黒い黒い影。
それはやがて城から染み出して、少しずつ町を侵し始めた   



Angel Qest



第二章 旅立ち


1.アイハラの町

気がつくと、広間に倒れていたはずのコトリンは、家のベッドの中で目覚めた。

「コトリン、おはよう」

あ、あれ?
あたし、お城に行って、素敵な人に出会って、魔法使いの試験受けて…それから…。

「今日はホクエイ城へ行く大事な日だ。準備はできているね?」

…夢、だったのかな?

「どうしたんだ、コトリン?」
「…お父さん、あたし、お城で倒れたんじゃなかったの?」
「何を言ってるんだ、コトリン」
「だって、あたし、お城に行って、迷子になって、素敵な人に出会って、それから…」
「おまえは昨日もここでちゃんと寝ていたはずだが?」
「そ、そうだっけ?」

何か、大事なことを忘れている気がする。
広間で、何で倒れたの?

「魔法使いの試験に行くと言って、おまえは…おまえは…」

町の空気が、重い。
どんよりとした空気。

そう、確か、お城は黒い影に包まれて…。

「おかしいな。そう言えば、おまえは昨日城に行ったような気がするぞ」
「思い出して、お父さん」
「いや、どうだったかな?
こう、頭の中がもやもやして、そんなことはどうでもいい気がするぞ」

思い出せないお父さん。
思い出せないあたし。
なんだか、大変なことが起こったような気がするのに。

「まあ、いいか。
そう言えば、今日はどこへ行くんだったかな?」

窓の外からお城を見る。
お城の周りは…黒い雲に覆われていた。

「お父さん、お城、変じゃない?」
「そうか?今日もいい天気だなぁ」

いつもなら、きっと笑って、お父さんもうぼけちゃったの?なんて軽口叩くところだけど。
どうしよう。
凄く、凄く大変なことが起こってるんだ…!

コトリンは急いで身支度を整えると、旅の準備を始めた。

「コトリン、旅にでも出るのかい?」
「うん、お父さん。とっても大事なことなの。しばらく戻らないかもしれないけど、気をつけてね」
「気をつけろとはこっちの言葉だな。おまえは本当におっちょこちょいで…」
「わ、わかったから。
それでね、お父さん。お金、貸して欲しいの」
「おや、昨日、おまえの財布が落ちていたと誰かが届けてくれたぞ」
「…昨日?だ、誰が?!」
「うーん、背の高い若者だったな。顔が見えなくて…。
…おまえ、昨日財布持ってどこに行ったんだ?」

コトリンは、急に思い出した。

そ、そうよ。
昨日、あたしはちゃんとお城に行って、魔法使いの試験を受けている最中に何かがあったのよ。
何か、黒いもの。
あの城を覆っている黒い雲が原因なんだわ。
あの雲が町を覆ってしまったら…。
急がなくっちゃ。
きっとどこかにその雲の原因もあるはずだわ!!

「コトリン、何かはわからないが、きっと大事な使命があるんだろう。
旅の途中でも疲れたらいつでも帰っておいで」
「はい、お父さん」
「それから、ついでにパンダイの城に行って、王様にあいさつをしてきてほしいんだ。
これが手紙だ。…落とすなよ」
「はい、お父さん。行ってきます!」

【コトリンは父から手紙を預かった】

何でお父さんパンダイの王様と知り合いなのかしら。

そんなことを思いながらも、コトリンは旅に出る決心をした。
そしてそれは、長く険しい平和へと続く道のりの始まりだった。


2.町の外へ

コトリンは皆に別れを告げに町を歩いた。
町はいつもと変わらず、誰も城を覆っている黒い雲が気にならないらしい。
それどころか、あの黒い雲が見えるのはコトリンだけのようだ。
他にも魔法使いの試験を受けに行った者がいるはずなのに、その話題すら出なかった。

