パトロールはご一緒に








 地球防衛軍、東海支部医療班に配属された唐沢は、無事に平穏な日々を手に入れるはずだった。
 そもそもストーカーだの、とある同僚からの強烈なアプローチだのをかわしきれず、職場環境を変えるに至った。
 それなのに。

「唐沢さん、今度の治安維持係主催の講演会、当番なんだって?」
「はい」
 医療班で同じく机を並べる班員の一人が唐沢に向かって問いかけた。
 それ以外にもいろいろ話しかけてくるが、それを聞きながら唐沢は書類をめくる手は止めなかった。
「そうすると、またあの漆原隊員が出てくるのかな」
「…そうかもしれませんね」
 素っ気無くそう言うと、「でも付き合ってないんだよね」と念押しされた。
 そこで初めてその班員に目を向けると一つだけため息をついて言った。
「付き合ってはいませんよ」
 一応そう答えることにしている。
 確かに漆原に人前で思いっきり告白され、研修の間から散々返事を待たせた挙句、更に猶予期間をもらったのは唐沢だ。
 この班員、ヤマキと言ったが、目下のところこのヤマキからもやや押せ押せでアプローチされている、らしい。
 どうやら何か自分にも迂闊な態度があるのかもしれないと思うこともあるが、一見すると押せ押せで落ちてくれるかもと思わせてしまう何かがあるらしい、とはサカキバラの言葉だ。
 実際の唐沢がそんなヤワな女でないのは漆原とて知っている。
 だから、一見すると、という注意書きがつくのだ。
 サカキバラは研修中にお世話になった地域安全課の隊員で、漆原とはバディを組むことが多く、女だてらにかなり有能で検挙率もトップクラスの泣く子も黙るハナキ・サカキバラだ。
「今日の昼食は一緒にどう?」
 少しだけ顔をしかめて、唐沢はヤマキを見た。
「ごめんなさい、今日はコンドウさんと約束が」
「コンドウ?」
 ヤマキが頭をめぐらせている間にそのコンドウは現れた。
「唐沢ちゃ〜ん、お迎えに来たわよ〜ん」
 コンドウが、医療班のドアを蹴破る勢いで踊りながら現れた。
「…あれ?もしかして、特殊班のジェイムズ・コンドウ?」
「あら、だあれ、アタシの名前を口に出すひよっこは」
 じろりとコンドウが声のするほうを見れば、ヤマキは思わず息を呑んだ。
「ま、いいわ。さ、唐沢ちゃん、もう片はついたかしら」
「はい、コンドウさん」
「そ。じゃ、行きましょ」
 ヤマキを相手にすることなく、コンドウは唐沢を引き連れて医療班を出て行った。
 後には思わずため息を漏らしたヤマキがその後姿を見ているばかりだった。


