Angel Qest



第十一章 世界の混沌


選択肢2:気になるので立ち止まって靄の正体を確かめる。

1.三精霊の秘密

倒れたコトリンを抱き上げながら、ナオーキはコトリンの顔にかかった髪を払った。

『なんでこの娘は肝心なときに意識を手放すのよ!』
『そうは言ってもそれが魔王のやり方なんだから仕方がないでしょ』
『愛しのマナリン、私の心はいつでもあなたとともに…』
『この非常時にそんな口をたたけるなんて、あんた一人で魔王でも倒してきなさいよ。仮にも武器なんでしょ』

魔王の気配が薄くなると同時におしゃべりを始めた精霊たちにナオーキはため息をついた。

「…うるさい」

ナオーキはそのままコトリンを抱き上げ、どこへとも知れずに歩き出した。

『…ところでどこへ向かってるの?』

マントの精:マナリンはそう問いかけたが、ナオーキからの返事はなかった。

『多分どこへも行けないわよ』

そう言ったマナリンの言葉にナオーキはようやく足を止めた。

「どこへも、とは」

『…ああ、そういうことね』

鎧の精:モトーキは納得したようにつぶやいた。

『つまり、あたしたちもどこへも行けなかった者なのよ』
「どこへも行けなかった…者」
『神だか魔王だか知らないけれど、どこかへ行こうと必死になってみた結果、こうなったわけ』
『マナリン、それは違うかと…』

口を挟んだフナーツをにらみつけ(たように見えた、多分…)、マナリンは続けた。

『それなら、何であたしたちはここに閉じ込められてるの』
『ですから最初から私を選んでいれば…』
『仕方がないでしょ、モトーキが最初に現れたんだから』
『あーら、アタシだって好きでこうなったわけじゃないわよ。そもそも選んだのは神だか魔王だかのほうでしょ』

三精霊の言葉の意味はよくわからなかったが、どうやらこの世界や光の戦士に関わる重要な情報であることは間違いなさそうだった。
ナオーキはコトリンをそっと下ろした。

『でも彼らは既に…』
『そう、だから違う結果になるかもしれない』
『それなら』
『でも、フナーツ、コトリンの両親はどうなったと思う?本当に条件を満たしていればこの世界は救われるの?』

「その条件とは?」

三精霊は口に出すべきか顔を見合わせた(多分)。


2.光の戦士の条件

『光の戦士が選ばれても、条件が整わないと魔王と対峙出来ないって聞いたことある?』

鎧の精:モトーキが慎重に言った。

「聞いたのは光の戦士は男と女一人ずつ。それは神によって無作為に選ばれて、お互い知らないうちに引き合うこと。魔王に向き合うためには武器防具を揃えること。何か能力を与えられるのは偶然であること、くらいだ」
『…そう。少しずつ口伝えも変わっていくのね』
「何が違うんだ」
『本当に肝心な部分が抜けてるわ』
「肝心な…?」
『何故光の戦士が男と女一対でなければならないのか考えたことある?』
『私は男女平等のせいだと思ってました』
『…フナーツは黙ってて』
『…はい、申し訳ありません』

ぴしゃりと言われて武器の精:フナーツが黙ると、モトーキのため息だけが響いた。

『二人がお互いに必要な存在であると自覚して、二人が結ばれたときに真に光の戦士としての真価が発揮される』
「何だよ、それは」
『さあ。本質的な意味はわからないわ。本当に文字通り結ばれることが必要なのか、単に絆という意味なのか』
『ふーむ、それでは魔王を倒せないのもわかる気がしますね』
「…ふざけてるな」
『…まあ、そうよね』
『それではやはりマナリンと私でなければ意味ないことでは』
『言っておくけど、マナリンがフナーツ、あんたと先に出会ったとして結ばれたかったかどうかは別よ』

コトリンはナオーキの腕の中ですやすやとまるで眠っているかのようだ。

『あんたたちは幸か不幸か、接吻してるでしょ』
「…人工呼吸と…」
『そんな建前はいいのよ。アタシたちはその人工呼吸ですらする気はなかったんだから。つまり、形はどうあれ、それが結ばれたと解釈するなら、条件は満たしているわけよね』

何らかの条件があることなど、最初からわかっていたが、まさかそんな条件が必要だとはさすがにナオーキも予想していなかった。

『だからね、アタシたちは、それすらもできずに魔王と対峙することもなく、どこかへ行こうとして行けなかった者たちなのよ』
「もしそのどこかへ行けば、もしかしたらこいつは、元に戻るのか?」
『永遠と彷徨う羽目になるかもよ』
「…構わない」
『本当にいいの?国はどうするの?』
「どちらにしろ、このまま魔王が支配するなら、国に戻っても一緒だろ。何もせず暗黒の世界を彷徨うなら、わずかでもある希望に賭けよう。多分、国の者たちはわかってくれる」
『今までだって十分彷徨ったのに…』

