Angel Qest



第十三章 旅の終わり


選択肢1:そのまま逃げ続ける。

1.魔王の城

魔王が消えた後、コトリンとナオーキは城の外に立っていた。
あの禍々しさは消えていたが、やはり城の奥をのぞくと暗くよどんだ感じはした。
それは建物自体の問題なのか、光の少ない城の構造がそう見せているだけなのかもしれない。
二人は顔を見合わせて、歩き出した。

「どうせ解放してくれるなら、魔法の出し惜しみをせずに一気に城まで帰してくれればいいのに」

コトリンはそう言って文句を付けた。

「あれ、あたし、マント、着ていない…?」

素っ裸でなくてよかったというべきか、いつの間にか着ていたはずのセクシーマントはその身になかった。
代わりに城へ来たときに着ていた旅装束を着けていた。

「…ああ、鎧も武器もないな」
「ええっ」

コトリンは辺りを見回し、それでも足りずに荷物入れの中を探った。

「どこへ消えたのかしら」
「さあ」
「そんなぁ」
「これで本当に冒険が終わりってことじゃないか」
「だって、あんなに苦労して洞窟の奥まで入ったのに、特典だってほとんど使えていないじゃない」
「…そっちかよ」
「…それに、ちょっとさみしいじゃない。一緒に旅をしたのに」

ナオ−キは少しだけ微笑んで、コトリンの背を見つめた。

「仲間、だったわよね」
「そうだな」

二人はしばらく無言で歩き続けた。
この道は、来た時は悲壮な決意でもって歩いてきた道だった。
結果的には魔王を倒しもしなかったし、サホーコ王女は取り戻していない。

「どうやってホクエイの王様に説明しようかしら…」
「なるようになるだろ」

コトリンにはもう一つだけ気にかかっていることがあった。
この旅が終われば、ナオーキとの別れだった。
わがままを言っても、ナオーキは王子で、ゆくゆくは国を継ぐ立場になるのは間違いないだろうから、町娘のコトリンとはかなりの身分差で、さよならをしたら二度と会えないのではないかと思っていた。

帰り道は少し切なかった。


2.サホーコ王女の行方

光の戦士が帰ってきた、という噂は瞬く間に城下から城へと伝わった。
そのせいか、城から早速迎えが来たが、ナオーキとコトリンは断って黙々と城へと向かった。
それには肝心なサホーコ王女がいないからだ。
いざ王の前に立つと、コトリンは足が震えてきた。
もしかしたら牢獄に入れられるかも、とか、そのままそこで処刑なんて…と震え上がった。
万が一コトリンがそんな処置になろうとも、ナオーキは正真正銘パンダイ国の王子だから、国交問題もあるからそんないきなりな処置はないだろう。
…と、そこまで考えてコトリンはもう一度ナオーキを見た。

もしかしてもしかしたら、あたしがいきなり処刑されちゃってもこのきれいな顔が変わるってこと、あるかしら。

ナオーキはコトリンの青ざめた顔に気づき、おまえは口を出すなと早口でささやいた。

「それで、さらわれたサホーコ王女は…?」

ホクエイの王が身を乗り出してナオーキに期待の眼差しを向けた。

「王女は、真実の愛を探しに旅立ちました」
「…真実の愛?」

納得がいかない、といった顔でホクエイの王はナオーキを見た。

「率直に申し上げますと、王女に求婚されましたが、それは無理だと申し上げたのです」

ナオーキを少しだけ顔をゆがめた。
琴子はサホーコとの会話を思い出して心が痛んだ。

「なんと」
「申し訳ないことをしたと思っていますが、誠実な彼女に誠実に応えた結果です」
「そうか…。
いや、わしもそなたが王女とともに帰還した折にはぜひとも我が王女と娶わせたいと思っていたのだが」
「最後には王女もわかってくださいました」
「それでは、王女は」
「恐らく、私どもが立ち去った後にでもご帰還なさるでしょう」
「それで、いつ帰るという保障はないのか。それに身の安全は」
「…多分、見知らぬ騎士とともにお帰りになるかもしれませんが、ご安心ください」
「その、見知らぬ騎士、というのは?」
「私も詳しくは…。恐らく従者も供にいるでしょうから、なんら危険なことはないかと思われますが」
「…よし、わかった。そなたの言葉を信じよう。
だが、もしも我が王女の身に何事か起こり、そなたの言葉に嘘偽りがあれば、長年親しくしてきたパンダイ国と言えど攻め入ることも考えよう」
「承知しております」
「ええ、そんなっ、ナオーキさまっ」
「…うるさい、黙れ」
「ふがっ」