「唐沢ちゃん、またお困りなの」
 また、と言われて苦笑しながら唐沢は答えた。
「困ってると言うか、お誘いを断ってる状態で」
「それを困ってるとは言わない?」
「正面から言われたらすっぱりお断りできると思うんですが」
「まあ、そう」
 コンドウは唐沢の様子を見ながら笑う。
 それは、ヤマキのことは全く眼中にないと言っているも同然で、逆に言えば返事を保留された漆原はまだ望みがあるということか、と。
「なんなら漆原に断ってもらうというのは」
「ダメ、です」
「いくらうっとおしくても、漆原が断るんじゃ筋違いよね」
 唐沢は黙って微笑むだけだ。
 コンドウに誘われて所内から出ると、ぶらぶらと前を歩く見慣れた二人の姿があった。
「はあい、ハナキ姉さん」
 コンドウが声をかけると、二人が振り返った。立ち止まってコンドウと唐沢が追いつくのを待っている。
 サカキバラはコンドウと一つしか歳は違わないが、酒場でその飲みっぷりを目にしてから勝手にコンドウが姉さん呼ばわりをしている。
 サカキバラの隣には漆原がいて、コンドウを通り越して唐沢を見ている。
 漆原は確かサカキバラより五つは下のはずだったが、と思い返す。そうすると、唐沢も同い年のはずだとコンドウは唐沢を見た。
 漆原は唐沢がいるせいかそりゃもう機嫌がいい。端から見ても馬鹿みたいに唐沢に惚れまくっているのがわかる。所内でもあれこれ女をとっかえひっかえしていたやつとは思えないくらいに。
 なんだかしゃくねぇとコンドウはより意地悪をしたくなってくる。
 サカキバラいわく、どうやら学生時代もこの二人はお互い好きだったにもかかわらず、些細なすれ違いで気持ちを伝え合うこともなく(いや、唐沢は伝えたつもりだったようだが)、けんかをしながらそのままだったようだ。容易に想像できる、とコンドウは思う。
唐沢の想いはよくわからないが、少なくとも漆原を嫌ってはいないようだとわかる。
「唐沢ちゃん、漆原のセクハラに困ったら、いつでも言ってちょうだい」
「な、セクハラって」
 漆原は人聞きの悪い、と言いつつ、それ以上反論はしない。恐らく大いに心当たりがあるのだ。一歩間違えればこいつもストーカー呼ばわりに痴漢行為で訴えられてもおかしくはない、とコンドウは思う。
 ただ、非常に腹が立つことに、通常は男と接触しないように構えている唐沢が唯一触れるのは漆原だけだと、漆原本人も気づいていることだ。だから余計にたちが悪い。一時はどうやら何かしかけた漆原が唐沢に近寄るなとまで言われていた。
「ほらほら、あんたは近づいちゃダメよ」
 そう言って漆原の隣に陣取る。その向こう側に唐沢。
 身体の大きなコンドウの隣に立つと、唐沢の姿は小さすぎて漆原からは見難いだろう。もちろんそれも狙っているのだが。
 いまや所内中が漆原の空回りを楽しんで見ている。それを知っていてもなお漆原は怯むことがない。周りを牽制することさえする。それでも唐沢を誘おうとする者もいるのだから恐れ入る。
「でも、本当に困ったら、こんな漆原でも頼らないとダメよ」
 唐沢にそう言うと、「はい、わかってます」と小さな声が返ってきた。
「あー、もったいない。絶対漆原にはもったいない。こんな色欲魔人になんて」
「…誰が色欲魔人だよ」
「そこのあ、ん、た」
「そこまで見境ないわけじゃない」
「あら、どうかしら。その無駄に垂れ流してるフェロモン、ちょっとはアタシにも向けなさいよ」
 そう言って漆原の顎をなでると「うわっ」と飛びのいた。
 何だかんだと言うが、漆原の顔はいいし、仕事はできて、女の心を持つに至ったコンドウにとっても、それなりに魅力のある男だ。女以外には目を向けないノーマルなところは激しく残念だが、そこがいい男でもある。
 漆原も口ではおかまだのと悪口を叩くが、決して本心からコンドウを嫌っているわけではないのがわかる。むしろ仕事上においては一目置かれているのがわかっている。
 コンドウとて所内では誰もかなわぬほどの鋼鉄のゲイ、で名が通っている。甚だコンドウにとっては不本意だが。
 所内でもかなりの出来物であっても、本部には行かない。というか、多分行かせてもらえないのだろう。
 その理由はやはりコンドウがゲイだからだ。
 ゲイだとコンドウを嫌っている素振りの漆原だが、仕事ができる者に対して分け隔てはしない。それは女には随分と優しいと言われているが、実際には仕事に関して言えばかなりシビアな面を持っているのだ。
 仕事ができない、しようとしないものには容赦がない。一見優しくしている女にだって実は冷めた目で見ているのを知っている。
 だから今までとっかえひっかえの深入りなしなのだ。
 対して唐沢は、この華奢な体でちょこまかと良く動く。普段の生活上では抜けている面もかなりあるが(漆原に言わせるとかなり目が離せないくらいの危なっかしさだという)、仕事上での失敗は見たことがない。
 歴代研修者の中でも拉致監禁人質騒動(『パトロール日和』『パトロールはお静かに』参照)など類を見ないほどの不運だったにもかかわらず、本人は全く傷一つなく無事に救出されたせいか、怯むこともなく普通に勤務している。
 もちろんそれくらいの度胸がなければこの仕事はやっていけないのだろうが、だから見た目ほどヤワではない、という評価なのだ。
 漆原でなくとも注目の的なのだ。
 それにこの漆原とタメを張るほどの飛び級で頭の回転も悪くない。
 加えて顔は純日本人顔。もちろん家族歴もそれなりだ。
 コンドウはすぐに唐沢を気に入った。これでもゲイとして虐げられてきた過去のせいか、人を見る目はある方だと思っている。
 何よりもあの少々癖のあるサカキバラさえも唐沢に一目置いている。
 バディである漆原の絶賛片想い中の相手となれば、楽しくて仕方がないだろう。
 一行は所内を出てすぐの定食屋に足を踏み入れた。


