
…お琴さん、それを口にするなど、あなたは大馬鹿ですっとおもとは心密かに言った。
そしてため息もつく。
案の定、後ろの空気が再び凍りついた。
真夏なのに寒気がするのは何故かしらね…とおもとは船頭を見た。
船頭はこちらを見ようともせず、ただひたすら竿を動かしている。
川の流れに逆らうこともあって、なかなか行きよりも進まない気がする。
「へぇ、啓太がねぇ。そりゃお礼を言っておかないとな」
啓太は震え上がって遠慮するだろう。
「ところで何故西垣様と先生が知り合いなの?」
「…西垣…」
「それから、啓太さんとか」
お琴の口から男の名が出るたびにぴしぴしっと背筋の寒い思いがする。
「西垣は剣道場で、啓太は患者だ」
「あ、なるほどねー。剣道場の仲間は渡辺様だけかと思ってた」
「…どうしてだ」
「だって、先生ってあまり人を寄せ付けないでしょ」
「…なるほどね」
「それなのに、今はいろいろな人が先生を訪ねてきてくれるし、趣味集まりだとかで時々出かけていくじゃない。あれもどんな趣味だか興味はあるけど、先生が隠したいならいいかなって。だって、先生にも親しくするお友だちがいるってことですものね」
多分他意はない。
お琴さんにそういう芸当はできないとわかっているが、少しばかり心の奥を突かれる気分なのは間違いないだろう。
「そりゃ、その集まりっていうものに興味がないって言ったら嘘だけど、いつか話してくれるわよね」
小さく口に出したお琴に、直樹がどんな顔をしているのか、後ろを向いたままのおもとにはわからなかったが、それはそれは複雑な表情をしていたことだろうと思う。
お琴が鳥目でよかったというとこだろう。
「あ、先生…」
途中で途切れたお琴の言葉で、何が行われたのか、それこそ聞いただけでわかる。
早く着いてくれないかとおもとは邪魔をしないように息を潜めた。

 * * *

翌日から溺死体がいくつか上がったが、佐賀藩江戸家老竹内以外の身元は明かされることがなかった。
竹内すらも娘と出会い茶屋に行った後、酔って川に落ちたと処理された。あながち間違いではないので、検視もそれで済んだ。
それは同心である渡辺には、お上からの止め立てであることに気がついたが、直樹の「町方を煩わせるようなことは何も」と言った言葉を思い出し、苦笑せざるを得なかった。
同心には元々武家に対する捜査権限を持たないのだから仕方がないと諦めるほかなかったのだ。
佐賀藩は竹内がいなくなったことで体制を変えることになったが、それは幕府が素知らぬ振りをしている間にひっそりと行われた。
後に佐賀藩は幕末に向かって兵と銃を蓄え、長州や薩摩と並んで倒幕に向かうのだが、それもまた幕末まではひっそりと事を進めるという徹底振りだった。
したがって、この騒動にはいつの間にか終わりを告げることになるのだが、この騒動を口止めするように佐賀屋と大泉屋には密かに多額の金子が届けられたという。


それからは、また変わらない日々。
いつの間にか季節は秋風が吹くようになり、夏の蝉はたちどころに姿を消した。
一角が燃えた江戸の町には、新しく長屋が次々に立ち、活気を取り戻す。
ご隠居の別宅は再現されなかったが、同じ場所に別宅が建てられ、ご隠居は変わらず息災だという。
西垣は相変わらずふらふらと茶屋をのぞいては茶屋娘に声をかけたり、見目麗しい娘が通ると茶屋に誘う。
その茶屋娘だったお智は、ふらりとどこかへ消え、お智に執心だった者をがっかりとさせた。
啓太は大工仕事が忙しくなって顔を見せなくなり、おもとは変わらずに佐賀屋で女中頭として働いている。


火事の後、お昼まで目一杯寝過ごして、お琴は起きだした。
恥ずかしながら髪も乱れて、おもとに言われた髪結いのお真里が昼過ぎにいそいそと先生のお宅に立ち寄ることも忘れなかった。

「お琴!なんだ、これはっ」

直樹先生のお宅には相変わらず先生の怒鳴り声が響く。

「なんだって言われても、見ておわかりになりませんか。
お琴特製のお粥の作り方です。ほら、季節の変わり目で風邪ひきになる方が多いですからね。これを食べれば皆元気になりますよ」
「こんなみみずののたくったような字でくそまずい作り方なんぞいるかっ」
「えー、ひどいっ、先生」
「そんなものはこの家だけで十分だ」
「え、そうですか。先生、独り占めはいけませんよ」
「独り占めするほどの価値もないだろうが」
「だって先生、あまり広めてしまうと患者さんが減ってしまうって恐れていらっしゃるんでしょ」
「…どこまでも前向きなやつだな」
「わかりました。ここに来た患者さんだけにお出しすることにしましょう」
「…出すのかよ」

それを聞きながら、助手なぞは絶対に風邪をひいてはならないと肝に銘じるのだった。
ある意味大評判の医者どころだった。


後に長崎に帰り、えげれすに帰り着いたお栗は時々遠くの空を見ては思い出すという。
日本から留学した志士の一人にお栗は語った。
「さいごに見たえどの町はもえていました。
こんなこといったらおこられるでしょう。
でも、あのかねの音がぐわんぐわんとひびいて、まるでせみしぐれのようでした。
せみしぐれ…きれいなことばです。
えげれすではあまりきいたことのないせみのなく音です。
あのきれいなえどの町がもえるのはかなしいことです。
でももえてもきれいでした。
お琴は、とてもすきなふれんど。
もういちどあえるようになるといいです。
また日本に行きたいです」

(2012/10/29)大江戸蝉時雨−完−