斗南大学病院白い巨塔




僕は…。
僕は…教授になる!
見ていてください、真里奈さん!
入江になんか負けないぞ〜ぞぉ〜ぞぉぉ〜〜!


ここは斗南大学付属病院。
ここに、無駄なエコーとともに一つの野望が誕生した。

あれは高校のときだった。
全国模試でどんなにがんばっても抜けないやつがいた。どんなにいい点をとっても、満点のあいつにはかなわなかった。
大学は当然T大学に来るものだと思っていた。ところがやつは…なぜか斗南大学に進学した。
理工学部でも抜けないうちに、今度は医学部に編入した。医学部になってからも、どうしても抜けないまま卒業した。
医者になって、外科を専攻したが、そこでもあいつは僕の前に立ちふさがる。
僕は、いつかあいつを負かすんだ。
大学病院でのステータス。
それは、教授になることだ!
僕は、教授になる!

「オイ、船津。…船津!」
「おや、なんですか?」
「ったく…。ある意味琴子と一緒だな」
「何を言ってるんです?」
「…なんでもねーよ、早くしろよ。お前が終わるの待ってるんだよ」
「ああ、これですね」

船津が手に持っていた検査器具を渡すと、入江直樹は奪うようにして器具を手に取り、立ち去っていった。
船津はメガネをちょっと手であげると、カルテを取り出した。

教授になるには、まず教授に気に入られることだ。
この間のレポートはなかなかよい出来だったはずだ。
多少理不尽なことも教授のためならば引き受けよう。

「あー、船津君」

なにやら資料を持った教授が運よく(?)現れた。

「はいっ」
「ちょっと頼まれてくれるかね」
「何でもおっしゃってくださいっ」
「じゃ、遠慮なく…、次の学会の資料なんだが、これを全部スライドにして整理してくれたまえ」
「はいっ!」

勢いよく返事した船津の前には、膨大な資料が積まれた。
いまどきはパソコンで処理をするのだが、そこは昔かたぎの教授。
船津はまじめに一つ一つ資料作りをする羽目になった。
検査から戻ってきた直樹は、そんな船津を横目に通り過ぎる。

「これは、僕が教授じきじきに承った仕事なんです。これを完璧に仕上げれば、教授が一目置くこと間違いなしです!」
「ふーん、それはご苦労。ま、がんばれば?」

直樹は全く気にしないで帰り支度を始める。

「今日品川真里奈と会う予定じゃなかったのか?」

スライド作りに没頭している船津には聞こえていない。

「関係ないけどな、俺には。後で怒るなよ」

すたすたと直樹は去っていく。
静かになった医局に不意に電話が響いた。

「うん?いったい誰ですか、邪魔をするのは…」

そう言いながら船津が取った電話は…。

「ま、真里奈さん!!」

そのとき、せっかく整理が半分ほど終わったスライドがばらばらと崩れかかる。

「わ、忘れてたなんて、そんなことありません!
いえ、教授が…。ち、違います。
これは僕と真里奈さん、あなたのためなんです!
ま、待ってください、真里奈さ〜〜〜ん!!」

電話からは、むなしいツーツーと言う音が響く。
真っ白に燃え尽きた船津の傍らで、落ちかけていたスライドが、派手に音を立てて崩れ落ちた。


翌日、燃え尽きたままの船津がふらふらと病院を歩いていると、
僕の天使と言ってはばからない愛しの品川真里奈が歩いていた。

「真里奈さ〜ん!」

先ほどまでの燃え尽き症候群はどこへ消えたのか、真里奈に走り寄った。
真里奈はそんな様子にぎょっとして足早に立ち去る。
立ち去った先には車椅子を押している病院一のドジな女が…。

「う、うわ〜〜〜〜!!!」

いったい誰の叫び声だかわからないまま、グワッシャン!と大きな音が…。

「おい、大丈夫か?」
「ありがとう、入江くん、助かっちゃった」

車椅子の患者はほっと胸をなでおろした。
ただでさえ落ち着きのない看護師・入江琴子にリハビリ室まで連れて行ってもらうことは、宇宙旅行にも等しい危険度だった。
いや、いまや宇宙旅行のほうが安全かもしれない。
琴子は、そんな患者の様子には全く気づかず、自分の世界一のだんな様だと思う直樹に助けてもらったことに喜んでいる。
本当に助かったのは患者だと思うが…とは、とりあえず口に出さなかった直樹だった。

「入江さん!」
「いーりーえー!」

危うく消火器の中身をぶちまけるところだった船津は、真里奈が自分ではなく直樹に会えたことに喜んでいるのを見て、叫ぶ。
直樹は我関せずといった様子でさっさと立ち去りかけている。
外来棟へと続くロビーは大騒ぎである。

「待て、入江!」

直樹はもちろん待つわけがない。

「みてろ、僕は、お前を抜いて、絶対…」

叫び始めた船津には目もくれず、そのまま立ち去っていった。
船津の叫びは直樹の耳には届かなかったが、他の教授陣の耳には入った。

「ほー、船津君は教授になりたいのか」
「いや、でも外科は決まりでしょう」
「船津君は優秀だが…」

そんな話が飛び交っていることなど、当の本人は知らない。
と言うより、誰も知らせないのだった。


To be continued.