町のあちこちで声をかけられながら、皆に旅に出ることを告げ、コトリンは町を出て行った。
友だちのジーンとサトミーは、見慣れない黒いマントの人影を見たとコトリンに言った。
その頃にはコトリンも黒いマントの影を思い出していたが、なぜ町でうろうろしていたのかはわからなかった。
もちろんその黒いマントの人物が、とても素敵な人だったというのは黙っておいた。
そんなことを言えば、一緒に行くと言いそうだったからだ。
コトリンの旅はきっと想像もつかないほど過酷になるに違いない。
危険で、いつ町に帰ってこられるかわからないし、そんなことに友だちを巻き込みたくなかった。

そんなわけで、寂しくも一人きりで町を出ることにしたコトリンだった。


今回コトリンは、町の外のモンスターに備えて、装備を強化していた。
出費は痛かったが、背に腹はかえられない。

〔装備を見る〕
旅の服・木の杖・薬草・解毒草

〔ステータスを見る〕
レベル2
覚えた呪文:なし
特技:根性
体力:ほどほどにある
知力:微妙にバカ
運:思ったよりもまあいい

歩く道すがら、コトリンは今度こそ簡単な呪文を覚えようと必死だった。
呪文の本を片手に、ああでもないこうでもないとつぶやきながら勉強した。
そして、なんとなく指の先に少しずつ淡い光が集まりだした。

そうそう、こんな感じだったわ。
やればできるじゃない、あたしも。
まずはちゃんと治療できるようにしなくちゃ。
あたし薬草の区別つかないし、
途中で手に入らないかもしれないし。

すると、近くの草むらからまたもやモンスターが。

またこのぷよんぷよん!!
いやー、気持ち悪いのよ〜〜!
しかも2匹も!

〈モンスターと戦う〉
木の杖を構えてまたもや闇雲にぶっ叩いた
コトリンは攻撃を受けるが、根性で跳ね返した
そして、少しの幸運
モンスターは倒れた
コトリンはレベルが上がった
レベル3になった
モンスターから何かが残った
薬草成分を手に入れた

コトリンは手ごたえを感じた。

この調子でいけば、あたしも立派なさすらいの旅人よね。
楽器を持って歌なんて歌ったりして。

それは吟遊詩人だ、と誰かがいたら突っ込むだろうが、とりあえず誰もいないのでそのまま道を進む。

町の外から町と城を眺めると、やはり黒い雲が上を覆っているのがわかる。
どうして誰も気づかないのだろう。
コトリンは、もう一度町を振り返ってから、ずっと先まで続く道をわざと元気に歩いていった。


3.イーリエの町

コトリンは、パンダイ城に行く前にイーリエの町に寄ることにした。
イーリエの町は、何かさまざまなからくりで埋まっていた。
どうやらからくり物がこの町の特徴であるらしい。
中でも町の中央にあるからくりは見事なつくりで、コトリンはしばしそのからくりに見とれた。

