Friend or Lover




Side 直樹

桔梗は、俺のイライラを察したかのように、あれから事あるごとに琴子にこそこそと話している。
桔梗が男だとか女だとかそういうことは多分関係ない気がする。
ただ、桔梗だということは結構厄介だ。

こそこそ話をするのが船津なら、俺は多分問い詰めるだろう。
それこそ回答によってはとことんまで落ち込むように嫌味を投げつけるかもしれない。
あの指導医・西垣なら、俺は有無を言わさず蹴飛ばすだろう。
実際何事か琴子の秘密を知ってるんだみたいなことを言ってくる。
本当にろくでもない。

だが、問題はあの桔梗だ。
俺が桔梗を蹴飛ばせば、どう見たってただの暴力だ。
おまけに桔梗は結構察しがいい。
そして、ここが重要なんだが、琴子へのフォローはなんだかんだと言って桔梗が一番多い。
病院においては大迷惑この上ない騒動を起こす琴子。
それなのに無下に扱うなんて、あまりにも恩知らずじゃないか?
かくして、俺はただイライラを抱えたまま日々を過ごすことになった。


Side 琴子

入江くんの機嫌は日増しに悪くなっていくみたい。
西垣先生に何かささやかれて、無表情になる。
西垣先生はそのままあたしに話しかけようとして、入江くんに後ろから蹴られてる。
指導医たる僕になんてことを!なんて怒ってるけど、明らかに楽しんでる。
入江くんは何も言わない。
いつものように的確に指示を出して、仕事に支障はないみたい。
でも、…怒ってる。
絶対怒ってる…!
西垣先生にも口止めしたけど、なんだか心配だな。
モトちゃんは入江くんがイライラしてるのわかってて、なんだか楽しそう。
「怒ってる入江さんてセクシーよね」
…なんて言ってる。

最近は家にも帰ってこない。
もちろん患者さんが重症だったり、当直だったり、入江くんは本当に忙しそう。
でもね、入江くん。
絶対気に入ると思うの。
だって、この間ずっとそのページ読んでたもの。
だから、あたし、頑張る!


 * * *


約束したその日、あたしはモトちゃんの仕事の終わりを待っていた。
入江くんは相変わらず手術。
少々嫌そうにやってきたモトちゃんは、入江くんの手術がまだ終わっていないことを告げた。

「もう時間が時間だから、夜勤の子に任せてきたけど、メタ(転移)がねぇ…。きっと手術室の入江さんも大変よ」

あたしはその言葉を聞いて、猛然とモトちゃんを引きずって病院を出た。

「ちょ、ちょっと、あんたホントに行く気?」
「行くわよ。行って絶対に手に入れたいの」
「でも、入江さんがそんなこだわり持ってるかしらねぇ。他のものでもいいんじゃない?」
「手に入りにくいものだからこそ、用意する価値があるんじゃないの」
「そ、そぉ?でも、ねぇ」
「行きたくないんでしょ、モトちゃんは」
「行きたくないわよ、夜の歌舞伎町なんて。あたし、狙われちゃうじゃないのぉ」

そんなことを言ってる。
誰にどう狙われるのかわかんないけど。

紹介してもらったお店に入ると、この間来た昼とは全く雰囲気が違っていた。
昼間はカフェみたいな感じで、夜はバーになるのだから当然かもしれないけど。
モトちゃんはマスターにあいさつをして、カウンターに座った。
そろそろあたしが言付けを頼んだ人がくるらしい。
今日はその人が頼んでいたお酒が手に入ったからだと言う。

「へぇ、その方お酒好きなんですね」
「そうそう。だから、君が頼んだ物も持ってるというわけ。お店で買うと今は8万位だって?」
「8万なら出せない額じゃないから探したんですけど、普通のお店には売ってなくて。専門店でも取り扱い数が少ないから、すぐには取り寄せできないって」
「まあ、中にはうん十万なんてものもあるから、8万なんて安いんだろうけど。うちが前に手に入ったとき、その方に差し上げちゃったから」

8万が高いか安いかって、あたしには十分高いって思うけど、こればっかりは高いとかそういう問題じゃなくて、なんと言うか気持ちの問題よね。
もしそれが1万以内のものだったとしても、あたしにしたら大事な記念だからそれで十分満足すると思う。