ため息をつきながら精霊たちはこの先を思った。

『それから言っておくけど、あたしたちの力を合わせても、そこへたどり着けるのか、そこから抜け出せるのかわからないけど、それでもいいの?』

ナオーキはもの言わぬコトリンを腕に抱いたまま言った。

「…それでも、いい」
『それなら、行くわよ』
「ああ」
『本当にホントね』
「…しつこい」
『行くって言うなら、仕方がないでしょ。どうせあたしのマスターの意識はそこへ飛んじゃってるんだし』
とマントの精:マナリンが言えば、
『マナリンが行くなら、当然私も行きます』
と勢い込んで言うフナーツ。
『それじゃ、遠慮なく』
とモトーキが言った途端、眩い光に包まれたのだった。


3.消えない疑問

何もない世界だという印象だった。
今までも散々歩かされた場所も確かに何もなかったが、それは暗闇であったり、光があったり、変化はあったのだ。
ただ白い世界は、こんなにも眩しいものだったろうか、と目を細めた。
光の中のただ一つの影を求めて、ナオーキは目を凝らした。
誰かが立っていた。
コトリンかと足を速めようとしたそのとき、微かな声が響いた。

   …ほら、見てごらん。ここがおまえの世界。
   眩しくて、きれいだね…。

   コトリン。
   私の可愛い娘。
   ずっとあなたの成長を見ていたいわ…。

   私の命が尽きるのなら、どうかあの子を見守って…。

   …どうして…。
   ただ見守っていられるなら、どこでもよかったのに。
   ごめんなさい、あなた。
   もう、捜さなくていいの。
   だって、私は…。

人影は揺らめいて消えたが、その人影はコトリンによく似ていた。

「…まさか、あいつの母親…?」

途中で消えたというコトリンの母親は、そもそも光の戦士として無事に戻りながら、何故いなくなったのだろうか。
光の戦士が二代にわたって選ばれるなんてこと、あるのだろうか。
犠牲になるべきは王家。
そう信じて、そう云いつけられて育ってきた。
光の戦士に選ばれるのも真っ先に王家の人間のはずだった。
そのために多くの王家の者たちは日々精進している。
何故魔王は現れ、退治されながらも再び現れるのだろうか。
繰り返されるこの出来事に意味はあるのだろうか。
国民を滅ぼすわけでもない魔王の目的は、一体何なのだろうか。

しばらくそのまま立ち続けたナオーキの足下を不意に風が通り抜けていった。
目の前には何もないのに、ナオーキはその感覚だけで危機を感じた。
吸い込まれる?
どこに?

ナオーキは、何もない世界から強制的に抜け出ようとしていた。


4.裏庭

気がつくと、そこには小さな女の子がいた。
まだものごころつくかつかないかの年頃。

「おかあさん…」

どうやら泣いているようだった。
どうしたらいいか戸惑っているうちに、子どもが顔を上げた。

「どうしてあたしにはおかあさんがいないの?」

真正面でそう問われたが、ナオーキは黙って見下ろしていた。
その顔は、懐かしいような顔立ち。

「もしかして…」

コトリンに似ている、と思った瞬間、女の子は走り出した。
ナオーキはとっさに追いかけた。
このまま見失ってはいけない気がしたのだ。
そもそも手がかりのない世界で一人になることほど心細いものはない。
そう、ナオーキは初めて一人で心細いと感じていたのだった。

先ほどとは違う世界なのか、それとも地続きなのか判然としなかった。
それでも走り出す子どもを捕まえることなどわけはないと思っていた。

突然走り出した女の子を追って走っていくと、周りには何やら食べ物のようなものが過ぎ去っていく。

一体これは…。

それが過ぎると今度は薄暗い靄のようなものも。
そして現れたのはどこかの庭。
よく見ると、王宮の庭に似ていた。しかも、あの裏庭に。

気がつくと、女の子は膝を抱えていた。
追いついたナオーキは「コトリン」とそっと呼んでみた。
女の子は驚いたように振り向いてナオーキを見た。

「…なんでわかるの?」
「わからないわけないだろう」
「あなた、おうじさまね!」

そう言われて、ナオーキは苦笑しながら答えた。

「まあ、王子、だな」
「やっぱりそうなのね。いつかあたしにも王子様がやってくるはずなのよ」

どんな妄想だ、と思いつつ、ナオーキは辛抱強く答えた。

「何の追いかけっこだか知らないが、俺はちゃんと来たぞ」
「おうじさまはそんなことばづかいしないもの」
「知らねぇよ」
「ほら、またぁ。『おむかえにあがりました、ひめ』っていうのよ。あ、あたしはひめじゃないんだっけ」
「どうでもいいよ、そんなの」
「…ひめじゃないとやっぱりダメなのね」
「おまえを迎えに来たんだから、姫だろうと姫じゃなかろうとどっちでもいいだろ」
「それすてき!」

そう言って立ち上がり、くるくる回る。

「あ、でも、やっぱりダメ」

再び膝を抱えて座り込んだ。

「おかあさんをさがしてるの」
「おまえの母親は…多分…」
「しってるの?しってるならおしえて」

あの何もない世界で見たのがコトリンの母親なら、捜してもきっと無駄だろうと思っていた。ただ、それをそのまま口に出すほど今のナオーキは無慈悲ではなかった。
答えなかったのをどうとらえたのか、母についてそれ以上尋ねることなく、コトリンはぼんやりとしている。

「おうじさまは、ひとりなの?」

ナオーキはコトリンの傍らに膝をつき、手を取って答えた。

「さっき言ったろ。一人じゃない。
おまえ…コトリンを迎えに来たんだ」


To be continued.