「おや、お嬢さん、このからくりは見事だろう?」

人のよさそうなおじさんが近づいてきた。

「このからくりは、パンダイ城の王子が作ったものなんだそうだよ」
「へぇ〜〜〜〜」
「あはは、もちろん実際に組み立てたのは職人だろうけどね」
「でも、すご〜い」

一定の時間が来ると中から人形が出て、水が吹き上がるようになっているのだ。

「で、お嬢さん、これはその小さな模型なんだけどね。どうかな、ひとつお土産に」
「かわいい!」

手に取ろうとして、はたと気がつく。

えーと、お金がないんだっけ。

「…ごめんなさい、お金がないから」
「おや、おや。残念だねぇ。これあと一つきりなんだけど」

コトリンはそのからくりが気になったが、やはりこのお金を使ってしまうと困るのはわかっているので、おじさんに手を振ってその場を離れた。

「あ〜あ、残念」

そうつぶやいて広場を離れると、にぎやかな通りで思わずすっ転ぶ。

「もう、何でこんなところに段があるのよ!」

転んだ拍子にすりむいた膝をこすりながら悪態をつく。
そして、思い出したように財布のありかを確かめた。

「…バカなりに学習するんだな」

上から聞こえたその声は、いつか聞いた声。

「あ、あなたは…」

顔まですっぽり覆った黒いマント。
その声はもうすっかり聞きなれた感がある。

「何でこんなところをうろうろしてるんだよ」

少し怒ったような声にコトリンは反論する。

「あなたに関係ないでしょ」
「ふーん。さっきはあのオヤジにまただまされるかと思ったけど」
「だ、だまされるって…」
「あのオヤジはああやってよその町から来たやつにちゃちなからくりを売りつけるのが商売なんだよ」
「でも、からくりなんてそこらにあるものじゃないし」
「まあ、そうやって皆だまされるんだよ。あれくらいのからくりは、この町じゃ腐るほどあるんだ。残りが一つきりなんてこと、あるわけないだろ」
「そ、そうなのね…」

コトリンは財布を届けてくれたのはきっとこの人だろうと思い、お礼を言おうと立ち上がった。

「あ、あの…」

膝を払って前を見ると、すでに黒衣の姿はなかった。

あ、あれ?

周りを見渡したが、見当たらず、代わりにまた別のオヤジが声をかけてきた。

「お嬢さん、どうだい、このからくり…」

コトリンはそのオヤジを軽くにらみつけて言った。

「結構です!!」

その後、いくら探しても男の姿は見えず、コトリンがイーリエの町を出るまでオヤジには何度も声をかけられる羽目になった。


4.パンダイ城にて

コトリンはイーリエの町を出てパンダイ城に向かった。
イーリエの町からパンダイ城までは、一本に道が繋がっている。
両脇にきれいに植えられた花を見ながら、コトリンは今度こそ迷子にならないぞと誓った。

パンダイ城に入り、王様に会いたいと案内係に告げた。
もちろんいきなり会いたいと言って会える方でもないので、しばらくお待ちくださいとあっさり言われた。
その代わり、城内の宿泊所を使ってもよいと言われ、コトリンは宿泊所に行くことにした。

こ、こっちよね?

しんとした廊下を歩きながら、不安に襲われる。
今度はしっかり場所を確認したはずだが、やはりなんだかどんどん奥へと進んでいるように思う。
3度ほど角を曲がったところで、どこから来たかわからなくなった。
後戻りも前にも進めず、廊下の一角でコトリンは泣きたくなった。

「だ、誰か〜〜〜」

か細い声で呼ぶも、誰からも返事はない。
座り込んで誰かが通るのを待つことにした。
迷子になったら動かないこと。
これはコトリンの父から言われた言葉だった。
コトリンはふと思い出して袋の中を探った。

そう言えばこれ渡せばいいんだった。

父から預かった手紙を袋から取り出して、光に透かしてみた。
何が書いてあるか見えなかったが、なぜ父とこの城の王様が知り合いなのかが不思議だった。

ま、いいか。

もう一度袋にしまおうとして、ひらりと手紙が手から落ちた。
慌てて拾おうとしたところ、角を曲がってきた誰かに蹴飛ばされた。

「いった〜〜い!!」

手紙は無事に拾ったものの、蹴飛ばした人影はコトリンの上に倒れこんだ。

「ったく、何でこんなところにっ」

ま、まさか。

倒れこんだ人物はマントこそ着ていなかったが、またもやあの男だった。

「…な、なんで…?」

わ、わかった、あたしの後をつけてきたんだわ。

思わず後ずさりするコトリン。

「…また、迷子とか言うんじゃないだろうな」
「…そっちこそあたしの後をついてきたんじゃないでしょうね」
「誰がっ」
「なら、いいけど」
「ああ、そうかよ。ずっとそこで他の誰かを待ってろよ」
「え、ええっ?!」
「ま、こんなところ、よほどの物好きでもなけりゃ通らないけどな」
「え、うそっ」
「じゃあな」
「や、ちょっと、置いていかないで〜」

男の服をつかみ、必死で頼み込んだ。
男は大げさにため息をついて、コトリンが服をつかむままに歩き出したのだった。


(2007/02/22)


To be continued.