モトちゃんはそんな話を黙って聞いていた。

「幹君は、最近いい話ないの?」
「…あったらこんなとこ来やしないわよ」

モトちゃんはきれいな色のカクテルかと思いきや、琥珀色の液体。

「えーと、それなぁに?」
「ブランデーよ」

あたしは自分が酒癖が悪いのを自覚しているので、アルコールは飲まずに待っていた。
ウーロン茶を少しずつ飲みながら、入口のドアを確認する。

ちょっと退屈してきた頃、ドアが開いて一人の女の人が入ってきた。

「マスター、こんばんは」
「こんばんは。例のお客さん来てるよ」
「あら、ほんとに来たの」

あたしはてっきり男の人だと思っていた。

「あ、あの、こんばんは」

声をかけると女の人はあたしを上から下まで眺めて言った。

「まあ、かわいいお嬢ちゃん」

なんて答えていいかわからなかった。

「えーと、結婚記念日のお祝いにわたしの持ってるワインが欲しいって?」
「お金なら払います。他でなかなか手に入らなくて、ぜひ欲しいんです!」
「ちょっと、ちょっと、待ってちょうだい」

勢い込んで迫ったあたしをのけぞって避けながら、その人は笑った。

「まずは名前を聞こうじゃないの」
「入江琴子です」
「琴子ちゃんね」
「はいっ」
「…そんなに欲しいの?」
「はいっ」
「だんなさん、かっこいい?」
「そりゃもう!」
「ふーん」

あ、嫌な予感。

「それじゃあ、賭けをしましょう」
「へ?」
「別にワインが惜しいわけじゃないの。お祝いだって言うなら差し上げたって構わないわけだし。ただね、ちょうど退屈してたから、ちょっとしたお遊びね」
「は、はぁ…」
「あなたが勝ったらただでワインはあげる。わたしが勝ったら、ワインはお金を払ってもらった上で、だんなさんとデートさせてもらうってのはどう?あ、もちろん1回でいいわよ」

あたしは真剣に考えた。
えーと、どちらにしてもワインは手に入る?
でも、もし負けたら…この人と入江くんがデート?
入江くんが許す?
…絶対怒られそう…。
…でも、デートするのは入江くんで、入江くんが承知するかしないかは…別、よね?
それに、勝てばいいわけで…。


Side 幹

あら、あら〜?
なんだかやばい展開じゃない?

あたしはあの女が入ってきてからはずっとただ見ているだけだった。
だって、それくらいの交渉は自分ですべきよね。
ここまでちゃんとついてきてあげたんだから感謝してほしいくらいだわ。
それでも、ついてきたあたしも人がよすぎるのはわかってるわよ。
だけど、入江さんが…ねぇ?
ここでもし何かあったら、あたし一生恨まれるような気がするから。
なんと言うのか、入江さんて、琴子以外には静かに怒るタイプじゃない?
琴子には散々怒鳴っておきながら、あたしや西垣先生には冷たーい目でにらむのよ。
表面上は態度に出さないの。
そうよ、仕事もきちんとするし、あたしからの依頼だって別に断るわけじゃない。
ま、西垣先生はなんだかかなり蹴られたりしてるみたいだけど、それは本人の行い次第ということで。
とにかく、そんなのがずっと続くとしたら、それはいやーな感じよねぇ。
はぁー、でも、怒ってるときの入江さんて、これまたかっこいいのよねぇ。
もう、ぞくぞくしちゃう。

あっと、いけないいけない。
そ、そう、琴子だったわね。
なんだか嫌な賭けの仕方じゃない?
それなのに、琴子ったら…。
もう、仕方がないわね。

「…もしもし?」

「うん、そう。手術終わった?」

「あ、そう?」

「えーと、じゃあねぇ…。琴子とデートしてるから、あたしがその気になる前に取り返しにいらっしゃいって」

「ええ、そうよ。場所は…うふふ。西垣先生に聞いてみてって」

「じゃあ、よろしくね〜」

あたしは携帯を閉じると、琴子の悩む姿を横目で見た。
この結論が出る前に果たして現れるかしらねぇ。


(2007/02/24)

To be continued.