 定食屋では皆が頼んだ定食をそれぞれモリモリと平らげていく。
 華奢だと言われる唐沢ですら、遠慮はない。
 どうやら所内の連中は唐沢に妙な幻想を抱いているのか、唐沢は少食だと思っているし、上品におとなしく食べていると思っている。多分性格もおとなしくて控えめで…といったいわゆる大和撫子的な幻想を信じているらしい。
 実際の唐沢はそれほどおとなしくもないし、控えめだがきっぱりと物を言う。
 漆原はそんな幻想を抱いている連中に対して勝手にしろと思ってはいるが、その幻想のせいであれこれと唐沢が迷惑に思っていることも知っているので放っておけないのだ。
 所属部署も違うし、一度は近寄るなとまで言われて、こうして隣で食事をするにもなかなか機会が少ない。研修中だった頃が懐かしい、とまで漆原は思っていた。
 一心不乱に皆が昼食をかきこんだ後、隣で一息ついている唐沢を見た。
 きちんと手を合わせてごちそうさまでしたとつぶやいている。
 ここでご飯粒の一つでもついていたら、取って食べてやるくらいのことなど唐沢だったらしてやるのに、と思うところが、サカキバラに言わせればヘンタイで、コンドウに言わせれば色欲魔人と言われるのだろうかと唸ったが、そんなふうにご飯粒をつけることもなくちゃんと食べ終わるのが唐沢の育ちの良いところなので、漆原の想像と欲望は全くの無駄なわけだ。
 そもそも近寄るなと言われたのが、唐沢に告白の返事保留の際につい思いっきり抱きしめてしまったのが理由だったが、それは男なら仕方がないだろうと言い訳する。
 何よりも、あの唐沢の笑顔は破壊力抜群だった、と今思い出しても漆原はにやけてしまう。
 思ったより笑わないのだ、唐沢は。
 そんな笑顔をほかのものに見せてたまるか、と決意を新たにしたものだ。
 何故近寄るなと言ったり言われたりしたのか、その理由は二人とも口に出さなかったが、およそのことはサカキバラが想像しているのだろう。
 漆原は見た目はストイックそうなのに、欲望には結構忠実な男なのだ。
 唐沢だけに注視している今となっても、その手の誘いはかなりある。
 今までの漆原なら、後腐れがなさそうだと思えば誘いにも乗ったが、今は全部拒否だ。
 おかげでつまらなくなったと苦情が殺到したのだが、唐沢以外に食指が動かなくなったのだから仕方がない。
 そんな今までの所業は、唐沢には嫌というほどばれている。自覚のなかった学生時代に取り繕いようもないほどお目にかけてしまったからだ。
 学生時代に最後まで飛び級で一緒だった唐沢には、唯一の親しい女というこれまた至極迷惑千万な疑いもかけられて、勘違い女に嫌がらせをされるというおまけつきだ。
 これで嫌われていないと思うほどさすがの漆原も図々しくはない。
 こうして学生時代はお互いに相手は自分を嫌っていると思い込み、すれ違いのまま過ぎ去ったのだった。
 今思えばあの時に気持ちが通じていたなら、どうなっていたのだろう、と漆原はぼんやりと唐沢を見ていた。
 …ので、サカキバラがふった話を全く聞いていなかった。
「あんたねぇ、いくらなんでも脳内唐沢ちゃん祭りはともかく、人の話を少しくらい耳に入れなさいよ」
「…ああ、すみません、ハナキさん」
 そう応えつつ、どうせろくでもない話だろうと思っていた。
「今度の医学講演会の話よ。あたしたちは治安維持で主に警備よね。唐沢ちゃんはサポートに回るっていう話」
「サポート?」
「今度の医学講演会に来るメンバーが素晴らしく有名な方々なんだそうな。ま、あたしは興味ないけどね」
「私の大学時代の恩師もいるんです。その恩師からサポートに回ってほしいと頼まれて」
「…ああ、大学時代ね」
 そこで漆原はようやく話を理解した。
 唯一学生時代で一緒ではなかった期間だ。
 専門課程に分かれてからのことは知らないのだ。
 唐沢が医療系に進むということを知ったのは、卒業間近のことだった。
「本来なら大学の人たちだけでサポートに回るはずなんですが、今回のメンバーではそれぞれ講演者方のサポートを勉強を兼ねて新人が付くことになって」
「へぇ。じゃあ、あのヤマキとは別の教授につくわけ?」
「…多分」
 ちくりと嫌味を言ったのは、同じ部署で唐沢にしつこく誘いをかけているという話を聞いているからだ。
 もちろん唐沢は相手にしていないようだが、唐沢が相手にするしないの問題ではない。
 唐沢はヤマキの名前を出されて顔をしかめている。
 それを見て漆原は、苦々しげに顔をしかめて言った。
「あまり困るようだったら、俺に言えよ」
 それは牽制云々という問題ではなく、純粋に唐沢の身を心配しての言葉だったが、唐沢は「今のところ大丈夫だから口出しはしないでね」とすっぱり切った。
 仕方がないので「わかった」とつぶやくにとどまった。
 どうにも唐沢にはストーカーを惹きつける何かがあるのだろうかと漆原などは思ってしまう。
 そういう自分も気づけば一歩手前であったことなどどこ吹く風だが、なんとなく構いたくなるというか、見守っていないと気が済まない気にさせるというのか、と漆原は推測してみた。
 下心満載の男に気付かないのもほどほどにしろよと忠告したいが、それを言ってしまえば自分も警戒されてしまうのが辛いところだ。
 実際のところ、唐沢が漆原をどう思っているのか、なかなかつかめないままだった。
「でも唐沢ちゃん、ヤマキとは二人きりにならない方がいいわよ」
 思わずナイス、コンドウと思う漆原。
「だって、あいつ気に入らな〜い。あたしが唐沢ちゃん迎えに行ったら、虫けら見る目つきなんですもの〜」
 いや、そりゃたいていの奴はそう見るだろうよという言葉を漆原はかろうじて飲み込んだ。
「…わかりました。コンドウさんがそう言うのなら」
 俺の言葉じゃなくてコンドウかよ、というツッコミもむなしく、唐沢との短い逢瀬の昼食タイムは終わったのだった。

(2015/04/09)


To be continued.