3
直樹は、押し付けた唇の感触があまりにも柔らかいので、突っ張っていた手の力が抜けるのを感じた。
琴子は驚いたように目を見開いていたが、直樹の目を見たまま何か別のことを考えているようだった。
驚かせることには成功したが、なんだか他に気をとられた様子だったのが悔しくて、もう一度口づけを落とした。
今度は先ほどより優しく、そして官能的に。
そのときには琴子がどこを見ているかなど、気にしていられなかった。
自分自身も目を閉じて、琴子の唇の感触に酔っていた。
少し開いた口から自分の舌を滑り込ませる。
「…んっ」
琴子が一瞬抵抗するように声をあげようとした。
それを強引にねじ伏せるように琴子の口の中を蹂躙する。
琴子の舌はすぐに直樹に応えてきた。
いつもこんな風に未来の自分に応えているのかと思うと、余計にいらだちを覚えた。
貪るように唇を吸い、舌で琴子の口の中の隅々まで侵入した。
十分に二人の唾液が混ざった頃、直樹は唇を離し、琴子の耳にささやいた。
「俺に抱かれたい?」
琴子はささやかれた言葉に返事もできないでいた。
すでにキスだけで身体の力が入らず、ただ大きく息をついてあえぐだけだった。
直樹はその様子を見て、満足そうに微笑んだ。
唇から首筋へ、そして鎖骨へ、パジャマから出ている肌の全てに唇をつけて、その肌の甘さに自分の理性が吹っ飛ぶのがわかった。
白く滑らかな肌は、直樹の奥底の欲望に火をつけた。
常々自分は理性的だと信じていたし、その自信もあった。
しかし、一度口づけた肌にここまで惑わせられるとは知らなかった。
そのまま直樹は琴子のパジャマのボタンを一つ一つはずしていった。
パジャマの下は無防備にもブラジャーはつけておらず、二つのふくらみがすぐに目の下に現れた。
決して大きくはないふくらみだったが、直樹を煽るには十分だった。
そのふくらみの真ん中を強くついばむと、赤い花が散らされた。
続いてふくらみを片手で揉みしだく。
パジャマを取り去ったときには、すでに硬くつぼんでいたふくらみの頂点を舌で舐めあげる。
「やっ…」
琴子は顔を背け、薄くピンクに染まったうなじを現した。
琴子の手が直樹の身体を押し返すように動く。
とっさに自分の両手で封じ、ささやいた。
「琴子…」
「い…りえ…くん」
目を閉じて聞いていれば、神戸に行く前の直樹の声を思い出す。
違う、同じ、でもやっぱり違う…。
自分の中の記憶と混ざり合って、琴子は混乱した。
目を開けて見なければ、目の前にいるのが15歳の直樹だとは思えなかった。
翻弄されてしまう自分が嫌で、目にたまった涙をあふれさせた。
「入江くん…じゃない」
「…違わない」
直樹は琴子のあふれさせた涙にも、手を緩めようとは思わなかった。
むしろ、自分と同じなのに、自分じゃない誰かを呼ぶ琴子の声にいらついた。
ただ身体を重ねるだけなら、別に心が必要なわけではないことを男としてよく知っている。
それなのに、目の前にいる女を自分に向けさせたかった。
このまま自分におぼれてしまえばいいのに、と。
だから、もう一度ささやいた。
「琴子」
琴子は両手の動きを封じられていたが、とうに抵抗する気力を失っていた。
ささやかれるたびに、自分の中の欲の部分が引き出されるのを感じていた。
直樹に抱かれていたい。
抱きしめて、キスをして、一緒になりたい。
自分の名を呼んでほしい。
心も身体もほしい。
だから、かすれた声で最後の抵抗をした。
「入江くん、ずるい…」
熱っぽい声で返された琴子の声を聞いて、直樹はこぼされた涙と唇を吸い上げた。
硬く立った薄紅のつぼみを口の中に収め、舌で転がすと、さらにつぼみは硬さを増した。
