Angel Qest



第十三章 旅の終わり


選択肢2:気になるので立ち止まって靄の正体を確かめる。

1.色のある世界

どれくらいそうしていたのか、気がつくとコトリンとナオーキは道の真ん中で倒れていた。
真っ白だった世界は消え、そこはごく普通の世界のような気がした。
魔王の城も消え、そこには最初から何もなかったように、ただ草原が広がっていた。
先にコトリンが頭を振って立ち上がった。

「ここ、どこ…?」
「元の場所だろう」

ナオーキは膝をはたいた。ちぎれた草が舞った。

「魔王の城は?」
「最初からなかったのかもしれない」
「そんな」
「確かに迷い込んだのだろうが、もう今となってはわからない」
「まぼろし…みたいなものかな」
「…そうかもな」

草原に風は吹き荒れ、コトリンの髪が舞い上がった。

「…あ、マント…」

そばにセクシーマントが落ちていた。
幸いコトリンは城に着たときの旅装束を身につけている。
ナオーキのそばには鎧が落ちていた。武器も落ちていた。
しかし、それらにかつての輝きはなく、ただのマントと鎧と武器、といった感じだった。

「ねえ、さっきの呪文は何だったの?」

コトリンはマントに向かって話しかけたが、返事はない。

「ねえ、何で勝手に脱げちゃってるの?」

同じく鎧に向かって話しかけたが、こちらも何も話さない。
まるで魂が抜けてしまったようだった。

「ナオーキさま、これ、どういうこと?」
「役目を終えたんだろう」
「終えた…?」

コトリンはマントを持って抱きしめると、ぽろぽろと涙を落とした。

「本当にもういないの?」

コトリンは、真っ白な世界で聞いた彼らの声を思い出していた。
あのまま別れるとは誰も思っていなかった。
抜け出した後は、同じように軽口を叩いて言い合うこともあるだろうと思っていた。

草原の緑は目に眩しく、先ほどの真っ白な世界の眩しさとは違う。
空の青は清々しかったが、これが徐々に色を変えて朱色に染まり、闇夜になる前の紫の美しさを一緒に見たかった。
城に着く前の灰色がかった世界とは違う鮮やかな世界を。
隣に立っているナオーキとただ二人空を見上げ、どちらともなくうなずいて帰り道を辿り始めたのだった。


2.帰り道

本当にここはかつて通った道だったのか、ナオーキをコトリンは辺りを見渡しながら歩き続けた。
行きとは違う柔らかな雰囲気があった。

「あたしたち、本当にこの世界を旅していたのかな」

ナオーキは答えなかった。
道は間違っていないという確信はあったが、目に映る全てのものが違って見えるようだった。
やがてい街道沿いにひっそりとした町もあった。
町すらも行きとは違うようだった。

「まるで、今までとは違う世界みたい」

行きかう人々は和やかに笑い、日差しを浴びながら立ち話をしている。
魔王の城に向かうときのよそよそしい感じや閉ざされた扉の冷たさは感じない。

「来るときは魔王がいるからこんなものだと思っていたけど、違うんだね」

ナオーキもこれにはうなずいた。
恐らく、魔王がいただけで、世界は暗黒に閉ざされたような感じだったのだ。
魔王が何かを仕掛けたわけではない。
人々の心が欺瞞に満ち、お互いを信じることもできずに暗鬱とした日々もあったに違いない。

「もう、うっとおしいのよっ」
「そんな、マリリン〜〜〜」

二人の目の前で一軒の家の扉が開いた。
踊り子のような衣装を来た娘が出てきた。
すぐ後からその娘を追いかけてきたのか、慌てて転びそうになりながらひょろりとした真面目そうな商人の若者が出てきた。

「マリリン…」

その名前に覚えのあった二人は立ち止まり、コトリンはその娘を見てつぶやいた。
娘は構わず二人の前を横切って、急ぎ足でどこかへ行こうとしている。

「あんたがあの伝説の大商人ガッキー様くらいになったら考えてあげてもいいわよ」
「なります、なってみせます!」
「そこそこじゃダメなのよ?一番よ、一番。いつも二番のあなたにできる?」
「待っててください、必ず一番になります」

