2.たどり着けない真実
これから出かけるぞというときに琴子が言った。
「ねえ、入江くん、清里であたしにキッスしたとき、あたしのこと、好きだった?」
何で急に?
しばらくそこで思考が停止したのも止むを得ないと思う。
何で今更あのときのことを持ち出してくるんだ?
きっと石川と小森に何か吹き込まれたの違いない。
おれは大きなため息をつくと、琴子の頭をなでてさっさと出かけることにした。
もしもここで好きじゃなかったとか口にしようものならどうなることか。
好きじゃなかったというのは語弊があるにしても、そこまで自分が琴子を好きだったというのを知らなかったんだから。
本当に好きだったのか、どれくらい好きだったのか、ちょっと興味があるだけだったのか、はっきりと答えられない。
多分、と答えて琴子は納得するだろうか。
いつから好きだったのか、時々考えることもある。
清里でついキスするくらいには好きだったかもしれない。
少なくとも、見合いして婚約しようとした時は、琴子に心が残るほど好きだったのだと思う。
須藤さんと噂があった時は、イラつくほどには気になっていたのだと思う。
ではその前は?
どんどん遡っていけばいくほどわからなくなる。
高校の卒業式の時は何故キスしたのかすらわからない。
少なくとも嫌っているやつにキスなんてしないだろうと今ならわかる。
そもそも自分にそういう感情があったことに感心している。
人を好きになるということは、それほど簡単だったのかと。
愛だの恋だのバカバカしいと思っていた。
いつか結婚することがあっても、間違っても琴子のような女を選ぶはずがないと思っていた。
それがどうだろう。
結局おふくろの勘はあながち的外れでもなかったし、自分が言った言葉も時々思い出す。
今日は嫌いでも明日はわからない。
完全な人間なんてやっぱりいやしない。
明日がわかる人間もいやしない。
何せ琴子はいつも俺には想像もつかないことをやってのける。
ラブレターを差し出された何年か後に結婚してるなんて、誰が想像できただろう。
あれほどそばに寄るなとわめいた俺が、そばにいなければ落ち着かない日々を送っていること。
おやじの後を継ぐとばかり思っていた俺が、医者になるなんて、誰が想像しただろう。
そのきっかけが、あのたった一言だったなんて思いもしなかっただろう。
「なあ琴子。おまえは俺と出会った時、俺と結婚すると思ってたか?」
琴子は満面の笑みで答えた。
「運命の出会いだと思ってたよ。今でも思ってる。
そういう人に出会うとね、け、結婚するかもって、女の子なら一度は夢見るんだから」
俺はそれを聞いて笑うしかなかった。
「失礼ね、入江くん。
だって、本当にそう思ったんだもの」
「いや、たいしたもんだ」
俺にはどれだけ頑張ってもそんな想像一つすらできやしない。
それを思うと、かなり偉大な気がする。
俺には絶対にたどり着けない境地と真実だよな。
笑いながら琴子にキスをする。
とりあえず、今ここにある真実は手放す気はないからな。
(2011/10/27)
To be continued.