琴子の口から吐息が漏れた。
それを合図に、直樹は戒めていた両手を解いて、下腹部の肌をなでおろした。
琴子のパジャマのズボンを一気に引き摺り下ろし、自分の着ているものも取り去る。
浮き出た腰骨を撫で下ろし、大腿へと手を伸ばす。
閉じていた両足の内側へ手を入り込ませ、内股を撫でる。
思いつく限りの肌に唇をつけながら、そのたびに琴子の反応を確かめた。
下着の上からそっと柔らかな部分に触れると、そこはしっとりと濡れていて、強く指で押すと琴子がうめいた。
「もう濡れてるぜ」
ことさら意地悪につぶやいて、琴子の羞恥をあおる。
琴子は強く目をつぶっている。
直樹はこれほど濡れるとは思っていなかったので、すぐに確かめたくなり、遮っていた下着も取り去ろうとした。
琴子の無言の反応がうれしかった。
しっかりと閉じている足を開かせるため、薄いピンクに染まったうなじに口づけてささやく。
「…もっと力抜けよ」
うなじから耳へと唇を移動させ、耳たぶを甘噛みしながら、手は濡れた狭間を擦りあげた。
「あっ…ん」
我慢していた琴子の口から声が漏れ、閉じていた足が緩み始める。
琴子は思わず口に手を当て、声が漏れるのを恐れた。
直樹はすかさず自分の足を琴子の間に滑り込ませ、下着をようやく足からはずした。
滑る指を動かし、より一層濡れた奥へと指を入り込ませる。
初めて触る蜜つぼは、どこまでも柔らかく、自分の指をどこまでも飲み込むかのようだった。
外に触れる柔らかな芽は、指で触るたびに琴子の腰が動いた。
その反応を見て、長い指で濡れた奥をかき回し、小さな芽を擦るようにして触ると、琴子の息があがっていった。
それでもなお強情に声を上げることに抵抗するので、琴子の足を大きく開き、自分の舌で刺激した。
「んん…あっ…やっ」
部屋に水音と琴子の声が響き、直樹は自分が昂ぶるのを感じた。
琴子は堪らず、先ほど広げたシーツをつかみ、頭を左右に振ってだめと言うように意思表示した。
それでも直樹は琴子の足を持ち上げたまま、自分自身を濡れそぼった入り口に当てて腰を落とした。
ほんの一瞬、琴子に自分自身を沈めるときにだけ罪悪感を感じたが、そこで行為を止められるものでもなく、一気に琴子の中に貫いた。
抵抗もなくするりと入り、暖かく包まれた感触に驚いた。
少しずつ腰を動かすと、壁はまるで別の生き物のように蠢いた。
琴子のあえぎ声と一緒にひくつき、直樹を締め付ける。
その快楽と琴子の泣きそうな顔に満足を覚えた。
もっとその快楽におぼれていたかったが、若い直樹の身体はそうすることを拒んだ。
琴子はどんどん途切れなく声を上げ、直樹を包み込む。
いつの間にか琴子の名を読んでいる自分に気がつかなかった。
一層激しく腰を動かした後、若い精を爆発させた。
「ああっ…いり……く…ん」
「こ…とこ…」
直樹が全てを解き放ったとき、切なげに聞こえた琴子の声が、どちらの直樹を呼んでいたのか、知る由もなかった。
* * *
らしくない。
誰に聞かせるまでもなく、直樹は独りつぶやいた。
正直、あそこまで理性をなくすほど琴子におぼれたのが自分のほうだったなんて。
夜の道を歩きながら、直樹は空に淡く輝く月を見上げた。
行為の後、自分の放出したものを拭い、放心した琴子にきちんと下着とパジャマを着せて、直樹はそっと家を出た。
今日のことを知ったら、25歳の自分は、15歳の自分を許さないだろうと思った。
琴子が話そうがどうでもよかった。
ただの興味。
直樹は自分にそう言い聞かせた。
制服のブレザーのボタンを閉めなかったので、春のまだ肌寒い夜気が身体に入り込んでくるようだった。