そう言った若者を見た後ろにいたナオーキを見て、娘は叫んだ。

「やっだ、いい男!」

思わずコトリンはナオーキの前に立ちふさがった。

「ダ、ダメ」

立ちふさがったコトリンを見て、ふん、と鼻を鳴らすと、もう一度若者を見て言った。

「あたしが年増になる前に叶えてちょうだい」

若者があまりの感激に娘にすがり付こうとしたのを避けて、娘は小走りにどこかへ去っていった。

コトリンはナオーキの顔を見た。
思わず立ちふさがったが、何も立ちふさがらなくてもよかったんじゃないかという反省もこめて見上げた。

「…行くぞ」

ナオーキは、肩にかけた物入れを重たげに背負い直した。
コトリンは、かつて仲間だった精霊たちを思い出していた。
ナオーキも同じ気持ちかもしれないと思いながら、その町を後にした。


3.ホクエイ城に捕らわれて

街道を歩いていくと、いよいよホクエイ城が見えてきた。
サホーコ王女は取り戻すことができないままの帰還だ。
果たしてホクエイの王がそれを許すのかわからず、二人はしばしホクエイ城を前にして立ち止まった。

「本当に行くのか」

ナオーキはコトリンに問うた。
コトリンは黙ってうなずいた。
ナオーキ自身は自分一人で行くと言ったのだが、コトリンはそれを許さなかった。
当然自分も光の戦士としてサホーコ王女を取り戻すことが叶わなかったのだから、一緒に罰を受けるべきだと思っている。
それに、その遠因となったのはコトリン自身の存在でもあったと思っている。
もしも自分が現れなければ、もしかしたらサホーコ王女はナオーキによって救い出されていたのではないかと今も思っている。
当然光の戦士は対の存在として必要だったので、それはありえないとわかってはいるのだが、どうしてもそう思わずにいられなかった。
あの世界にまだ閉じ込められているのかと思うと、コトリンは言葉もなかった。

「よし、行くぞ」

ホクエイ城に入る道を進んだ。
城の門番は、みすぼらしい二人(旅をする間にすっかり装束も擦り切れていた)を怪しく思ったが、名を告げて確かめに行った取次ぎ人が慌ててナオーキとコトリンを出迎えたので、至極丁寧な態度で門を通した。
ナオーキはさすがに王子で堂々とした態度だったが、コトリンはそのナオーキの後から恐々ついていった。
王との謁見の間で少々待たされたが、ホクエイの王はちゃんと二人の前に姿を現した。
恐らくサホーコ王女が一緒でないのを不審に思ってのことだろう。

「光の戦士にしてパンダイ国のナオーキ王子よ、我が王女はどうしたのだ」
「恐れながら申し上げます。
サホーコ王女は魔に捕らわれ、無の世界に…」
「…なんと…」
「我々二人も危うく堕ちるところでしたが、サホーコ王女が自ら犠牲となられたのです」
「…王女よ…」
「いいえ、違うんです、あたしが…あたしが悪いんです…」
「…余計なことを言うな」

コトリンは顔を上げて王を見据えた。

「本当は、サホーコ王女を助けるべきだったのに…!」

ホクエイの王は少しだけコトリンを見つめ、それから静かに言った。

「王女は自ら魔に捕らわれたと申したか」
「それは…」
「残念ながら」

言葉を濁したコトリンの代わりにナオーキが答えた。

「それが王女としての役目だと思ったか、自ら捕らわれる理由があったか」

自問するようにホクエイの王がため息をついた。

「…それは、私には判断つきかねます。ですが、王女は愚かな方ではありません。王女はいずれ戻るであろうと私は思っております」
「ナオーキ王子よ、そなたはこの世界において知の誉れ高き者であるとわしも思っておる。
そなたがそう言われるのなら、王女は戻るのかもしれん。
しかし、真に救う手立てがなかったと申すか」
「なかった、と申し上げることはできません」

ホクエイの王は二人を見たまま、静かに告げた。

「ならば…衛兵、この者たちを捕らえよ。沙汰があるまでは部屋から一歩も出すな」

二人は拘束され、それぞれ別の部屋に軟禁されることとなった。


4.脱出

部屋に軟禁された二人だったが、部屋の片側にある家具を移動させたら、隣の部屋と繋がる扉があった。
ナオーキはその存在を早々と見つけ出し、難なく家具を移動させると、怯えて毛布をかぶっていたコトリンに声をかけてもっと怯えさせる羽目になった。

