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山田弘樹は退院し、中島映子もすっかり斗南病院に慣れたらしい。
時々琴子とおふくろのペースに乗せられて、うちで夕食を食べたりしている。
土屋吾朗とその妻となったらしい彼女からは、何やら招待状が届いた。
中島映子にまで琴子宛で招待状が来ていた。
どうやら結婚披露宴らしい。
そしてもう一つ。
山田弘樹はどうやら加藤サエと結婚する予定らしく、外来で通院してきた折に報告してきた。
正式に付き合っていたわけではないらしいが、幼なじみの期間がすでに20年以上。付かず離れず付き合ってきたのだからもう十分だろう。
そんな報告を受けた日、外来を終えて戻ってくると小児科病棟が騒がしかった。
「あ、入江先生、中島先生の話聞きましたか?」
「何かありましたか」
他の小児科医は半泣きで言った。
「あ、そうか。入江先生は外科の方に行っていたから」
「あ、川上先生、その話は私から…」
後ろから中島映子が声をかけた。
「そ、そうですね。すみません」
何事かと思っていると、少しだけ…と渡り廊下の休憩スペースへ誘われた。
「実は、夫の長期海外勤務が決まったんです」
「では、付いていくんですね?」
「ええ。せっかく入江先生に指導もいただいて慣れたところでしたが…。アメリカなら、私も最先端の医療が学べると」
「ああ、なるほど」
「小児がんのための抗がん剤専門医を目指します」
「あなたならきっとどこでも学んでいけますよ」
「海外勤務に付いていっても、自分の仕事がある以上夫と一緒にずっといられるわけではないのですが、夫が言ってくれたんです。
いつも一緒にいられないのは残念だけど、君のやりたいことなら応援できるって。
夫の赴任先は、その分野で先を行く病院を抱えたところなんです。わざわざそこを希望してくれたようで」
コーヒーをすする音だけが響く。
遠くで聞こえるざわめきは、ここまではっきりと届かない。
「私は琴子さんのようにずっと一緒には無理だけど、それでも寄り添って生きていきたいんです」
「…わかりますよ」
「引継ぎが終わったら…、行こうと思います」
「はい」
「入江先生にはご迷惑とご面倒をおかけしました」
「いえ。こちらこそ」
「さ、仕事しましょうか」
遠くから駆けてくる音がした。
「入江くーーーーーん!!」
今度は声まで聞こえた。
「琴子さん、元気ですね」
「あいつはあれほど走るなと…」
「中島先生が…!」
「今聞いた」
「あ、あれ、中島先生」
夜勤明けだというのに、人一倍元気そうだ。
「どうせ小児科のナースステーションをのぞいてきたんだろ」
「だって」
「仕事に戻るから」
「え、だって、中島先生行っちゃうんでしょ?」
「だから?」
「だったら、お別れパーティしなくちゃ」
「…引越しの準備とかあるだろ」
俺はため息をつく。
琴子の考えそうなことだ。
「えーと、じゃあ、土屋君にも言っておかなくちゃ」
「…稽古で忙しいに決まってるだろ」
「だって、中島先生は入江くんの大事な幼なじみでしょ」
中島映子は俺と琴子のやり取りを見て笑った。
「本当に、なおちゃんには琴子さんがいてよかった」
「え、そう?」
目を輝かせてうれしがる。
「だから、お願いね、大事な、なおちゃんを」
「ええ、任せておいてください!ね、入江くん」
「怖くて任せられねーよ」
「そんなこと言うと、山田さんたち呼んでお祝いパーティするってお義母さんに言っちゃうから」
「…まだ懲りてないのかよ」
琴子を軽くにらむと、後ずさりしてわざとらしく言った。
「あ、モトちゃんと帰るんだった。じゃ、じゃあね、入江くん」
パタパタと騒々しく琴子が駆けていく。
残された俺たちは、顔を見合わせて笑った。
「仕事に戻りましょうか」
「ええ」
そしてまた日常は訪れる。
昔と違うのは、毎日は騒々しさに包まれていて、その騒々しささえ愛しく思えること。
誰かを大切に思うこと。
それさえ間違わなければ、きっと大丈夫。
なおちゃん、ずっとともだちでいてね
えいこちゃん、きっとね
はなれてもともだちね
うん、えいこちゃん
幼なじみ(2007/05/10)−Fin−