Friend or Lover




Side 直樹

思ったよりもうまく手術が終わり、術後の経過も良好。
ナースステーションで一息ついていると、けたたましく電話が鳴る。
何か他の呼び出しじゃなければいいと思ったところ、夜勤らしい品川が電話を取った。

「はい、第三外科…、モトちゃん?」

「終わったわよ」

「どうしたの?あんた、琴…」

おそらく、琴子と…と言いかけたんだろう。
俺のほうを見て慌てて言葉を濁した。

「で、どうしたのよ。何か伝言?」

「取り返しにって…。それをあたしに言えって〜?」

「ちょ、ちょっと待って…」

「よろしくって…」

電話を置いた品川が俺のほうをチラッと見てから、意を決したように息を吸い込んだ。

「入江先生、モトちゃんが…。
『琴子とデートしてるから、あたしがその気になる前に、取り返しにいらっしゃい』って。
それから、『場所は西垣先生に聞いてみて』だそうです」

開いていたカルテを無言で閉じた。
どちらにしろ記録は終わっていたから問題はない。

「…わかった。この後何かあったら、全部西垣先生に」
「ぜ、全部…ですか」

少々怯えたように立っている品川を見た。
品川は顔を引きつらせて言った。

「全部ですねっ」

そう言ってから、
「あー、検温の時間だった〜」
とナースステーションを出て行った。

俺はそのまま医局に上がると、西垣医師を捜した。
捜すまでもなく、ソファに座って談笑している。

「西垣先生、琴子が今日行っている場所はどこですか」
「え?琴子ちゃん?ああ、あれはねぇ…。何、君が行くの?」
「時間がないんで、手早くお願いします」

そう迫ると顔面蒼白になりながら答えた。

「………ああ、そ、そう。あれは、歌舞伎町の…」

西垣医師は、場所を言ってしまうと立ち直ったようで、少しまじめな顔で言った。

「いやー、僕がエスコートしようかと思ったんだけどね。あ、ちょっと、入江」
「申し訳ありませんが、後の事、全部お願いします」
「え、おい、全部って、おまえ、研修医だろー」

「西垣先生、術後の患者さん、尿の出が悪いって3外から〜」

振り返りもせず医局を出て、琴子がいるであろう歌舞伎町を目指した。


Side 琴子

あたしがうーんと悩んでいたら、その女の人は笑って
「ゆっくり考えて。まだここにいるから」
と言ってマスターに自分の飲み物を注文していた。

モトちゃんは横目で見てふんと鼻で笑った。

「嫌な女」
「え、そう?どちらにしてもワイン譲ってくれるなら、いい人じゃない?」
「…あんたはお気楽ねぇ」

モトちゃんはそう言って時計を見た。

「もうそろそろ入江くんも手術終わったかな」

そうつぶやくと、モトちゃんはにやっと笑った。

「あんたが負けたら、入江さんはあんたの意思とは無関係にあの女とデートよ。いいの?」
「で、でも、やってみなけりゃわからないじゃない」
「ま、あんたのそういうところは好きだけど」

…でも、無謀よね。

そうモトちゃんの声が聞こえた。
でも、でも、やらなかったら手に入らない。
これはきっとあたしの入江くんに対する愛を試されてるのよ。
あたしはそう決心して女の人に声をかけた。
女の人は『倫子』と書かれた名刺をくれた。

「あの、でも、どうやって賭けるんですか?あたし、賭け事したことないし」
「あら、簡単よ。酒場じゃコイントスって決まってるわ」

決まってたっけ?とあたしは首をかしげる。
倫子さんがマスターから受け取ったコインは、フランスのコインだという。

「ワインを賭けるにはぴったりでしょ」

そう言って笑う。

「表か裏か、二つに一つ、どちらか選ぶだけよ。勝負は一回きり。もちろんフェアにね」

あたしは黙ってうなずく。
カウンターにいた他の客が、何事が始まるのかと興味深そうにこちらを見た。
あたしは少しでもわかればいいと倫子さんの手元を見つめた。

そのときだった。

バーの入口の重そうな扉がバタンと開いた。
そこで息を切らして立っていたのは、なんと、入江くんだった…。


Side 幹

あらあら。
きっと電話の後、大急ぎで出てきたんじゃないかしら。
そう見えるのは、少し乱れた前髪。
少し弾んだ息。
もう、絵になる男よねぇ。

ゆっくりと中に入ってきてから、あせっている琴子をわざと無視してあたしのほうへ来た。

「なかなかいい招待だったな」
「でしょう?」
「ちょ、なっ、入江くんがここに?!」

一人で青くなったり赤くなったり、よくもまあそんなに顔が変えられるわねと感心するくらい、琴子は突然現れた入江さんにとまどっている。

「に、西垣先生に聞いたの?」
「…まあ、そうとも言うけど」

カウンターに座って、ビールを注文する。

「ふうん、この人があなたのだんなさま?」
「り、倫子さん」

ああ、そう言えばまだ賭けの途中だったわね。

「それじゃ、賭けの続き始めましょ」
「え、う、うん…」

入江さんのほうをちらちらと見ながら、賭けたことがばれたら怒られるんじゃないかとビクビクしている。
なんと言うか、バカ正直よね、この娘。

「…賭け?」
「そう」

あたしに向かって鋭いひとにらみ。

「あら、私がけしかけたわけじゃないわよ。どうしても欲しいものがあるんだって。それにね、これは琴子の意地をかけてるんだから」

それだけ聞くと、勝手にしろとばかりに受け取ったビールをごくりと飲んだ。

「…止めないんですか?」
「必要ないだろ」

それだけ言って、またビールをごくり。
ああ、これが入江さんと二人きりで飲んでるんだったら、至福の時間なのに。

「琴子が負けたら、あの女と入江さんがデートらしいですよ」
「どうでもいいよ」

冷たくそう言った。
負けてもいいわけ?
デートなんて、デ−トなんて…あたしがしたいわよっ。
てっきり怒るかと思ったのに、なんだか拍子抜けだわ。

そんなあたしの心配も全く関係なく、賭けが始まったらしい。
コインがはじける音がして、ライトにきらきらと光りながら回っている。
ピシッと手の甲にコインが挟まれる。
琴子は凝視したまま固まっている。
…動体視力でもよければ当たるかもね。
気合の入った顔であの女に向かって宣言した。

「う、裏!!」
「いいのね?」
「え、あ、えーと、表かな?ううん、やっぱり裏。あ、でも、ちょっと待って」

ギャラリーの早くしろという突っ込みにもめげずに、琴子はぐずぐずしている。
琴子が一度だけ入江さんを振り返った。
別に意見を聞くわけでもない。
でも、確信をしたように言った。

「裏にする。うん、やっぱり裏」
「じゃあ、開けるわよ?」

女の言葉に皆がうなずいている。
琴子にいたっては、きっと今めちゃくちゃ後悔してると思うけど。
気合の入ったぶさいくな顔で祈っている。

「あら」

女がうれしそうに笑った。

…どっちなのよっ。


(2007/02/27)

To be continued.