第四章 伝説
1.洞窟の奥で
水にぬれた洞窟を歩きながら、コトリンは何度も転びそうになった。
そのたびに支えられ、感謝もするのだが…。
「いい加減にしろっ」
「おまえは普通にも歩けないのかっ」
「ちょっとは学習しろっ」
等々…そのたびに耳元で怒鳴られ、さすがのコトリンも次第に士気が落ちる。
それを見抜いたかのようにさらに言葉が降ってくる。
「ここで何もなしに引き返したらただのバカだろ」
そう言いつつ、もし見つけたお宝がくだらないものだったら、いったいどうするんだろう。
コトリンはそんなことを考えながら歩き続けた。
どうやらいくつかの罠を無事に通り抜け、たどり着いたそこには、ちゃんと宝箱のようなものがあった。
それだけでもコトリンはほっとする。
もちろん中身が空だったら話にもならないが。
早速宝箱に駆け寄ろうとするコトリンだったが、すかさずナオーキによって引き止められた。
「バカかっ。こういう宝箱の前にこそ罠が仕掛けてある場合が多いんだぞ」
「えっ、そうなの?」
「まあ、何もない場合もあるけどな」
「なんだー、びっくりしちゃった」
「宝箱の中に化け物が潜んでいたり、な」
すでに宝箱に手をかけ始めていたコトリンは、その言葉を聞いて慌てて手を引っ込めた。
「古いだけあって、この宝箱に化け物は近寄れなかったみたいだが…」
「もう、それならそうと言ってよ。ほんっとに意地悪なんだから…」
とブツブツつぶやくコトリンを意に介さず、ナオーキは宝箱の中身を探ることにした。
確かに封印されている中身は何かの宝のよう。
それは呪文で光っている色からしてわかる。
しかしその箱の封印は結構複雑だ。
どうやって開ければ損傷がないのかわからない。
「じゃ、開けちゃいましょ」
何も考えずに箱の開け口部分に触れようとするコトリン。
それを止めるためにナオーキはコトリンの手を取った。
…つもりだったが間に合わず、箱の開け口に二人して触れることに。
カチャ。
軽い音がした。
鍵の開く前には微かに光った気もする。
…鍵が、ひとりでに開いた?
ナオーキの疑問は後ほど明らかになったが、今はまだ暗い洞窟の中。
ぐずぐずしているとまたモンスターがやってくる。
ナオーキとコトリンは、宝箱を開けてみることにした。
2.宝箱の中身
コトリンは嬉々として宝箱を開けた。
ナオーキの止める間もない。
そして、その中身を見てつまらなさそうな顔をした。
「なんだ、鎧か…」
ナオーキは伝説のいい加減さにため息をついた。
武器だと聞いていたのだが、と。
「ねえ、この鎧凄いものかしら」
コトリンは鎧を持とうしたが、何故か鎧はびくともしない。
「お、重い…。何でこんなに重いの?」
コトリンの言葉にナオーキはそのまま宝箱にしまって帰ろうかと思った。
ところがナオーキが鎧を持ち上げてみると、鎧はまるで自らナオーキの手におさまるように軽かった。
「何でこれが重いんだよ」
「だって、あたしが持ち上げられなかったのよ」
「そりゃ凄く重いはずだよな」
「…どういう意味よ」
コトリンはナオーキの手におさまっている鎧をもう一度持ち上げようとしたが、やはりナオーキに吸いついたように離れない。
「…変な鎧」
ナオーキはなんとなく嫌な予感を胸に抱いたが、とりあえずそのまま鎧を袋に突っ込んで、脱出の呪文を唱えた。
あっという間に洞窟の外に出た二人は、陽のまぶしさに目を細める。
「すっごーい!!ね、ねぇ、今の呪文何?あたしも覚えたい!!」
「…言っておくが、簡単なところからしか出られないぞ」
「だって、あたしお城の中でも迷子になるんだもん」
…そうだったな。
ナオーキは陽のまぶしさだけではない眩暈を感じた。
「またそのうち教えてやる」
「わ〜い、やった〜!」
単純に素直に喜ぶコトリンを放っておき、ナオーキはすたすたと先を進んでいく。
「あ、待ってよ〜」
長老にぜひこの鎧について聞かなければ、とナオーキは思っていた。
そして、宝箱がなぜひとりでに開いたか、も。
その鎧は異様に軽い感じがしたが、コトリンにとってはバカみたいに重いらしい。
その謎も少し不気味だった。
あれほどいらない苦労をして手に入れた鎧が使い物にならないならば、この先の伝説の宝物とやらも期待はできそうにない。
そんなことを思いながら村へ戻った。
3.伝説の光の戦士
村に戻ったナオーキは、早速キョサトの長老に話を聞いてみた。
あの洞窟から無事に宝箱の中身を取り出したことで、ナオーキとコトリンは英雄扱いだった。
そして、それはそのまま救世主を意味していた。