何事かを告げようとしたコトリンの口をナオーキは手でふさいだ。
そんな二人の様子をホクエイの王は何かを悟ったかのようにうなずいたのだった。

二人して王との謁見の間を退いた後、コトリンは一応小声でナオーキに言った。

「いいの?あんな適当なこと言って」
「いいんだよ」
「だって、王女様、どこ行ったかわからないんでしょ」
「あの魔王が放っておくわけないだろ」
「でも、そんな…」

コトリンはそう言われて少し考えた。
あの魔王は、王女をそのまま返すだろうかと。
見知らぬ騎士と言うのは、もしかしたら魔王のことではないだろうか、と。
もしその魔王がホクエイ城を狙っているとしたら。
コトリンは慌てて謁見の間へと引き返そうとしたが、それを察したナオーキが引きずるようにして城の外へと連れ出した。

「ホクエイ城のことはホクエイの王に任せておけばいい」
「でもそれってちょっと冷たいんじゃない」
「王女が魔王の悪に染まったなんてこと、誰が聞きたい?」
「違うわ、王女様はそんな人じゃない」

ナオーキはため息を一つついた。

「それなら、なおさら待っていればいい。
真実、王女がおまえの思うとおりの人物なら、魔王の言うとおり程なくして戻るだろう」
「…うん」

ホクエイの城下町を後にして二人は歩いていく。
いよいよパンダイ国に向かって。


3.出迎えたもの

ホクエイから知らせが届いていたのか、パンダイの城下町:イーリエの町に着いた途端、まるでパレードが始まる勢いだった。
二人が一歩足を踏み入れた途端、『歓迎!光の戦士様』と書かれた幟が掲げられた。

「…なんだよ、これ」

苦々しい顔でナオーキをつぶやいた。
もっとひっそり帰ってこようと思っていたのに、これでは逃げも隠れもできない。
もちろん自分たちは光の戦士じゃないと言って逃れようとも思ったのだが、二人の顔が書かれた張り紙が町のいたるところに貼られているのに気がついた。

「いったい誰が…」

そんなコトリンのつぶやきに何事か思ったのか、ナオーキは諦めたようにため息をついて歩き出した。
もちろんそんな二人の周りは人だかりができている。
この機会にあの有名な王子を一目見ようとあらゆる年代の女性たちが群がっている。
コトリンは周りを見渡している間に、あっという間にそんな女性たちに弾かれてしまった。

「うわっ」

押し出され、家の壁にぶつかりそうになって、そこに貼られていた張り紙を見た。

「えーと、『光の戦士、魔王を倒して間もなく帰還』?
倒したって言うのはちょっと違う気がするけど、まあいいか」

更に二人の似顔絵の下にはまだ何か書かれている。

「…それから『帰還次第婚約発表』…。
こ、婚約?誰が?お、王子様がっ?え、嘘っ」

衝撃を受けてコトリンは座り込みそうだった。
ホクエイの王女との結婚は断ったらしいが、既にそういう婚約者が内定しているのならば、断ったのもうなずける。

「コトリン!」

先ほどのものすごい人だかりをいつの間にか抜け出して(というより蹴散らして)、ナオーキがコトリンを見つけ出した。

「早く城に行くぞ」

そう言ったナオーキの手には何か持っていて、何気なくその手の先のものをたどってみて驚いた。

「え、馬?」

先ほどから驚くことしかできないコトリンだったが、反論する余地もなく、颯爽と馬に乗り上げたナオーキに引っ張り上げられるようにしてコトリンの身体も馬の上に。
そのままナオーキに操られた馬は人垣を掻き分けるようにして城への道を走り出した。
本当は優雅な馬車も用意してあったのだが、これ以上見世物になるのはごめんだとナオーキが馬を奪い取ったのだった。
この馬の請求は城に、と言い残して去っていくナオーキをただ見送ることしかできなかった行商人は、後にこれを自慢げに吹聴していたという。

馬はおとなしくナオーキの言うことを聞いて城までの道を走る。

「ったく、何考えてんだ、城のやつら」

そんな憎々しげな声も聞こえたので、もしかしたら婚約者騒動はナオーキもあずかり知らぬことなのかもしれないとコトリンは少しだけ胸をなでおろした。

「ナオーキさま、こ…こんや…あだっ…」
「黙っていないと舌を噛むぞ」

もう噛んだ…と少し後悔しているところに、ナオーキの言葉が聞こえてきた。

「今夜がなんだって?今夜は城に泊まればいい。それくらいの歓迎は受けるべきだろう」

そんな話じゃなかったのだが、コトリンはとりあえず婚約者のことは忘れようと考え、ナオーキの馬術にただただ感心して、舌を噛まないようにしがみついていた。

コトリンの目には、ナオーキがぼやけてよく見えなかった。
見開いた目には、涙が溜まり今にも零れ落ちそうだったからだ。


4.パンダイ城への帰還

馬で城に帰還すると、派手派手しく帰還の楽器が吹き鳴らされ、我慢しきれないように王妃が飛び出してきた。その後ろからは困ったように追いかけてくる侍女たち。
近衛兵すらも振り切ってきたその様子は、何かにひどく興奮している様子が見られ、ナオーキは経験上そのまま馬の首を今くぐったばかりの門のほうへと向けようとした。

