1.今だから言える話
ほら、今だから言える話ってあるでしょ。
あの時こう思っていたとか、あの時実はこういうことがあったんだとか。
あたしもね、今だから言えるんじゃないかと思って。
だって、入江くんってば、いまだもってあのときのこと誤魔化してるの。
裕樹くんに聞かなければ、一生聞くことはなかったかもしれないじゃない。
結婚祝いだって教えてくれなきゃ、裕樹くんだってずっと黙っていたかもしれないし。
あのとき、あたしはまだ入江くんに片想い中で、入江くんの態度だって全然冷たくって、好きな素振りだってなかったじゃない。
え、もしかして、あの時の入江くんは何となく手を出したってこと?
まさか入江くんに限って…。
そうでしょ。
そこが今でもわからない話なのよ。
あの入江くんがよ?
まさかいくらあたしが無防備に(裕樹くんいわく)寝ていたからって、他の男みたいにふらふらと手を出したりするような入江くんだと思う?
でも、もしかしたらってこともあるかもね。
あたしの寝顔がそれはそれは可愛かったとか。
思わずキッスしたくなるほどだったとか。
…何で笑ってるのよ。
そうだったらいいなとか思っただけよ。
でも、もしかしたら、入江くんはそのときもうあたしにぞっこんだったかもしれないじゃない。
そして、眠り姫のように寝ているあたしに思わずキッスしたくなったとか。
その後の態度?
そうね、全く変わらなかったけど。
少しくらい動揺したり、少しくらい態度変わってもいいじゃない。
やっぱり単にちょっとキッスしてみたかっただけとか。
あのときのことは封印してるとか。
もう二度と思い出さないようにしていたとか。
…なんだかちょっと悲しくなる想像しちゃった。
うん、だって入江くんにしたら、もしかして二度と思い出したくない出来事だったかもしれないじゃない。
あたしはあの時にんにく臭くもなければもちろんレモンをかじるような準備万端さもなかったはずだけど。
どういう準備だって言われても…。
だって、あの卒業式の日、突然キッスされて思ったの。
餃子食べてなくてよかった、とか、レモンティーについていたレモンでもかじっておけばよかったとか。
初キッスはレモンの味というのは定番よね。
本当にそんな味がするのかさえ突然すぎてわからなかったし、驚きすぎて覚えてないというか…。
つ、つまりね、キッスしたものの、実は思い出したくもないような出来事が起こったかもしれないじゃない。
それを思うとあたしは気になって気になって…。
だから、入江くんに思い切って聞いてみることにしたの。
「ねえ、入江くん、清里であたしにキッスしたとき、あたしのこと、好きだった?」
ごく普通にシンプルに率直に聞いてみた。
入江くんは朝から何を聞くんだというような顔をしてため息をつくと、無言であたしの頭をくしゃっとなでた。
これってどういう意味?
そうだよっていう肯定?
バカだなっていう否定?
どっち?
そもそも入江くんって、あたしのこといつから好きだったの?
それがわかれば清里でのことにも決着つくわよね。
ようし、あたしはやるわよ。
何だかんだと言ったって、入江くんがあたしの魅力にまいった瞬間を探ってみるから!
(2011/10/26)
To be continued.