パトロールはご一緒に








「で、漆原は減給?」
「さあ。あいつ何も言わないからさー」
 サカキバラはコンドウとランチを頬張りながら言った。
 時間が遅くなり、人の少なくなった所内の食堂だ。
 事件の余波は意外に重く、あちこちで減給なり部署替えだったりが発生した。
 サカキバラは、減給になったかどうかもわからない唐沢限定セクハラ相棒と離れずに済んだ。漆原も警護対象者であった唐沢を見失ったのだから、何がしかの罰は受けているのだろうと思われる。
 事件自体は黒幕がわからない以上、あの犯人に関係者の中で誰か招待状を送ったものがいたということだ。
「その場にいたという関係者はどうなのよ、ほら、漆原の…」
「漆原の姉とその夫、ね」
「見たかったわー。美男美女なんでしょ」
「そうねぇ。大和撫子タイプの壮絶な美人と漆原よりもっとかっちりした真面目そうな日本人カップルってところね」
「アタシの出動がもう少し早ければ」
「あの二人も最後まで現場見てたから、当然容疑者の中に入ってはいたけど…」
 あの二人、いや、少なくとも漆原の姉は除外された。
 全く隙がなかった。
 漆原自身もそれは認めた。
 しかし。
「あとはその夫だっけ。医療機器メーカーに勤めているという」
 最終的には彼の疑いは晴れた。
 その会の成功を願って準備していた一人だ。
 ただ。
「対立とかそういうのにはきっと無縁ではいられないわよね」
 サカキバラは思う。
 誰しもどこかで衝突せずにはいられない。
 自分の思いとは違う方向に進んでいくものに対して、無関心ではいられない。
 そういうものに巻き込まれる可能性は多々ある。
「唐沢ちゃんは、そういうのとはきっと無縁でいてほしかったでしょうに」
 漆原とその姉の暗に言わない言葉はきっとそういうことだろうとサカキバラは思った。
 ただ強く、真っ直ぐに生きる唐沢を、漆原もその姉も欲している。
 なぜ自らこんな組織に飛び込んできたのだろうとサカキバラは案じる。
 それでも、飛び込んできたからこそ、漆原は生涯の生きる糧を見つけ出した。
 それはちょっと見には危うい、ともに崖の上でハラハラドキドキしながら過ごすに違いない。
 そして、時々サカキバラはうらやましくなる。
 付かず離れず、お互いを見守るようにして二人は生きていくのだろう。唐沢が呆れかえって漆原を見捨てない限りは。もしかして見限っても、ストーカーのように漆原が付いて回るのかもしれないが。
 そういう伴侶を、時には探したくなる。
 今までそういう男を探してなかったと言えば嘘になる。
 相棒としての漆原は、過去最高かもしれないが、伴侶には遠慮したい。恐らく向こうだって同じだろう。全く食指が動かない。
 そもそも来るもの拒まず節操なしの漆原が、少なくとも性別女で結構な修羅場も一緒に潜り抜け、際どい格好になったこともあるサカキバラを誘わないというのは、そういうことだ。
「なんかさ、唐沢ちゃん見てると、そういう漢前な女もいいもんだわねーと思うわよ」
「あら珍しい、ジムともあろうものが」
「ハナキも何で漆原じゃダメだったかしらね」
「どう頑張ってもダメなもんはダメね。あの漆原みてると、まだ唐沢ちゃんの方がいけるわと思うもの」
「言えてるー」
 二人は手早くランチを食べ終え、笑い合う。
 きちんとランチを食べ終えることができただけでも儲けものだ。そういう世界に生きている。
「でも少なくとも唐沢ちゃんは、もう、そういう世界で生きている」
 サカキバラはそうつぶやいた。
「裏切ったり、裏切られたり、殺されたり、殺されかけたり?でも少なくとも、アタシは裏切らない。あの子は裏切らない。アタシの目の前では殺させないし、たとえ殺されかけたって、あの子は大丈夫。現に何度人質になってんのよ」
 食堂を出てからコンドウはサカキバラにそう言った。
「あたしたちだっていつも平気じゃないし、大丈夫なわけじゃない」
 サカキバラがやや顔を曇らせた。
 命を落とした隊員なんて、どこの所にもいる。
「それでも、あの子は生きるのをやめない。仕事しているあの子を見たことある?前戦でもやっていけるわよ」
「優秀すぎるのも心配ね」
 サカキバラはそう思う。優秀な者ほど危険な場所に出ていく。
「次のテロの情報が出たら、次はアタシも出動になるかも」
「もう失敗はしない」
「それでこそハナキよ」
 軽めに叩いたはずのコンドウの肩への激励の挨拶は、やけに強力だった。サカキバラじゃなかったら、普通の女は吹っ飛んでいることだろう。
「何で医学講演会が狙われたのかしらね」
 それだけ言って、コンドウは自分の部所へと戻っていった。
 サカキバラも、いや、多分今回の事件に関わった有能な者は皆が疑問に思っていることだった。
 何かの利権問題?内紛?
 もしかしたら、組織の上の方は気づいているのかもしれない。
 何か国絡みでなければいいのだが、とサカキバラは自分の職場のドアを開けた。
 職場の中は、つかの間の呼び出しのない平和な午後の風景だった。

(2020/09/23)


To be continued.