「び、びっくりした…。
がたがた音がすると思ったら、名前呼ばれるんだもの」
「この扉の存在を知っていてこの部屋に軟禁したのか?」

ナオーキが開けた扉を見つめながら言うと、コトリンは部屋を見渡した。

「わからないけど、捕らえよって言ったわりには、部屋が豪華すぎて落ち着かない」
「ああ、おまえにはそうかもな」
「どうせ町娘だし」

ぶつぶつとつぶやくコトリンには目もくれず、ナオーキは部屋の外を眺めて考えている。

「ねえ、脱出するつもりなの?」
「…さあな」

あまりにもあっさりとホクエイの王の言うとおりに捕まった二人だったが、コトリンにはそれも不思議だった。
そもそもサホーコ王女を助けられなかったことは確かに責められるかもしれないが、パンダイ国の王子であるナオーキまで軟禁するのはやりすぎじゃないかとさえ思ったのだ。

「どういうつもりなのかしら」

この部屋の豪華さは、まるでもてなしを受けているような気分だった。
コトリンが改めて部屋の中をうろうろしていると、廊下に続く部屋の扉が開き、一人のお世話係が入ってきた。

「お腹空かれたでしょう」

そう言って運ばれたのは、かごにに入ったパンや野菜や肉だった。

「そう言えば…」

コトリンは気がついてしまったら押さえきれない腹の虫を鳴らしながらそのかごの中に視線を注いだ。

「あら…」

お世話係がナオーキの存在に気がついたようだったが、にっこり笑っただけで何も言わなかった。
もしも騒がれたらと構えていたナオーキは、少しほっとしてそのお世話係を見つめた。

「まあ、こちらはナオーキ王子様でいらっしゃいますね!
私、ぜひお会いしたいと思っておりました。
そりゃもうこちらのサホーコ王女と並ぶくらい有名なお方ですもの」

かなりの美女であったが、その声は低く、コトリンはその話し方に何か懐かしいものを感じた。

「…お、男?」
「まあ、失礼ね、こんな美女を捕まえて」
「じゃあ、女?」
「間違えて男に生まれてしまった心は女のモトリンよ」
「やっぱ男じゃない。それに名前はモトーキでしょ」
「ちょ、何で知ってるのよっ。あーいやだっ、あたしは捨てたのよ、そんな名前!」

その口調が懐かしくて、コトリンは指でそっと目に溜まった涙を落とした。
そして、手に取ったパンを泣きながら食べた。

「やだ、何で泣いてるのよ。そんなにこのパンがおいしかった?
あなた、今までろくなもの食べていないでしょ。
そうよね、今まで旅していたんだものね。
ええ、いいわ、待っていなさい。
ナオーキさまの分もここに運び込んであげるから。
ついでにあたし特製のお菓子も持ってきてあげるわよ。
あらいやだ、私ったらはしたない…おほほほ…」

お腹いっぱい食べた後、お世話係のモトーキが更に持って来てくれた追加分をお弁当にして、ナオーキはコトリンを連れて城を脱出することにした。
お菓子を切り分けながら、モトーキは言った。

「王様?王様はね、あたしに命じたわけ。
持ち運びできるような食べ物を二人に差し入れてあげなさいって。
それから、少しの間だけ、目をつぶってあげるものだと。
衛兵は、何も見なかったし、何も聞こえなかったと言えばよいって。
これって、あからさまに脱出しろってことよね?」

二人はその行為をありがたく受け止めた。
コトリンなどは最初から許すつもりなら、正々堂々と宣言してくれればいいのになどと思ったのだが、それが国として、サホーコ王女の父として、国民に示す最低限の矜持なのだとナオーキに諭されたのだった。
逃げた戦士の行方を追うものなど、形ばかりの追っ手に違いない。
それでも、二人は足早にホクエイ国を駆け抜けた。
そこからコトリンの故郷は近かったが、今はそこに寄る余裕すらもない。
コトリンの心を知らないナオーキでもなかったが、いずれ故郷へ帰ることもできるだろうと目をつぶるしかなかった。
一刻も早くパンダイ国へ。
二人は前を見据えて歩き続けた。


To be continued.