「あなた方が光の…」
そう言ったきり口をつぐんだキョサトの長老。
もちろん他の村人にはその意味がわからないらしい。
「わしもその昔光の仲間として旅をしていたのだ」
そんなうち明け話で始まったキョサトの長老の話は、無駄に長かった。
ナオーキはいらいらしていたが、コトリンは目を輝かせて話を聞いているので、長老も話が乗るというものだ。
つまり、この世界は何度となく危機に瀕したらしい。
そのたびに光の戦士がどこからともなく現れて、この世界を命賭けて救ったのだという。
長老はコトリンの父母よりも二代前の光の戦士というわけだ。
そして、あの宝箱は光の戦士にしか開けられないらしい。
それも、光の戦士は常に男女一対。
そうでなければいけない理由が何かあるらしいが、詳しいことはわかっていない。
とにかくそういうわけで宝箱を開けることができたのだ。
そしてその宝箱の中身は、武器ではなく鎧だったという話に来たところで長老は首を傾げた。
「先々代の光の戦士が封印するものをまちがえたかな」
とのことで、それはあっさり解決した。
そしてその鎧の重さの変化について聞いてみたが、それはつけてみないとわからないと言う。
かつて長老が身につけようとしたが、やはり重くてつけられずに宝箱に戻したらしい。
いったいどんな秘密が隠されているのか、結局わからないまま、二人はキョサトの村を後にした。
4.伝説の鎧
キョサトの村を後にして、つぎなる目的は一応伝説の鎧のはずだった。
手違いで最初の宝箱から出てきたのが鎧だったので、次に出てくるものこそ武器のはずだった。
しかも、その鎧の真価すら危うい。
ナオーキは武器を手に入れるべきかどうか、第2の洞窟を前に立ち止まった。
もちろんコトリンは行く気満々だ。
ナオーキはもちろん乗り気じゃない。
洞窟の中で苦労するのは彼一人だからだ。
そのとき、袋の中で鎧が光った。
コトリンは不思議そうに見たが、ナオーキはなんとなく嫌な感じがし、袋から取り出すのをためらった。
すると、鎧は早く取り出せとでも言うように頻繁に光る。
仕方なくナオーキは用心深く鎧を取り出した。
『ちょっと!!何で早く出してくれないのよぉ』
…ナオーキは頭に低く響くその声を聞いて、再び袋の中にしまった。
『あ、ウソ、出してくださぁい』
不気味だった。
明らかに鎧から聞こえる気がした。
なんとなくコトリンと目を合わせた後、ナオーキは嫌々取り出した。
『ふうっ、さあ、早くアタシをつけなさいな』
「……………」
鎧の精?
そんな話は聞いていない。
「ね、ねぇ、何でこの鎧しゃべってるのかしら」
「知らねぇよ」
『それはアタシがこの鎧に閉じ込められたからよっ』
「これ、つけてみる?」
『ちょっと、そこの女、聞きなさいよっ』
「やっぱりしゃべってる〜」
「呪いの鎧か」
『しっっれいねっ!!何でこのアタシが呪いをかけるのよ。れっきとした光の戦士だったんだってばっ』
「…え?あたし、閉じ込められるの嫌だ〜」
『…ま、まあ、閉じ込められたのにはちょとした事情もあったんだけどぉ、アタシをつけて戦えば、絶対に損はさせないわよ』
「具体的に何をするのか言ってみろよ」
『そ、そうねぇ。身体を張って助けてあげるしぃ』
「…当たり前だろ」
『あら、そこらの鎧と一緒にしてくれちゃ困るわ。呪いとかステータス異常とか防いであげるし、ちょっとだけ体力を戻してあげられるのよ』
ナオーキは疑わしい目のままだったが、コトリンは乗り気だった。
「じゃ、あたしが使う」
『それはお断りするわ』
「なんでよ」
『私はかっこいい男の人専用なの』
「そんな鎧聞いたことない」
ナオーキはため息をつく。
「つまり、鎧に封印されたわけはそれか」
『何のことかしら〜』
「おまえ、男だろ」
「えー、そうなのぉ?」
『だからなんなのよ。ちょっと間違って生まれちゃっただけじゃないっ。鎧の性能には問題ないわけでしょ』
「で?女の光の戦士を見つけられなくてそうなったわけだ」
『…違うわよ。ちゃんと見つけたわよ』
ナオーキは、眉をひそめた。
『相手は別の場所にいるのよ』
「それじゃあ、この洞窟の奥にあるのは…」
『間違いなく武器、だと思うけど、その前にセクシーマントを探したほうがスムーズに行くわよ」
「…セクシーマント…。
その場所は?」
『…さあ、知らない』
「やっぱりしまっておくか」
『あ、ちょっと』
有無を言わさずナオーキは袋の中に再び鎧をしまってしまった。
To be continued.