その肌寒さが、先ほどの暖かい人肌を欲した。
闇夜にぽっかりと浮かんだ月の白さが、琴子の白い肌を思わせた。
仰け反った白い喉と震える胸、滑らかな大腿、波打つ下腹。
どこかの家の庭から花の甘い香りがした。
自分の無骨な身体にも甘い吐息と芳しい肌の香りが染み付いていているようだった。
塀の外に出ている赤と白の混ざったその木蓮の花に、薄紅に染まった琴子の頬を、赤い唇を、二つのふくらみの果実を、その間に散らした朱の印を重ねて、息を吐いた。
琴子は未来の自分の妻ではあるが、今の自分の妻でも恋人でもない。
どうかしている。
そんなわかりきったことを考える自分。
凌辱した自分を琴子は許すだろうか。
あれは凌辱か合意か、そんなことは考えるべきではない。
欲望の果てに行ったこと。
琴子は25歳の自分と15歳の自分の間で翻弄されていた。
わざと目を閉じさせて、繰り返しささやいて、混乱させて、今は近くにいないはずの人間を演じて見せた。
それは少しの卑怯と少しの優しさ。
多分このまま忘れてしまうのが一番いいのだろう。
…頭ではわかっていた。
木々の揺れる音とともに、風が道を通っていく。
思わず振り向いた直樹の目に、鮮やかなピンクの桜が目に付いた。
花びらがはらりと直樹の肩に舞い降りてきた。
それを手に取ろうと肩に手を伸ばしかけたとき、ざざっと強い風が吹き付けた。
肩に乗っていた花びらも、木に咲いていた花も全てを風が吹き飛ばした。
花吹雪の中で思わず直樹が目をつぶったとき、昼も同じようなことがあったな、と思い出した。
目を開けた世界は、期待通り直樹の時間で動く10年前の世界だった。
* * *
夜中に目が覚めると、客間で倒れていて、その身に毛布をかけられていた。
見ていた夢はとても切なくて、目が覚めた後は一層直樹の姿を求めた。
直樹が神戸に行っていて、ここにいないことを思い出すには若干時間が必要だった。
「…入江くん?」
誰かがそばにいたようで、ほんのりとしたぬくもりを感じた。
なぜ自分が客間で寝入っていたのか思い出せなかった。
あまりにも恋しくて、キスされ、抱きしめられて、自分の名を呼ばれる夢を見たと思っていた。
もちろんそれよりももっと魅惑的に抱かれたと思ったが、誰もいない客間で自分を恥じた。
自分の父が帰ってきていて、キッチンで水を飲んでいる。
琴子は客間の毛布を片付け、きっと毛布は父がかけてくれたのだと思い、お礼を言うために立ち上がった。
風邪を引いたのか、ひどく身体が熱っぽくてだるく、パジャマの前をしっかり合わせた。
胸の間にいつの間にか虫に刺されたらしい跡があったが、なぜかその跡を見た途端、涙がこぼれ落ちた。
春の夜の夢は、琴子にとって胸を震わすほど切なかった。
* * *
直樹が目を開けたそこは、暗い夜の闇の中ではなく、明るい日差しの道端だった。
直樹は首をかしげ、目に入った砂埃を気にしながら道を見据えた。
何か、ひどく扇情的な夢を見たようだった。
けだるい身体が鞄を重く感じさせた。
白昼夢。
そう信じて歩き出す。
誰かを抱いた錯覚に陥ったのは、きっと先ほど見たあのバカバカしいビデオのせいに違いない。
バカにしながらもそんな夢を見てしまった自分に苦笑する。
駅の構内に入る前に飛んできた桜の花びらを手のひらで受け止める。
そのまま握りつぶして捨てた。
家に帰り着いた直樹を出迎える声が、何か物足りないと思ったが、それは多分気のせいに違いないと思い直した。
自分から香る甘い香りが、ひどく切ない気分にさせたのも、春の気の迷いだと。
春の夜の夢−Fin−(2006/08/14)