「待ちなさいっ」

その行動を読んだかのように門の辺りを固めるのは、母ゆえか。

「コトリン!よく帰ったわね!」

馬上のコトリンを引き摺り下ろさんばかりに手を握ってくる王妃に舌打ちをしながら、ナオーキはコトリンを馬から下ろした。
幸いなのかどうか息子であるナオーキは無視だ。

「えっと、あの、ただいま帰りました。出迎えていただきありがとうございます」

歓迎振りに驚いてコトリンは戸惑いながらそう答えた。

「今夜は忙しくなるわよ〜」
「いえ、そんな、あの」
「いいのよ、全て用意は整ってるわ、うふ」

魔王の城から無事に帰還したのだから、祝賀の催しは当然なのかもしれないとコトリンは納得した。当然自分のためとは思っていない。

「今度は逃がしはしないわよぉ」

不敵な笑いをしながら仁王立ちした王妃に、城へさっさと入ろうとしていたナオーキは急に寒気を感じて振り返ったが、その寒気が何を意味するのかわからないままだった。
それを知った時には既に取り返しのつかないことになるとは思わなかったのだった。


その日の夜、祝賀の催しを何とかして逃げ出そうとしていたナオーキだったが、そこは母のほうが一枚上手だった。
まるで囚人のようにがっちりと周りを固められ、監視されて、仕方なしに祝賀の催しに出ることになった。
それにしてもコトリンの姿が見えないとナオーキは控えの間で退屈していた。
コトリンがいれば少なくとも退屈しのぎにはなるからだ。
しかもあの母親の関心もコトリンにそれるため一石二鳥だった。
やっと現れたコトリンを見て、ナオーキは言葉もなかった。

「わ、笑わないでください」

恥ずかしそうに現れたコトリンは、見慣れた旅装束ではなく(当たり前だが)、どう見ても一国の姫と言っても差し支えない程度の格好をさせられていた。
と言うのも、その頭上に輝く冠は、若い頃王妃が贈られたという代々伝わる王家の品だったからだ。
その逸品は、未来の花嫁に贈られるものであり、つまりそれを頭に乗せているコトリンは、将来の王妃ということになる。
口を開けたまま次の言葉も出なかったナオーキだったが、瞬時にその意味を察すると、大声で怒鳴った。

「母上!」

突然ものすごい剣幕で怒鳴ったナオーキを見て、コトリンはやはり自分が身分不相応な格好をしたせいだと涙が出そうになった。
もちろん大声を出さずとも王妃はすぐそばにいて、ナオーキの剣幕にうるさそうな顔をして言った。

「そんな大声を出さずともここにいますよ。
何か文句があって?」
「承諾もなしにあれを?」

目線の先にはコトリンの頭上の冠だ。
コトリンはその冠の意味を知らないらしく、ただおろおろとしている。

「承諾も何も…だってあなたたち、キッス、したんでしょ」
「…な…」
「ええっ」

コトリンは頬を赤らめ「キ、キ、キッスなんてそんな…」とつぶやいた。
ナオーキの口が閉じる前に王妃が畳み掛けるように言った。

「私が何にも知らないとでも?
キッスをしないと光の戦士としては不完全なのは承知済みよ」
「そんなことをどこで」
「あら、コトリンのお父様が手紙で知らせてくださったわよ。
それをあなたたちに知らせる前に出発しちゃったでしょ。
それなのに魔王を倒したってことは、あなたたち、自主的にキッスしたってことよね」

おーっほっほっほっほっと高笑いをする王妃を前にして、ナオーキはあの手紙か!と記憶を掘り起こした。

「この先偏屈王子が自ら進んでキッスなんてするものですか。この機会を逃す手はないわ。
それにコトリンはある意味命の恩人でしょ。いったい何の不都合があって?
さあ、みんなお待ちかねですよ。やっと王子が婚約することになったんですから」

何か反論を、と思うのだが、王妃の言葉になすすべもなく、コトリンとナオーキは婚約発表のお披露目をする羽目になったのだった。
コトリンが言いかけていた「こんや…」は、婚約発表だったなどと気づきもしなかったナオーキは、自分の迂闊さをかみしめたのだった。


To be continued.