デート前夜



この話は、台風Girlの中でモトちゃんがデートしてるのでは?と言った前夜の話、その2であり、本編です。





またデートしようだなんて、毎日顔を合わせてるだけでは足りないらしい。
一緒にご飯も食べるし、病院でも顔を合わせることもある。
たまには一緒に通勤もするし、一緒に帰宅することもある。
それだけではだめらしい。
何がだめなんだ?
あいつはいつも俺と一緒にいるだけで幸せと言うくせに、突然思い出したように二人で一緒に出かけたいと言う。
休日くらい休ませろよ。
お前のそばでただ何もせずにくつろいで、コーヒーでも飲んでれば、最高の休日だと思うのに。
ああ、もちろんお前は取り留めのない話をあーでもない、こーでもないと絶えず話しているかもしれないけどな。


 * * *


明日はどうするのか聞いたら、入江くんは面倒くさそうに言った。

「家で本でも読んでるよ」

それって、本当に休日?
また難しい本を読んで、資料を作って、身体は休んでも、心は休んでいないんじゃないの?
頭も休めようよと言ったら、「お前は休みっぱなしだな」と笑った。
入江くんたら、ひどい。
入江くんに比べたら、あたしの頭は休みっぱなしかもしれないけど、入江くんはどうなの?
身体壊したり、しないでよね。

「秋物の服がほしいな、と思って。入江くんに見てほしいの」

そう言ってみたら、「俺、金ねーぜ」と言った。
だ、誰も買ってくれなんて思ってないけど(いや、ちょっとは思ったけど…)、そんなことだけ期待してるんじゃなくて、一緒に選んでくれるだけでいいのに。
あたしだって、入江くんのお給料がどれくらいか知ってるもん。
給料日までまだもう少しあるし、あたしだってそんなにお財布に余裕はないけど。
ねえ、お願い、一緒に、デート、しようよ。


 * * *


秋物の服が買いたいから買い物に付き合ってほしいと琴子が言う。
思わず金がないと言ったら、知ってるもんと言ってすねた。
本当にないわけないだろ。
医者としての給料は確かにまだ少ないが、俺がおやじの会社でもうけた金がいくらあるか知らないだろ。
お前の名前の預金があることさえ知らないだろうな。ま、言う気はないけどね。
あんまりデートとしつこいから、仕方なく譲ってやった。
ただし、俺を今日一日名前で呼べたら、だけど。
どんな顔をして呼ぶのか、考えたらつい笑ってしまう。
しかも、その表情、その呼び方すらも想像できてしまう。
俺って、琴子をいじめるの、好きだな。


 * * *


入江くんが、デートを約束してくれた!
でも、それには条件がある。今日寝るまで、入江くんを名前で呼ぶこと。
どうしよう、呼べるだろうか。
この間だって、入江くんが待ち構えていたものだから、必死で言ったのに。
お義母さんたちの前ではさすがに直樹くんと呼ぶこともあるけど、入江くんの前でまともに呼んだことなんてないかも。
しかも、呼び捨てにしたことなんて、強制されたとき以外ない、のだ。
本当は入江くんて言う呼び方、他の人ほど入江くん自身は気にしてないみたい。
かえって無許可で呼び捨てにしたら、なんだか恐れ多すぎて何言われるかわからない感じがする。
…そういえば、入江くんて、いつからあたしのこと呼び捨てだったのかなぁ。
最初は、そう、相原って呼んでたはず。
しかも、「琴子さん」をすっ飛ばして呼び捨てって、いかに入江くんの怒りを買っていたことか。
そうだ、練習しよう。心の中でなら言えるかな。
…な、なおき。
う…、言いにくい。
なおき、なおき、なおき。
う、うわー、なんだか、あたしたちの関係も大人っぽく進歩したって感じよね。


 * * *


また一人で妄想しているらしい。
何か、勘違いしてるに違いない。
こいつは、俺と付き合い長いくせに、俺が絶対に言いそうにないセリフを妄想しては浸っている。
いい加減、そんなこと言うはずないと気づけよ…。
だいたい、琴子の計画にはいつも無理がある。自分の妄想を俺に押し付けるなよ。
いつだったか、そう、看護科に合格したときのデートプランもひどかった。
一緒に暮らしていて、タバコをほとんど吸わないのを知ってるくせに、吸殻の山だとか。
そもそもあの頃は、琴子の前でタバコを吸ったことなんてなかったはずだ。
今回は待ち合わせなしでぜひとも行きたいね、ほんと。
デートプランを立てるくらいなら、看護計画のまともなものを仕上げたほうがいいんじゃないか?
何かぶつぶつ言っている。
こいつは、心の中で思ったことを口に出さずにはいられないらしい。
俺の名前を連呼している。
なんとも間の抜けた呼び方だが、ま、それが精一杯だろう。
しかし、こいつ、俺が後ろにいて聞いてること気づいてないな。

「おい、琴子」
「なあに、入江くん。…あ」

琴子は口を押さえて呼び間違いに気づいたようだ。
それに、俺が聞いていたことには全く気づいていないようだ。
そもそも、口に出していたことすら気づいていない。
まあ、このままなら、無理だな。
俺はこのあとデートへの執着にどれだけ根性を見せてくれるのか、かえって楽しみになってきた。





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